第21話 紀伊国の大和守

021 紀伊国の大和守


新年の宴をこれまで以上にないレベルで挙行した大和守は、そのあと城を出ることになる。

そもそも、戦場に近いという理由で、この場所にいたのであるから、すでにいる理由は実はない。


城の美術品のなどもすべてきれいに剥がして、牛車に載せていく。

彼らは、戦争時にも物資輸送に相当力を入れる部隊であるから、そういうことは得意である。

兵達は、海兵隊出身なので、皆が城替えに参加する。

大砲部隊も同様である。彼らの一部は堺から、淡路に行くことになる。

技術の流出防止と砲撃訓練のためである。


彼らにしてみれば、いずれ新兵器(新型大砲ができるだろう)が、この日乃本でこの男から出てくることは明らかなので、数寄者たちもついていくことになる。

武将は、利害得失を読めない者だけが、金鵄八咫烏城に残ることになる。


重當一派がなぜここまでできるのか、それは経済的に優れているからである。

銭がなければ戦争などできないのである。その銭を稼ぐ人間は誰なのか。それは明らかだった。城が変わったところで、経済力が変わる訳ではない。

もともと、領地の代わりに銭で払うような軍隊なのだ。


そして、彼らは、早々に弥勒寺山城に入場する。

和泉山地の出入り口には、より強度のある砦を構築する部隊を残している。

もともと、外の世界に持ち出せないような実験などを紀伊で行っていたのである。

これ幸いと、紀伊の領地化と反重當派を狩り始める。

「叛徒どもを一掃せよ!」

戸次道雪が、各部隊に檄を飛ばす。

在田や日高地方で粛清の嵐が吹き荒れる。

勿論、敵すべき実力のある者たちはいなかった。

彼らは、精鋭中の精鋭、猛将中の猛将である。

しかも完全武装の軍隊であった。

兵数も1万以上はいたのだ。


勿論、誰一人逃がすことはないのだ。

和泉山地は誰一人突破できないように見張られていた。

逃げるものは、東部の山岳部に逃げるしかできないが、そこは大和であり、松永、筒井が見張っていた。

伊勢は北畠が見張っていた。

逆らう者は殺され、助かった者たちも奴隷落ちとなる。

叛徒は、忍びどもがさらに調査をして摘発するという徹底ぶりであった。


城替えの情報を得た孫一が金鵄八咫烏城に到着した時、重意は得意の絶頂にいた。

「父上、一体何があったのですか!」

「孫一よ、九十九を紀伊に蟄居させてやったわ」

「何ということを!」

「何がだ」

「早く、謝罪に行かなければなりません」

「なんの謝罪だ?」

「この城を維持するのにどれだけの金が要るのかわかっているのですか!」

「勘定方が計算するだろう」

「勘定できても、金はどこから得るのですか」

「そんなものは年貢だろう」

「馬鹿な!九十九のどこにそんな年貢を取る領地があったのですか、最小限、部下に与えるだけしかやってないでしょう」

そういえばそうであった。

大きな国を取ってきても、それは本家の家臣などが取り分にするので、九十九一派は多少程度しか受け取れていないのだ。

しかも、元の国人、土豪たちもいるのである。


「何もせず、奴に任せておけば、なんの苦労もなく西日本の王者になれたものを、なんということだ、ここまで父上が愚かだったとは」


「むむ」

「すぐに使いを送れ」


だが、時すでに遅し。

使いは、和泉山地の関所から銃撃を受けて死亡した。


堺は矢銭の供与を拒否。

堺は周旋工作を山科言継に依頼。

天皇から勅使が金鵄八咫烏城に登場する。

完全に糧道を絶たれる鈴木本家。


本来の領地、紀伊も悉く占領されていた。

こうなれば、いままでは占領できていた地方の国人、土豪が動き始める。

各地で反乱、一揆が頻発する事態に陥る。


そして、その弱みをついて、足利将軍から勅使がやってくる。

「西戎大将軍位を返上せよ」

「そうすれば、助けてやろう」

足利義昭は、六角、朝倉、浅井など周辺の勢力まとめており、兵力を有していたのである。

彼にしてみればこの際、金鵄八咫烏城を確保しようという魂胆だった。


「淡路に援軍を要請するのだ」

そう、淡路の守護は、九鬼澄隆であり、鈴木家家臣である。

だが、本当に家臣なのだろうか?

勿論、名目上の家臣ではあったが、今や本家よりも有利な立場にある。

淡路を攻めるには、水軍がいる。しかし、その水軍こそ、九鬼水軍なのだ。

しかも、島であり防御力は高い、高みの見物が可能なのだった。

そもそも、戦艦を開発したのは、あの男であり、これからも新しい技術を生み出すのは明らかにあの男だろう。誰が考えてもその結論以外に至らない。そこが問題だったのだ。


九鬼は動かなかった。

それに、志摩で弟が作っているものも非常に高価なものなのだ。

その利益(勿論一部だが莫大である。市場にはいまだ競争相手がいないのだから。)を失うわけにはいかない。

志摩こそがパールハーバーなのだ。


それに、小早川水軍が合力することが確定している現状では、動くことは得策ではない。小早川には、九十九の腹心の望月出雲の娘が輿入れし、関係をかなり強化している。それに、小早川自身がかなりの出来物である。最強海軍の名を欲しいままにしてきた九鬼も九十九の技術ないと苦しいであろう。それに戦闘員は海兵隊出身である。


鈴木本家には悪いが、すでに淡路は、九鬼の勢力下であり、すぐにでも独立は可能である。

さらに言えば、海兵隊は、あの男に絶対的忠誠心を持っている。

それに、反する動きを見せれば、自分の命こそが危ない。海兵隊は精強無比、しかも精神がヤバいほどに偏っている。反九十九を歌えば、その夜に、瀬戸内海に浮かぶことになるだろう。


その動きは、阿波、讃岐で展開する鈴木本家の部隊にとって致命傷を負わすことになる。

本土からの糧道のほとんどが、淡路経由であったため、孤立することになる。

播磨方面からの糧道が細々とつながっているにしか過ぎないという弱点が露呈する。



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