第65話 浸透作戦

065 浸透作戦


1583年(天正11年)

マニラに駐屯する鈴木軍は、気候と闘い、海域周辺地図を策定していた。

フィリピン、インドネシアには島が多すぎて、これらの小さな島は捨て置かれていた。

とにかく、南への進路を切り開いていたのである。


男が目指していたのは、勿論オーストラリアである。

かの地をいかに、早く領土とするか。これを至上命題としていた。


ジャワ島にはポルトガルの拠点(現在はスペインに切り替わっていたが)があるので後回しである。勿論、これらの海域は、海上輸送において非常に重要な海峡を有しているのだが、それでも、オーストラリアは最重要の地である。

ここを取れば、いくらでも戦えるからである。


巨大な島であるので、簡単に征服できない。

攻められれば奥地に逃げれば追ってこれない。

そして、大量の資源を埋蔵していることは、勿論である。

日本よりもよほど素晴らしい土地である。


そして、今この島にはアボリジニという原住民がいるだけである。

嘗て、前世でこの地を訪れ、彼らと友誼を結んだことが有る男にとっては、最後の故郷のようなものである。


彼ら(原住民)を掌握する方法はすでに手の中にある。

マニラから次々と、オーストラリアへと船が出る。

目指すはダーウィン。勿論そのような地名を今はつけられてない。

しかしそこは紛れもなくポートダーウィンである。

男がそう呼んでいるからだ。


忍びの訓練を施された人員を載せた船が征く。

マニラで雇われた通訳もいる。オーストラリアにたどり着いたことのある船員も乗っている。

船腹には、彼らを懐柔するための物資も満載されている。


原住民をいかに手懐けるか、ここが分水嶺である。

特に、本土からはるか彼方に進出している鈴木軍にとっては生命線である。

日本本国からの兵士が増援されてくるまでは、相当の日数、物資が必要であり、それだけでも消耗していく。

ここで、原住民たちに反抗でもされれば、堪ったものではない。

ポートダーウィンに到着した彼らは、細心の注意を払い、アボリジニたちに事の次第を説明していく。


酒、たばこ、刃物、砂糖菓子。

これらの物は、どこでも喜ばれる鉄板の土産である。

そして、重當自身が、懇切丁寧に通訳している。

多くの部族が、彼の元に集まり、土産の品を受け取り友誼を結ぶ。


日本では、アボリジニが少数民族のような考えもっている人が多いだろうが決してそうではない。


彼らの多くが、移住してきた白人種に根絶やしにされるような扱いを受けてすり減っただけのことである。故に、この時代の豪州大陸には多数の彼らが存在していたのである。


そして、勿論そのような多数の部族がいるところには必ず、反発を示す部族が存在する。

これは、自然な流れなのであった。生物のさがなのかもしれない。


だが、これを待っていた男が存在していた。

である。

この男は非常に危険な思想の持主である。

自分の価値観で行動するため、周りの人々が迷惑することに共感はしないのだ。


「我らが武力を示す時!」

飴と鞭。今までは飴を大量にばらまき下手に出ていたにすぎない。

そして、図に乗って出てくる者を待ち構えていた。

彼らは、銃による武装集団であるが、今までほぼそれを使用していない。


彼らの名誉のためにいうなら、弓と槍でも決して負けるような弱卒などはいない。

彼らは精鋭海兵団だからである。


件の部族長が、この聖地から出ていけと宣った。

「我らは、友誼をもって契りを結ばんとしているものを、台無しにされるおつもりか!」

芝居がかった重當が、他の部族長達のいる会場で叫ぶ。


まるで、原住民のように言語を操る謎の男。

「貴様らは、この地にふさわしくない!」部族長が怒る。

当然だ、彼らは異物なのだから。拝む神も全く違う。


「我らは、雷の神の使徒である。この烏の神の力を思い知ることになるぞ!」

あっという間に、屁理屈で脅し始める男。

いつの間に雷の使徒になったのであろうか。


「すぐに出ていくがよい」

「こうなれば一戦交えるのも已む無し」

そもそも、出ていく気など端からないのだ。


「出ていかねば、戦だ!」族長が叫ぶ。若手の戦士たちが、前にでてくる。

「望むところだ、貴様の首を祭壇に飾り、神の怒りを鎮めねばならぬ」まさに邪神である。


「出合え!出合え!」

どこぞの悪代官のように呼ばわる男であった。


こうして、船着き場の広場がにわかに戦場へと変貌する。

無論、重當を守る必要などない。この男は、本当に死ぬのだろうか、というほどの力を持っている。


海兵団の銃兵が2列に並ぶ。

一列目は膝撃ち姿勢。2列目は立ったままの射撃姿勢。


一方の彼らは、弓と槍を構える。

数では、数倍する。族長もまさか負けるとは考えていなかった。

小賢しい者どもを海に蹴落としやれば二度と来ないであろうくらいに考えていた。


「撃て~い!」バッババババ~~~~~~ン

落雷のような轟音が轟く。

上半身裸の彼らが無事でいられるはずもない。

瞬く間に、数十人が血を飛び散らせて倒れていく。


部族長はまだ生きていたが、何が起こったかはわからなかった。

周囲一面が血と死体に塗れていた。


のそりと巨大な武者が立ち上がった。

その手には、巨大な日本刀が握られている。

真柄十郎左衛門直隆、それは巨人の国の生まれである。

今どきの日本人にも珍しいくらい巨大な男であった。

その真柄が刃長170センチの巨大刀をもって前に出てきたのである。

熱いのに、黒い鎧を装着しており、それはすでに何かの鬼か悪魔のようにも見える。


その黒鎧が疾走を始める。

誰もが止めることができない。

「ドリャ~!」掛け声一閃、大刀を振りぬいた。

族長の体が上下に分断される。


その場にいたすべての族長はそのありえぬ景色に心を打ち砕かれていた。





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