第20話 別れの大宴

020 別れの大宴


1570年(永禄13年)の正月。

金鵄八咫烏城では、最後の大規模な新春の宴が行われる。

今後、この城では、彼らは会うことはないのかもしれないという意味で最後なのだ。

大殿鈴木重意よりの城替えの命令を受けたからである。


大広間に居並ぶ家臣たちは、鎮痛な面もちの者が多い。

無敗の軍団の突然の左遷である。

紀伊に行けば、戦などないのである。

周囲は、皆自家の領土なのである。(伊勢の北畠を除く)


「皆、儂が至らぬばかりにすまんことをしてしまった」

珍しく、男は皆に頭を下げたのである。

「しかし、周囲に領地を得たもの達はどういたしましょうか」と道雪。

この金鵄八咫烏城周辺に、領地を得たものもかなりいる。

「そこまでは、取り上げられておらぬが」

「我らは、殿の家臣、どこまでもお供いたしますぞ」皆が平伏する。

「皆の者、すまん」男は珍しく涙を見せる。これぞ鬼の目にも涙。

鬼の霍乱である。


だが、勿論、すべての者がついてくる筈もないのが、戦国時代であるといえる。

生き残るためには、手段など選んでいられない。


参謀本部の試算では8割も残ればましということだった。

だが、結果は驚異の9割残留だった。

1割は、重意側に臣従することになった。


「先生方には、心安らかに、金鵄八咫烏城でお過ごしください」

「うむ、儂はもうそれほど長くはない。だが、弟子を連れていくがよい」

「儂も同じだ、きっと貴様はまたここに返り咲く。それまでここの一角を守ってやろう」

塚原卜伝と上泉信綱は言った。

「酒だけは届けましょう」

「頼むぞ、あの強い奴がよい」

「わかりました」


「某はどうすればよいでしょうか」と松永弾正。

「大和を守れ」

「は!」


「具房と順慶は国に帰るがよい」

「父上の危急存亡の時に逃げ出すわけにはいきません」

「具房は、伊勢の守りを、順慶は、大和の南部を守れ、くれぐれも弾正と連携せよ」

「はい、父上」

「うん、良い子じゃ」


「某は、孫一様の家臣として、淡路を守ります」と淡路の戦国大名となった九鬼澄隆。

「頼む」

「は!」


「おいおい、せっかく、国から出てきたのに、どうするんだよ」吉川元春が笑顔でいう。

「なんらかの作戦だと思われます」白面の美丈夫、小早川隆景がいう。

「お前は、伊予の大名になったからいいけどよ」と元春。

「そうですぞ、儂も大名にしていただかねば」それは、真田幸隆だった。

長男に武田家家臣の地位を譲り、金鵄八咫烏城にやってきていたのである。


「儂には何も力がないのじゃ、皆すまん」とまたも珍しく頭を下げる男。心が少し弱くなっているときに見られる症状である。


「大丈夫ですよ、このお玉が旦那様を日乃本一の大名にならせてあげるのです」と妻となった幼女が健気に言う。

「玉、苦労を掛けるな」

「玉にお任せ有れ」

「頼むぞ」

「はい」


「さすがロリ源氏様でございます」

一同が大笑いする。

「望月、貴様殺す」


「とにかく、今日は明日の事は忘れて飲んで食え!」

それは宝蔵院師匠だった。前田慶次郎、滝川一益、柳生石舟斎などは、すでになんの心配をすることなく食って飲んでいる。

「そうだ、来るものは拒まず、去る者は追わず」


そんな宴会の最中に客がやってくる。

「拙者、新免無二と申します。殿の名声を聴きつけて馳せ参じました」

「無二殿、儂は、国替えで紀伊に帰るのだが、それでもついてくるか?」

「は、お願いしたく」

「なぜ」

「あらゆる剣術を免許皆伝したと聞きました」

「少し、違うな」



そうかなり違うのだ。

男は、訓練せずとも、異常な速さと反射神経で、剣技を覚えることができるのだが、それはコピーしているにしか過ぎない。

免許皆伝相当の腕前を持っているが、免許を貰ったわけではないのである。


多くの免状保持者がいう。

「殿の剣術は殺しの業、生きるための剣ではない」

「殺人剣ではなく活人剣であれ」

「救世の剣を求める儂は、貴様に免状を与えることはできん」

多くの師匠方の意見はこうである。


ゆえに、男は、中条流と宝蔵院流しか免状を得ていない。

戸田勢源は、この男に恩を感じている。

宝蔵院も同じである。酒を飲まさんと脅されたので仕方なく与えたのだ。


「ぜひとも、供の一人として、加えていただきたい」これだけの剣豪が集まる異常な場所である。絶対に得難い経験を得ることができるはずなのだ。無二は頭を下げた。

「そうか、儂は止めたぞ、後で後悔しても知らんぞ」と男。

「は、承知仕った」こうして新免無二は配下となった。


その場所から少し距離を置いた場所。

「しかし、これで本当に良かったのですか」と竹中。

「殿がおいたわしい」と道雪。

「作戦の一環であろうが」と黒田。

参謀本部が集まっていた。


彼らがなんらかの作戦行動を予定しているのは間違いないことだった。

戦乱の巷には、謀略が満ちている。

ピンチこそがチャンスになるのである。

そして、今、危機にある、これぞ飛躍への瞬間。

参謀たちはそうとらえていた。

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