ターゲット13/お嬢様と護衛の『ブリの塩焼き』①



 貴咲と学生時代の後輩、八条優香の再会はその場で一端終わりとなった。

 そも、夜も遅い時間だったからだ。

 連絡先の交換の後、雷蔵と貴咲は家に彼らを呼ぶことに決めたのだが。


「もうそろそろだね、いやー早めに仕事を片づけたかいがあったよ。危うく間に合わない所だった」


「今日の現場、遠かったの?」


「距離じゃなくて人数かな、半島系の弱小勢力って話だったのに同じ場所で大陸系のマフィアの密入国があってさぁ……、いやぁ手間だったよ」


「返り血こそ無いモノの、血の匂いがしてたものね旦那様。ふふっ、間に合って良かったわ。大事な後輩だから貴方にちゃんと紹介したかったの」


 雷蔵が言えた事ではないが、交友関係が少ない貴咲がそこまで言う相手。

 八条優香とは何者なのだろうか、ただの後輩ではあるまい。

 彼は非常に興味をそそられたが、すぐに分かる事だと頷いて。


「――部屋の中に凶器ナシ、掃除はした、食材は買ってある、貴咲に鎖はつけてない。…………来客を迎えるにあたって完璧だね!」


「私としては、付けても良かったのだけれど」


「いやいや、表の人なんでしょ? 首輪と鎖なんて、僕はともかく君まで特殊性癖の持ち主だと誤解されちゃうでしょう」


「旦那様がそう気遣ってくれるのなら……」


 彼女としては、そのままでもよかったのだが。

 夫の顔を立てるのも重要だと、そんな自分も悪くないと提案を受け入れた。

 口元が緩み、貴咲が無意識に笑顔になった瞬間。

 ――ぴんぽーんとドアベルの音が。


「おほほほッ、お邪魔しますわ貴咲お姉様!! 貴方の大事な妹分・八条優香、――見参!!」


「お久しぶりっス不破のお嬢様、この度はウチのアホンダラお嬢様をお招きありがとうございますッス」


「ちょっと野咲!! 仮にも雇い主でしょうが!! もっとわたくしの事を敬いなさいなッ、だいた貴方は昔からお姉様の前で――――」


「ふふっ、相変わらずね優香、野咲さん」


 古い漫画から出てきたと言わんばかりのザ・お嬢様、金髪ドリルツインテールの八条優香に。

 黒いスーツにサングラス、護衛ですと言わんばかりの男性・野咲芳雄。

 最後に直接あったのが貴咲が高校を卒業した二年前、あまり変わらぬ光景に彼女は微笑んで。


「あはは、個性的な人達だね。僕は――」


「見たことがありますわね下郎、以前何度かお姉様の護衛だった人でしょう。さ、お姉様、はいッ!!」


「ふぇ?」「ちょっとお嬢!?」「うーん??」


 次の瞬間、ガチャンという音と共に優香は貴咲の首に鉄製の首輪をつけ。

 貴咲は目を丸くし、野崎は慌て、雷蔵としては首を傾げるばかりだ。

 無論、彼はその一部始終を見ていたし止めることも出来た、だが。


「――取りあえずさ、僕の奥さんに勝手に首輪とつけた理由を聞いていいかな?」


「はァ? たかが護衛に話す事など――………………え? ええッ!? ええええええええええええッ!? つ、つつつつつつつ~~~~~~~~~!?」


「言ってなかったわね、あの家を出て結婚したのよ雷蔵と」


「うええええええええええええええええッ!? そ、そんなぁ!! お姉様が馬の骨に汚されてしまいましたわッ!?」


 がびーん、と文字が見えそうな表情で驚く優香に、対して護衛の野崎はサングラスの奥で、冷静に雷蔵と貴咲を観察していた。


(結婚? あの『不破』の長女の貴咲さんが? 相手はこの男――どっかで見たような気がするけど、そうじゃなくて、…………え? 『不破』って確かキリングドールに殺されたって――――んんっ??)


 三ヶ月前、日本の裏社会を震撼させる出来事があった。

 歴史を遡れば平安時代から存在する、裏社会の暴力の頂点『不破』一族。

 その党首から末端まで一人残らず、族滅の憂き目にあったと。


(そうっス、何で気がつかなかったんスか俺!! 貴咲さんが生きてる訳ないって、だって長女っスよ?? そんな貴咲さんが生きてて、結婚、……え、結婚? この旦那さん、何処かで見たような??)


