ターゲット4/運び屋の『カルボナーラ』①



 組織に所属している殺し屋と言えど、こうした世界で生き残るには個人的な伝手は重要だ。

 雷蔵の机に手紙を残した相手も、そうした伝手のひとつで。


(……十分後、右隣のビルの裏手の路地でブツを渡す、なるほど)


 暗号文を読み解いた彼は、少々浮かれながら目的地に向かう。

 ――運び屋M&J。

 情報や武器、人は勿論、乗り物も、果ては建物すら運ぶ凄腕の二人組であり、金を積めば物資の調達もしてくれる便利屋だ。


(頼もしい人達だ、僕の復讐だって助けて貰ったからなぁ)


 単に殺すだけなら簡単だ、刃物ひとつすら必要ない。

 だが後始末は言うまでもなく、ターゲットに近づく手段、殺し方を指定された場合などなど。

 むしろ殺し屋とは、暗殺とは、実行の下準備こそが重要だと言っても過言ではない。


(いつも報酬は多めに払ってるけど、復讐して生き残った訳だし報酬とは別にお礼がしたいな)


 何がいいだろうか、と考えながら雷蔵は指定された場所に向かい。

 丁度の時間に到着すると、そこには見慣れた二人の姿が。


「やぁ、いつもながら目立つ格好をしてるねジェイムズ、メアリィ」


「多少奇妙な格好の方が逆に目立たないってもんさ、ライゾー」


「それに近くにジャパニーズ・オタクショップの集まる場所がありますので、そこまで奇異には見られないわライゾーさん」


「なるほど??」


 美少女の絵の紙袋を持ち、妙にダサい格好をしている金髪のイケメン・ジェイムズ、黒いゴスロリを来た美少女・メアリィ。

 彼らこそが雷蔵が懇意にする運び屋、M&Jである。


「腑に落ちないけどまぁいいか、じゃあさっそく例のブツは?」


「これだ……」


「いつも気になってたんだけどさ、なんで毎回エロゲーの箱に入ってるの??」


 ジェイムズが手渡したのは、肌色多めのイラストが描かれた小箱。

 雷蔵は困惑しつつ、しっかりと受け取って。


「カムフラージュだ、誤解のないように言っておくが別に遊び終わったゲームの箱を再利用してる訳じゃないぞ」


「それを信じたいけどね? 刀を運んで貰った時はえっちな抱き枕の中にあったじゃん? 時限爆弾を調達して貰った時は、美少女の絵が書かれた安っぽい目覚まし時計だったよね? ホントに趣味じゃないの??」


「誤解よライゾー、別に使い過ぎて汚れたオタグッズの廃棄を兼ねてる訳じゃないわ」


「オタグッズの廃棄って言ったっ!? いや絶対趣味でしょそれっ!?」


 二人に疑惑の目を向けつつ、雷蔵はエロゲの箱をあけると。

 中には無地の紙で綺麗に包まれた長方形の、薄くて軽い物が入っていた。


(実は中身は僕も知らないんだけど、うん、これが目的の物みたいだね)


 うんうんと頷く彼に、二人は神妙な顔を向けて。


「珍しい事もあるのねライゾー、貴方が武器を頼まないなんて。――いえ、ごめんなさい。少し気になっただけ、何かあるんでしょ? 死なない程度に頑張ってね」


「それが何かオレらは知らされてないが、お前は太客なんだ。今回も生き残ってくれよ、この業界、朝の客が夜には死んでるとか日常茶飯事なんだからな。ま、ライゾーみたいなベテランなら骨身に染みてるだろうがな」


