第62話 鍵

062 鍵


1580年(天正8年)

領土を拡大しすぎたため、力を蓄えていた鈴木軍が農業改革を断行していたころ、朝鮮半島の織田軍はどうしていたのか?


信長は、まだ、生きていた。

『本能寺の変』は起こらなかった。

明智光秀が京都を治めて満足していたからか?

それとも、本能寺にいなかったからなのか?それはわからない。そもそも、織田家家臣にならなかったからなのだろう。重當も殺されていなかった。決して本能寺で宿泊することをしなかったためであろう。


このころには、徳川家康は病没していた。二度目の死であった。

そして、徳川軍は織田家に取り込まれていた。

朝鮮の水が合わなかったからか、あまりに熾烈な戦いの所為で消耗したのか。

すでに、彼らは、朝鮮への土着を開始していた。

ここでも、太田党の仕事があった。

労働力は、中国人の苦力か、日本からの移民が、畑を耕している。

南部では水田、北部では小麦・芋と気候により、とれそうなものを作物を選択し、農業改革をおこなっていた。


平壌に根拠地を構えた織田軍は、女真(満州族)と対峙している。

明軍は、遼東半島に展開しているが、女真をその手先として使用していた。

この女真族がのちに後金となり、中華を制圧し、清となる人々であるはずだった。


だが、そのようになるはずの予定だったのだが、明軍は早々に蹴散らされ、女真が、織田軍と紛争を繰り返していたというのが本当のところである。


明軍は、海軍に致命的な一撃を食らい、陸軍も織田鉄砲隊にさんざんに撃ち倒されていた。

そこで、地元民の女真を手先として、使用することにしたのである。

明の政治は非常に乱れており、乱脈経営が行われていた。

また、砲撃された山東半島、天津などでは、騒乱の巷と化していた。

つまり制御を失っていたのである。

明の万暦帝は幼く、宦官などが大いに私利私欲によって国政を壟断していたのである。


女真に援助する武器弾薬を横領するなどは当たり前に行われていた。

女真は、得られるはずの援助も受けられず、この時代の最新兵器の鉄砲と闘うことを余儀なくされていた。


綺羅星のごとく輝く織田家の武将が、鉄砲でそして夜間切り込みで大活躍していた。

そして、その活躍は世界の運命を大きく変えていくことになる。


愛新覚羅(アイシンギョロと発音するらしい)族のヌルハチが捕虜になってしまったのである。

彼は遼東総兵の配下として戦場で戦っていたが、鬼柴田に攻撃され逮捕されるのであった。

このヌルハチこそ、後の清帝国の基礎を築く人物であった。


そして、彼が捕まったその日、平壌城には、あの男が現れていたのである。

「八咫烏大神のお告げを賜った」と男は言った。

本当にそのようなことが起こったのか?それとも単なる偶然か?それは誰にもわからない。


ヌルハチは、読めない文字の書かれた文書を示される。

「さあ、命が惜しくば署名せよ」

その男は、満州語でしゃべったのである。なぜ、倭人(?)のこの男が満州語を喋れるのだ!


「今日から貴様の父親は、この織田信長である。命を賭けてお仕えせよ」

恐るべき内容の起請文の中身を読み上げる男。

「そんな馬鹿なことがあるか!」

「背けば死あるのみ」


「この起請文は絶対である、さあ、お前の父の名前はなんだ、呼んでみろ」

「・・・・」


「お だ の ぶ な が、言ってみろ」


傍に座っている、信長自身が自分の名前を呼ばれて驚いている。

何かを強要しているのであろうが、儂に忠誠を誓えとでもいっているのだろうか。

ちがった、養子縁組が今行われていたのである。


「殺せ!」ヌルハチは涙を流しながらそう叫んだのである。

「馬鹿者め!貴様は、中華帝国を倒し、清を立てる運命なのだ」と男はヌルハチを殴り飛ばした。

ヌルハチの中で稲妻が走る。

何だと!


男の背後には、何か黒い靄のようなものが濛々と立ち昇っていた。

こいつは、悪魔なのか!

しかし、自分が明を打ち倒すだと!なぜこの悪魔はそんな妄言を言うのだ。

どうやら彼の頭の中では、悪魔と断定したようだ。


「いいか、貴様は、この織田の力と自分の一族をまとめた力で満州族を統一するのだ、そして、その戦力で、明を滅ぼせ、今や明は、風前の灯よ。それは貴様にわかるだろう。政が腐りきっているのだ、お前達にも碌に補給は届くまい?」悪魔が囁いた。


滔々と洗脳の言葉が頭に流れ込まされる。

そして、ついに禁断の映像魔術が脳内に流し込まれる。後金が明を滅ぼす映像が延々と流される。それは、本当に起こったことを切り取った映像である。

残念ながら、ヌルハチ自身は山海関の戦いで敵の大砲攻撃により死亡している。

この呪術はそのほとんどが失われたものであったが、この時は、たまたま機能したのである。


「貴様が、よしといえば、貴様を殺した大砲を与えてやろう!」

まさに、今の青銅砲よりもはるかに先行した大砲が製造されていた。

敵をたやすく打ち破ることが可能となる。


青銅砲は鉄の玉を発射するだけで、男の軍のさく裂弾は全くレベルの違うものである。

正に、異次元の技術なのである。

しかも、製造しているのは、倭国の紀州という土地のみである。


技術は完全に秘匿されている。

そう簡単にまねされてたまるものか。


欧州の人々にとっては、正に魔王と呼ぶにふさわしい男は今日も歴史を捻じ曲げる。

それが、この男の存在意義とでもいうかのように。


この、邂逅が大きく大陸の歴史に変更を加える一撃となる。


ヌルハチは歴史の鍵である、男は、その鍵を使い歴史を捻じ曲げるのであった。





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