第34話 新年の大宴

034 新年の大宴


「本日は、皆さま遠いところお出まし下さり、有難きことこの上なしでございます。私、鈴木九十九重當の西戎大将軍就任のお披露目にお集まりいただきありがとうございまする」

こういって、男は、上座でひれ伏したのである。

「本日は、特別ゲストとして御上が階上におわします。あまり大声を張り上げますと不敬となりますので、ご了承ください。それでは、ささやかながらもおもてなしを用意しましたので、皆さま楽しんでご歓談賜りますようにお願い申し上げます」


奇妙奇天烈な挨拶の後、宴会が始まったのである。

挨拶の前に、例によって山科卿から従三位近衛中将西戎大将軍の託宣をいただくセレモニーがあった。

山科卿は頻繁にこの城を訪れる。


だが、宴会の始まりから人々は恐怖した。

恐るべきは、その技術力である。

膳自体は、漆塗りで作られている。

しかも大変美しい。

これは、根来塗(漆塗り)が日本中に広まる前であるため、ここにしかない。

第2次紀州征伐で根来寺は灰燼に帰し、寺の食器を作っていた技術者集団は、各地へと離散する、彼らが各地の漆器を発展させるのであったが、男の頭の中では、これは売れる。嫌、絶対売って見せる。と野心が燃え上がっていた。

こうして、技術をさらに昇華させ、蒔絵などが生み出されたのである。

男は、トレンドを確固たるものにすべく、貴族へと献上し、気運を醸成するのであった。


こうして、漆器の食器は高級ブランド、皇室御用達という名の根来塗が完成する。

紀伊の寺、根来、高野山、粉河などは、今や漆器生産業者であった。

このように、戦よりも商売という感覚を坊主どもに刷り込んで反乱の芽も摘んでしまう。という別の政策の意味おも含んでいたのである。


味噌、醤油、鰹節はそもそも紀伊発祥である。

それに、椎茸出汁を加味すれば、どんな味のものでも作り出せる。

さらに加えて、砂糖、はちみつ。

酒、蒸留酒である。

現代の料理はほぼ完成できるのであった。

縄に味噌をしみこませて食べる糧食を食べるしか知らなかった者たち。


すべての料理が驚天動地の味であったろう。

「なんだこれは!」皆が目を剥いた。あまりにもうますぎる。

涙を流して、食べるものも出る始末であった。


ある男だけは、「後は昆布だな、やはり利尻でないとな」と文句を言ったという。

勿論、その利尻昆布も、越後経由で手に入れているのだが。


食事のあとに、さらに蒸留酒や珈琲、紅茶などが振舞われる。

それは、白磁のカップと皿であった。

「これは!」見たことがない人ほど衝撃が大きかった。

ボーンチャイナと白磁、2種類のセットが用意されていた。

蒸留酒とは、ウィスキー、焼酎である。

此方は、ガラスコップで飲む。冬であるため氷もあった。


「茶が必要な方は、茶頭の今井宗久殿が別室で用意してくれているのでそちらへどうぞ」

この世界の茶は今井宗久がリードしていた。


だが、皆、ガラスコップに驚嘆を禁じ得ない、しかもわざわざウィスキーグラスを作らせている男。すでに、ガラスの量産も視野に入っている。あとは燃料を手に入れるだけだった。

ガラス自体の生産は比較的簡単に材料が手に入る。いかにして、辺り一面の木を切り倒さずに燃料を入手するかというところであった。


このころのガラスはギヤマンなどと呼ばれてきわめて貴重な品物であった。

男にとってこの宴会の場所は、ア〇フォンのプレゼン会場のようなものである。

全国を経済的に侵略する端緒であった。


「それでは、皆さん、明日の昼食を楽しみにまたお会いしましょう」

そういって、最前列に並んでいた重當家の家族、嫁や子供や孫もいたのだが、彼らはぞろぞろと退出し、無礼講となる。


「嫌、しばし待て義弟どの」信長が声をかける。

「義兄殿、会談は宴が終わってからにいたしましょう。こちらから御用の方には、こちらからお声掛けいたします。また御用がある方は、望月の方へお願いします。日程を組みます故」


戦国大名たちにはそれぞれの思いがあり、当然この男にも考えがあったのである。

しかし、西戎大将軍は、西国の統治にしか興味がなかったりする。

この場合は、関西である。

東国の統治は誰がやっても問題ない。男の視線は、常に西に向けられていた。

太平洋を暴れ回った男からすれば、日本の国土はあまりにも狭い。

そのような閉塞空間を奪いあったところで一体何の得があるというのか。

日本軍は常に資源不足に苦しめられていたではないか!

そもそも、十分な石油資源があればあの開戦は避けられたのではないか!


男の記憶には、様々な思いが刻まれている。そして、どこに何が埋まっているのかという知識も当然に詰まっていた。



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