「ありがとう二人とも、でも――違うんだ」


「「違う?」」


 思わぬ言葉と聞き、二人は思わず聞き返した。

 いつもならば「僕は死なないよ」などと平然とした顔で言うのに、その上、今日はどこか上機嫌に見えて。

 そんな彼らの疑問に答えるべく、雷蔵は封を破りブツを見せる。


「うん、これだよこれ! これが僕が欲しかった――初心者向けの料理の本!!」


「…………うん? ちょっと耳がおかしくなったみたいだ、もう一度言ってくれライゾー?」


「だからさ、初心者向けの料理の本」


「何かの機密情報とか、暗号がかかれた本とかじゃなくて?」


「初心者向けの料理の本だね、そこらの本屋で売ってるやつ」


「「…………」」


「…………?」


 沈黙が流れる、二人は理解が追いつかず、雷蔵は彼らが何故黙っているのかが分からない。

 そして数秒後、再起動したメアリィとジェイムズはグイと詰めより。


「何でそんなもんをオレらに運ばせてんだよライゾー!? 気でも狂ったのか!? なぁおい、冗談だろ!?」


「え? ええっ!? 病院行く? タダで運んでいってあげるから病院へ行きましょう??」


「酷くない二人ともッ!? 僕はいたって正気だよ!!」


「正気ならなお悪いだろ!! 何処の世界に前金で一千万払ってそこらで買える普通の本を届けさせるんだよ!! オレらはアマゾンじゃねーぞっ!?」


「冗談よね? 冗談だと言って? 仕事に使うのよね? ワタシらがどれだけ苦労して手紙置いてきたと思ってるのよ!!」


「あー、聞いちゃう? 理由聞いちゃう?」


 デヘヘ、と幸せそうに表情を崩す雷蔵に、二人は更なる困惑の渦に落とされて。

 あり得ない、だって目の前の存在は裏社会に名を轟かせた殺戮人形。

 不破とう暗殺の名門が生み出した傑作であり、感情のない最終兵器である。


「おい何か変な笑い方してっぞ!? 壊れた!? ライゾーが壊れてやがる!!」


「ううっ、遂に壊れちゃったのねライゾー……可愛そうに、やっぱり三ヶ月前にあった大量注文の後に何かが……」


「以前は感情を表に出さない生き方してたけどもね? ちょっと酷くない?? 僕って君らにとって大事な太客だよね?? ――あと、実は結婚したんだその時に」


「「――――結婚!?」」


 眉目秀麗な二人は、あんぐりと大口を開けて驚いた。

 彼に何があったというのだ、裏方の仕事とはいえ二人も雷蔵の仕事風景を見たことがある。

 何事にも動じず、表情一つ変えず、まるで映画の悪役の如く標的を殺してく様は殺戮人形の呼び声に相応しく。


「ライゾーお前……人間、だったのか??」


「そ、そんな……実はロボットだと思ってたのに!?」


「業界の人達から、僕はどういう目で見られてるワケ?? ま、いいか。今の僕は半引退状態だしね」


 そう暖かな微笑みすら浮かべる彼に、二人はようやく納得したのか仲良く同時に深い溜息を。


「ま、お前が人並みの幸せを得られたならオレらも嬉しいぜ。前のお前は笑ってても目が冷たかったからな」


「自分の意志なんて無いって感じだったものね、――結婚おめでとうライゾー」


「ありがとう二人とも」


「だがな、普通に買えるなら本ぐらい普通に買えよ。結婚したんだろう? 金は大事にしろよ」


「僕も悩んだんだけどね、でもさ……恥ずかしくない? 何買えばいいか分からないし、だから信頼できる人に頼んで、ね?」


「奥さんに頼みなさいよそれぐらいっ!?」


「は? 僕の奥さんにそんなコト頼めないんだけど? 見てみる? 世界で一番の美人だからさ、迂闊に外に出せないんだよ、いやー最近は家に帰るのが楽しみでさぁ~~、あ、そうだ見ても惚れちゃダメだし他言無用だからね、もし仮に僕に恨みをもつ誰かに言ったら――――殺すしかないから」


 惚気ながらも殺気を込めて笑う彼に、二人はやっぱり殺戮人形じゃないかと震えたが。

 ともあれ、めでたい事はめでたいのだ。


「ま、まぁそれはおいおいね? 今度プライベートで遊びに行きましょ、ダブルデートってやつよ」


「結婚祝いと言っちゃなんだがよ、オレがメアリィを口説いた時に使ったパスタのレシピを教えるぜ、今度嫁さんに作ってやれよな!」


 そうしてジェイムズはエロゲの特典と思われるメモ帳にレシピを書くと雷蔵へ渡し。

 運び屋の二人は、彼の頬に親愛のキスをすると去っていった。


「いつもながら、頬とはいえ挨拶のキスは慣れないなぁ……」


 苦笑をひとつ、だが心は弾んでいる。

 何せ、自分に足りない知識が得られる本と、新しいレシピを手に入れたのだ。


(帰りにスーパーによって、早速今晩作ってみよう!!)


 そうウキウキ気分でオフィスに戻り、その後、定時で会社を出て帰宅した雷蔵であったが。


「くんくん、くんくん、……へぇ、そう、良いご身分ですこと旦那様は。――――他の女の匂いがする」


(あっれぇええええええええええええええ??)


 帰宅した彼を出迎えた妻・貴咲は、おかえりなさいと言う前に整った美貌を鬼のように歪めたのだった。


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