 野咲は雷蔵の顔を主人である優香と同じく、まじまじと見る。

 主人はさっき何と言ったか、貴咲の護衛で見たと言ってなかったか。

 それはつまり、不破の人間であり。


(今、不破で唯一生存が確認されている人物、――不破が作り上げた最終兵器・殺戮人形その人じゃないっスかねぇっ??)


(護衛って聞いてたけど、うーん、どっちかっていうと僕側というか……殺し屋じゃないかな野咲さん。うん、前に見たことあるし。八条も古い家だもんぁ、子飼いの殺し屋だっているだろうし、娘の護衛につけても不思議じゃないか)


(――っ!? うわ見てる!? キリングドールが!! 殺戮人形が俺を見てる!? は? 死ぬ?? 今日が俺の命日っス?? あ、そういえば首輪……ああ、そっか、俺……今日、お嬢と一緒に死ぬんスね……)


(なんか親近感沸くなぁ、でもちょっと羨ましくもあるね。さっきの遣り取り、優香さんとは良い関係を築いているんだろうね)


 笑みを浮かべる雷蔵に、彼の正体に気づいてしまった野咲は青い顔でぷるぷる震え。

 一方で貴咲といえば、涙目の優香にヒシと抱きつかれ。


「なんで教えてくださいませんでしたのお姉様ァアアアアアアアアアアア!!」


「ごめんなさいね、急な結婚だったから」


「急な? ――はぅぁッ!? ま、まさか駆け落ち!? だから不破の御本家にも連絡つかないしお父様は探さない様に仰ったし……!?」


「駆け落ちではないけれど、ちょっと訳アリだったから。貴女を巻き込みたくなかったのよ」


 そんな水臭い!! と優香は叫んだ後、ギロリと雷蔵を睨んだ。

 コイツが、この男が大切なお姉様を、と言わんばかりの目つきに雷蔵としては苦笑しかなく。

 とはいえ、聞くことは聞かなければいけない。


「初めまして、貴咲の夫の雷蔵です八条さん。――で? 僕の妻に首輪をつけた訳を説明して欲しいんだけど」


「――――がるるるるッ、あ、貴方がお姉様の……くッ、み、認めませんわ!! せっかくお姉様が本当のお姉様になってくれるかもって、ウチのお兄様と結婚して貰うかお父様に養女にして貰う為に連れて帰ろうと思ったのに!!」


「お、お嬢~~~~~~!? け、喧嘩売らないでくださいっス!? あ、すみません雷蔵さん?? お嬢に悪気は無いんです、ただちょっと貴咲さんの事になると頭のネジが外れるだけで、今回も不便な暮らしなら助けようって思っただけで――――」


「ははぁ、なるほどね。…………うん、良い妹分だね貴咲」


 あはは、と爽やかに笑う彼の姿は優香にとっては挑発に見え、野咲にとっては処刑宣告に見えた。

 しかし、妻である貴咲にとっては。


「でしょう? 空回りは多いけれど良い子なのよ。理解してくれて嬉しいわ。てっきり旦那様なら――」


「嫉妬するとでも思ったかい?」


「……少しだけ、危惧していたわ」


「安心しなよ、まぁ八条さんが男だったら話は違ってたけど」


(セーーーーフっ!! 圧倒的セーーフ!! お嬢が女でよかったっス!! 首の皮一枚繋がったっス!!)


 雷蔵の発言は、裏を返せば仮に優香が男だった場合。

 首と胴がさよならしていた可能性が高く、そしてその見解は貴咲も同じで。


「…………貴女って運の良い子よねぇ、よしよし」


「お姉様によしよしされましたわ!! 久しぶりで嬉しいですけれど何故か複雑!!」


「いやお嬢?? その運の良さを大事にしないと俺も守れませんよ??」


「え? 何その反応?? 僕、何か変なコトを言ったかい?? ま、せっかく来たんだし上がりなよ。一緒に晩ご飯を食べるんだろう? 今から貴咲と一緒に作るからお茶でも飲んでて待っててよ」


「お姉様の料理!? 食べる!! 食べます!! ――野咲、予定は全部キャンセルで!!」


「ちょとお嬢……、まぁ予想済みですし、ウチの系列店だからいいですけども……」


「相変わらず苦労してるわね野咲さん、今宵は優香と一緒にゆっくりしていって」


 そうして、雷蔵と貴咲はエプロンをつけたのであったが。

 調理に入る寸前、彼女はふと思い出したように優香と野咲の両名に問いかける。


「ところで貴方達、いい加減に恋人になったの?」


「「なんでコイツと!!」」


「あ、そういう仲なのね」


「「違う!!」」


 貴咲の後輩とその護衛はとても愉快で賑やかで、雷蔵はこういうのも普通の幸せかと噛みしめながら台所に立ったのであった。


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