ターゲット10/敗北者達の『スモア』①



 その日、海が一望できる大きな別荘に女神が光臨した。

 正確な事実を言うと人、女性である。

 だがそこに居合わせた者達は、美の女神かと思いこみそうになり。


「――初めまして、不破の妻の貴咲です」


「こんにちわー……って、どうしたの皆? 口開けてポカンとしてさ。あ、ヨシダの奥さん久しぶりですね!」


「うええええええええええええええ!? ちょっ!? おい!? マジか不破っ!? いや雷蔵の方!! お前こんな綺麗な嫁さん隠してたのか!?」


「ちょっとヨシダさん達!? なんで僕を囲む訳!? ああッ、貴咲!?」


「ふふっ、他の奥様達にもご挨拶してくるわね」


 海が見える広い庭の中、雷蔵と貴咲はそれぞれ囲まれて。


「くぅ~~、お前があんな美人さんと結婚だなんて、そりゃあ不破を抜ける……いや失敬、深くは聞かないぜ雷蔵」


「雷蔵さん!! いや雷蔵の兄貴!! 何処で知り合ったかだけでも! いえ、どう口説いたかだけでも!!」


「素直に凄くない? あんな美人、綺麗すぎて気後れしそうなもんなのに……度胸あるわ不破さん……」


「深く聞かないのはこの業界の良いところでもあるけどね、うーん、何か視線が釈然としないなぁ??」


 然もあらん、部署の新入りでエースには本当に妻が居た。

 喜ぶべき事だ、何人かはヨシダの様に古くからのつきあいでもあるし。

 殺し屋になんてなる者は不幸な人生続きだ、その最たる者である雷蔵の幸せは素直に嬉しいのではあるが。


「…………いや、なぁ?」「そっすねぇ……」「いーやー不破さん?」「アレはちょっと……」「なんつーか、不破にもそんな性癖があったんだなぁというか」


「皆して何ッ!? そんな生温い目で見ないでよ!?」


「だってなぁ……」


 彼らは何度かのアイコンタクトの後、ヨシダが代表して雷蔵の肩を叩いた。。

 個人の趣味嗜好であるし、この業界は性癖がねじ曲がっている者も多い。

 だが、それでも言わなければいけない。


「一応な、昼間の健全な催しなんだから…………嫁さんに首輪と鎖つけてご登場は無いぞ??」


「ぐッ、そ、それを言われると……ッ」


「いやな、あんな美人だし独占欲が沸くのも分かるぞ? だがなぁ、こういう場ぐらい信頼しても良いんじゃないか??」


「僕の所為じゃないんですよヨシダさん! 信じてください!! そりゃあ僕が悪いんですけども!!」


 至極尤もな指摘に、雷蔵は頭を抱えたくなった。

 然もあらん、今の貴咲は白と黒のボーダーのシャツにジーンズのハーフパンツ。

 そして麦わら帽子というスタイルであるが、特に目を引くのがゴツい革製の首輪と大きな鎖である。

 ――二人が来たとき、その鎖の先は雷蔵の手首に巻き付いていて。


「何を言い訳しても、今のお前は嫁さんに特殊プレイを強いる独占欲の強い旦那だ。ともすればDV夫で離婚まったナシの」


「違うんですッ、違うんですって!! でも全部否定出来ないのが悔しい!!」


 雷蔵が誤解のようで誤解ではい誤解を受けている頃、貴咲と言えば社長の妹と名乗った・芽依子を中心とした女性集団に質問責めだ。


「あらあら、まぁまぁ、あの不破くんがこーんな綺麗なお嫁さん隠してたなんて……ね、ね、それ不破君、いえ今は雷蔵君だったわね。彼の趣味なの?」


「ええ、家でも付けれるんですよ」


「そんな格好で大変じゃない? 着替えるのにも一苦労しそうだけど……」


「実は普通に外せるんです、でも付けてると旦那様が喜ぶので」


 あらあらまぁまぁ、と芽依子達の色眼鏡が少し離れた雷蔵に突き刺さる。

 嘘は言っていない、いつでも外せるし雷蔵が喜ぶのは事実だ。

 だが今日は、貴咲が付けて出ると言い張ったのだ。


(一応、ライバルが居ないとも限りないから。でもこの分じゃ不要な心配だったようね)


