ターゲット11/敗北者達の『スモア』②
別荘の扉が閉まった途端、貴咲にとって予期せぬ出来事がおこった。
件の社長がしゃがんだかと思えば、それだけではなく。
「すまない!! 本当ーーーーにッ!! すまない雷蔵!! 貴咲さん!!」
「あ、やっぱり……」
(ええっ!! どういう事なの!?)
それは見事な土下座だった、綺麗で華麗で、深い謝罪を感じさせるそれ。
貴咲は驚きに目を見開いたが、雷蔵としては納得しかなく。
然もあらん、恭二朗の額に冷や汗が浮いていた事を見逃さなかったからだ。
決して、暑さによる汗ではない。
緊張からくる汗、その上で彼の体中の筋肉もどこか強ばっていて。
彼との関係が深い雷蔵は、いくつかの事態にあたりをつける。
「久しぶりですね社長、それとも恭二朗の方がいいかい? 話したい事があるんだろ?」
「旦那様?」
「ごめんね貴咲、コイツ、焦ると大袈裟に誤魔化す癖があるんだ。友情云々は本心じゃないよ」
「うおおおおおい、雷蔵?? そこまで説明されるとワタシはどうしたらいいだよ!! そりゃあ、咄嗟に作り出した台詞としては微妙だった事は認めるけども!!」
「恭二朗、君ねぇ。そういう所が命の狙われ易さに繋がってるって反省してる? 今回は違うんだろうけどさ」
夫の、仕方ないなぁ、というニュアンスの響きに貴咲は表情に出さずとも驚いて。
そんな気安い雰囲気、己の前以外でも誰かに見せるのかと。
(――バカね、私ったら)
こんなに独占欲が強い女だっただろうか、悩みたくなったが今はそんな事より。
「ああ、そういえば言ってなかったね。恭二朗とはヨシダさんより古い中でさぁ」
「その割に、ウチに入ったときヨシダを頼ったよな。そこはワタシに頼るべきだったんじゃないか?」
「え、ヤだよ。君に頼むと贔屓して分不相応な役職につけるだろう? 僕が得意なのは下っ端として殺すだけなんだから」
「何となくは察していたけど、そちらの説明より大切な事がないかしら?」
貴咲のジトっとした視線に、恭二朗はようやく土下座から立ち上がって。
襟元を正した後、実に困った顔をして頭を下げた。
「ウチの妹が本当ーーーーに、スマン!!」
「妹……えっ、芽依子さん!? は? 何で彼女がそんな事を??」
「あーー、やっぱりかぁ……」
雷蔵は納得顔だが、貴咲としては飲み込めない。
だって先程は実によくしてくれたし、夫の職場の女性陣や奥様方に紹介して貰ったし。
そういう事をする女性には、とても見えなかったからだ。
「身内の恥を晒すよう……というか恥なので恥ずかしいのだが。芽依子は雷蔵にご執心でな、一度フられているのだが……」
「諦めてなかったと? でも、彼女から敵意は感じませんでしたけど……?」
「あ、それ僕も気になった。てっきり直接なにかしてくるんじゃないかと警戒してたんだけど」
「ああ、それ多分。貴咲さんが美しすぎて目的忘れてたんだわきっと。アイツ、綺麗なのに弱いからなぁ……」
心底頭が痛いと深くため息を吐き出す恭二朗に、二人は苦笑しかない。
「本当にスマン、どーせ雷蔵に痺れ薬でも飲ませて寝取るつもりだったんだろ。今回はお爺さまを味方につけて発覚が遅れたんだ、ま、言い訳だな。後日ちゃんと謝罪するから今日はもう少し協力してほしい」
「協力? 芽依子ちゃんを捕まえてくればいいのかい?」
「いや、それはコッチが責任をもってするしアイツにも責任を取らせる」
「では私たちは何を?」
最悪、バーベキュー会場を血に染める想定をしながら問いかけた貴咲に。
恭二朗は歯を光らせ、ニマっと笑って告げた。
「――二人には思う存分イチャついて欲しい」
「え?」
「どういう事です恭二朗さん?」
「二人の仲に付け入る隙がないと思わせるぐらいに、イチャイチャして欲しいんだ」
顔は軽薄でも真面目なトーンに、二人は顔を見合わせて。
