第19話 賠償金
019 賠償金
賠償金は、ゴールデンハイド号およびドレークの体重の重さと同じの金となった。
「これは八咫烏起請文という大変ありがたい誓紙である。約束をたがえた場合は、貴様の身体は、塩の柱になると書かれている。これは天罰であるから、絶対に違えぬようにな」
只の紙切れである。確かに契約はかなり精神的に縛りにはなるのだが。
だが、周囲の反応から、それが普通の誓紙でないことは明らかだった。
「しかし、塩の柱とは、」戸次道雪がいう。
「そうです、金の方がよかったのでは。それを回収すれば代金になりますが」
「彼らには、その方が良く効くだろう」と男は言った。
所謂ソドムとゴモラの聖書による話では、後ろを見てはならないといわれた女が、塩の柱になる件りが出てくるのである。
「金と船を持ってこい2年以内だ、約束が履行されない場合は、貴様は塩の柱になる」
「そんな紙切れなど気にする俺ではない」とドレーク船長は言い放つが、周囲の反応は違う違うと首を振っている。明らかに恐ろしい何かが確実に起こることを暗示している。
「お前が気にすることはない、塩になりたくなければ、そうせよ」
通常の契約書であれば、相手が守るように、船員を人質、あるいは船長自身を人質にするはずだが、全員が釈放されていた。
そして、相手方は絶対にそれが起こることを確信しているのである。
つまり、いままでも絶対に履行されたのである。
その自信が現れている。
「そうだ、お前に一つ頼みがある。儂のいうものを取ってきたならば、その数の十分の一の数の真珠をくれてやる」
南米のアマゾン川の周辺のパラ地区でとれる木の実であった。
絵の下手な男が望月に書かせたのである。
「100個取ってきたら、真珠を10個くれるのか」
「そういうことだ、割り算ができるのだな」
「海賊ドレイクは塩の柱になり果てました。というのもなかなか浪漫があってよいが、この木の実を頼みたいものだな、金とその船を持ってこい、妙な気を興さぬことだ。今度は、首と胴が生き別れになる。首無しドレークの幽霊船というのも浪漫があっていいがな」
それは浪漫ではなくホラーである。
「言っておくが、この起請文は絶対だ。今まで試したものは皆、悲惨な結末を迎えた。未来ある君は試さぬようにな」
ドレイクのゴールデンハイド号はこうして日本を旅立ったのである。
それ以来、紀伊下津港はパールハーバーと称されることになる。
勿論、真珠は取れない。
この事件は、ほぼ実害がない状態で終結したが、すでに様相は変化していた。
なぜなら、事態は水面下で動いていたからである。
「鈴木大和守、大殿からの召喚である、直ちに弥勒寺山城に登城せよ」
そこには、孫一の父親、佐太夫重意がいる。
孫一は、九十九とはまだ理解しあえていたが、その父重意はそうではなかった。
下手に、鈴木家が畿内覇者となったことで、欲が出てしまったのである。
そして、自分たちは紀伊に閉じこもり、重當は、大阪で巨大な城でいることにかなり不満を持っていたのである。
勿論、金鵄八咫烏城は、畿内の中心であるため、軍事的中心なのである。
そして、軍を取り仕切る男が重當であるため、それは当然なのであるが、重意はそのようには考えない。儂こそが、金鵄八咫烏城の城主となるべきであると考えるようになっていたのである。
そして、それをたきつけるものも当然いる。
例えば、足利将軍であったりする。
例えば、鈴木家古参の家臣だったりする。
「大殿の居城は、金鵄八咫烏城でなくてどうするのですか」
「足利幕府の重臣として、処遇する。大和守はそちを軽んじているに違いない」
「副将軍として、日乃本を統率する手助けをしてほしい」
次々と、文や使いがやってくるようになった。
そして、それに乗る家臣たちも増えていった。
「大和よ、一体全体どういうことだ、毛唐が何やら騒いでおったのは、すべて貴様の仕業であろう!」明らかに、大上段からの圧力であった。
「事態は収束いたしました」
「当たり前だ、貴様が起こしたのであろう。その責任をどうとるというておるのだ!」
ここには、孫一はいない。彼は、姫路城に駐屯している。
「大殿、隠居の身で何をおっしゃっているのですか」
「黙れ!」と重意。
「無礼であろう」重臣津田監物が口をはさむ。
「貴様を、この弥勒寺山城主とする」
「大殿の寛大な措置である、謹慎しなされ」
「金鵄八咫烏城は近日中に明け渡されよ」
「そんな馬鹿な」
「黙れ、
「わかり申した。しかし、この仕打ちは決して忘れませんぞ」
「口を慎め!」肘置きが飛んでくる。
こうして、重當の城替えが命じられたのである。
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