 あの雷蔵の妻という事で、大歓迎してくれている社長の妹・芽依子を筆頭に。

 それぞれ裏家業の旦那に、長年連れ添っている妻である。

 男性陣ほど貴咲の美貌に注目せず、むしろ雷蔵が悪い女に騙されないか目を光らせている節もあって。


「――私の旦那様は、皆様から愛されているのね」


「わたし達も日の当たらない道を歩いてきたから、特に雷蔵ちゃんには多かれ少なかれ助けられた事もあるしね。特にウチの兄なんか雷蔵ちゃんがいなきゃ何回死んでることか……」


「そうそう」「ま、敵も多いけど味方も多いのよね雷蔵クンは」「彼が殺して来たのは極悪人も多いから、間接的にでも助けられた子が多いのよ」


「そう、なのね……」


 彼女たちの言葉は、貴咲の胸へ驚きと共にするっと入ってきた。

 不破では彼に対する感謝の言葉などなく、殺しの報酬だってまともに払われていたかも危うい。

 貴咲が繰り返し使える豪華な道具であれば、雷蔵は使い捨て前提の安価な道具であって。


「この分なら会社でも上手くやれて――――、ちょっと待って芽依子さん。今日集まった中で、毒を使う人はいるのかしら?」


「え、何いきなり? ――毒薬使う人って居たかしら?? だいたい皆、銃とか刃物だと思うけど……。全員が全員、戦う人でもないし」


 芽依子達の注目を集める中、貴咲は周囲を見渡しながら鼻をくんくんと動かす。

 ――不破貴咲は殺し屋ではない、殺しの才能が無かったからだ。

 だがそれは、訓練をしなかった理由にはならなくて。


(一見すると無味無臭、ええ、多分……痺れ薬の類かしら?)


 権力者の妻、妾、そういう役目を期待されて作られた道具に必要不可欠な事。

 それは己や夫への暗殺の警戒、及びその対処。

 当然、貴咲にもそれは仕込まれており。


「雷蔵、来て」


「――――君が呼んだなら地の果てまでも」


「うわっ!? いきなり雷蔵ちゃんが現れた!?」


「あれっ!? 何処行った雷蔵!?」


 彼女が静かに呟いただけで、即座に現れた雷蔵。

 その光景にヨシダ達も芽依子達も、思わず混乱して。

 だが、今は彼らを落ち着かせている場合ではない。


「“居る”わ」


「なるほど、出てきたら殺そう。――でもゴメン、今は包丁しかないから同時に狙撃されたら三回ぐらいしか持たないかも」


「…………三回も全員を守れるのね?」


「うん、そういう事。勿論、爆弾があったら君しか守れないから悪しからず」


 この場を襲撃しようとしている誰かが居る、二人の会話でヨシダ達もそれに気づき。

 彼らが慌ただしく動き出す中、貴咲は雷蔵を護衛に用意されていたバーベキューの食材を一つ一つ調べていく。


「お肉ではないわね、海鮮……違う、こっちの方から匂った筈だけれど」


「焼きそばの麺とかデザートのマシュマロ……え、バーベキューってマシュマロ食べるの??」


「それは後で、…………氷っ、雷蔵っ、ロックアイスから痺れ薬の匂いっ!!」


「他には?」


「…………うん、仕込まれてるのはそれだけ。でも念のために全部廃棄した方が良いかも――」


 誰が何のために、全員が顔を強ばらせる中。

 突如として、パチパチ、パチパチと拍手の音がする。

 雷蔵がそちらへ向くと、そこには。


「サプラーーーーイズ!! お見事だよ不破の奥方!! 見事このワタシのドッキリを見破った!! うーん、良い女捕まえたじゃあないか雷蔵!! マイフレンド!!」


「え、これ君のドッキリだったの?? ちょっと趣味が悪くない? 社長でしょ??」


「は? 社長!? じゃあ、この人が――」


「そうさ!! このワタシこそがゴトー・クリーニングサービスの栄光なる二代目!! 後藤恭二朗!! ――初めまして不破貴咲、そして許さんぞ不破貴咲ぃ!! 貴様と雷蔵が結婚してからワタシとの友情の時間が減ってしまったじゃないか!! どちらがより雷蔵のパートナーに相応しいか白黒つけてやるぅ!!」


 そこには、眉目秀麗で線の細い男が。

 雷蔵の親友を名乗る、どことなく軽薄そうで男色そうな会社社長の姿があった。


「――それと話がある雷蔵、奥方と一緒でいいから中で話そう」


 深刻な顔をする恭二朗に、二人は顔を見合わせて頷いたのであった。


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