そんな事で、何とかなるのだろうか。
「アイツの事はワタシが一番理解してる、どうか信じてイチャイチャしてほしい。――ケジメは取らせる」
「…………分かった、君がそう言うなら僕らはイチャイチャしてるよ」
「旦那様がそれでいいなら、私は受け入れるだけだわ」
「恩に着る!! あ、この別荘は今後いつでも使ってくれていいから!! じゃあワタシは芽依子の所に行ってくるよ!! 結婚おめでとう!! でも雷蔵、ワタシとの時間を作ってくれると嬉しいぜ!!」
そう言うと、身内に苦しむ若社長は足早に去っていき。
別荘の中には、雷蔵と貴咲が取り残される。
二人は顔を見合わせると、はぁ、と同時にため息を一つ。
「…………じゃあ、そこのソファーに座って打ち合わせでもする?」
「ええ、イチャイチャしろって……そんなの経験ないから具体的に分からないものね」
「もしかしたら無意識にしてるのかもだけど、意識してってなると、何がイチャイチャなのか分からないよねぇ」
外に戻る前にひと休憩と、新婚夫婦がリラックスしながら相談を始めた一方。
(~~~~っ!! な、なによアレ!! 見せつけてくれちゃってぇ!!)
芽依子は落ち着きを取り戻したバーベキュー会場にて、グラスを傾けながら苛立っていた。
まったくの不覚、不意打ちであった。
まさか、まさかあんな。
「…………綺麗な人だったな、貴咲さん」
一目見た瞬間、負けたと思った。
来る前はあんなに怒り狂っていたのに、彼と結婚するのは自分だと。
ずっと、兄を介して紹介して貰った瞬間から。
(一目惚れだったんだけどなぁ……)
あの恐ろしい程に無機質な瞳に、自分が幸せにしなければと思ったのだ。
十年、もう十年も片思いしフられ続けていて。
でも、諦めきれなくて。
「完敗したって、こういう事なのかな」
無理矢理にでも奪い取ってやると、略奪愛だと意気込んだ癖に。
見惚れてしまった、彼の妻の美しさに。
彼女とて美しさには自信があった、だが井の中の蛙だと思い知ってしまった。
「ううっ、悔しい……悔しいよぉ」
二人が会場に現れた時、既に芽依子は敗北を悟ってしまったのだ。
それが何より悔しい、だってそうだ。
彼を幸せにするのは自分だと、自分だけだと思ってたのに。
「ズルいよ、あんな幸せそうにに笑ってさ……わたしには一回も見せてくれなかったのに」
笑っていたのだ、あの殺戮人形だった雷蔵が、楽しいこと、嬉しいこと、普通の幸せなど何一つしらないといった風だった彼が。
何より甘く、幸せそうに笑っていたのだ。
その上、彼女は芽依子の想像以上に愛されて。
「あ~~あぁ、兄さんに怒られるだろうなぁ……、お爺さまにも不甲斐ないって怒られるぅ……、でも、あ゛あ゛~~、なんでわたしじゃないのよぉ!!」
世界で誰よりも雷蔵の事を愛していたつもりだった、一方通行でも時間をかけて分からせてみせると。
結婚なんて寝耳に水だ、そんな素振りなんて欠片もなかったし。
不破に入り込んで、婚約者から奪う算段もついていた。
「あんなポッと出の美人……ううっ、勝てる訳ないじゃないあんな美人!! しかもわたしの超好みだし!! 出来るなら仲良くしたいし側でずっと眺めていたいし!! ――――あ、痺れ薬回収しないと、まだ間に合…………いや、兄さんがサプライズって言って誤魔化した時点で…………うううううう!!」
どうしてこうなってしまったのだ、世の中上手く行かない事だらけだ。
やけ酒してもとてもじゃないが酔いきれない、酔える筈もない。
それでもと、瓶ビールに手を伸ばした瞬間であった。
「――――追い打ちっ!?」
芽依子の視線の先には仲睦まじく串を手に取り、何かを焼こうとしている二人の姿があった。
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