第10話 東福寺

010 東福寺


牛車と馬は別の寺に来ていた。

その名は、東福寺。

東大寺の『東』、興福寺の『福』から一字ずつ取ってそういう名になったという。

現代では、通天橋から見る紅葉が有名な寺である。

その寺に男たちはいたのである。


大仏殿の中には巨大な仏像が存在する。

「これは、これは、見るからに素晴らしい仏像ですな」

勿論、男に仏像を鑑賞する能力はない。

とにかく適当に嘘をつくのである。

大仏は見事な金銅物であったが・・・。


「これは有難き仰せにございます。」説明に駆り出された座主がいう。

山科氏からの要請では無下むげにできない。


「しかし、一体何があったのでしょうか」俗世に関心のない座主が問う。

「この寺にいる方にお会いしたいのです」と男。

「なるほど、山陰でなにかあったのですな」と座主。この男がこの寺に来そうな理由はあまりないのだ。

「左様です」と男。


「では、本堂に参りましょう、ここではさすがに」

「そうですな」


本堂の一室に少年僧が現れた。

「宗晴と申します」

「某は、紀伊鈴木の臣、鈴木重當と申す」

「鈴木様が何の用でございましょうか」

「残念なことをもうさねばなりませんが、尼子氏は滅びました」と男。

宗晴の顔色が青くなる。

「拙僧を始末しに来られたのでしょうか」と身も蓋もないことをいう少年、混乱の極みである。


「ははは、某は、幾人も武将を討ち取ってきましたが、いまだ子供を殺したことはござらぬ」

この男は基本的に嘘つきだ。


直截ちょくさいに申し上げましょう、あなたを我が子として迎えたい」

「え」

「え?」

付き添いの山科までが思案顔である。


「そうすれば、あなたは安全だ、そして無駄な戦も収まるであろう」と男。

「ええ!?」


「某の子になれば、尼子全盛時までとはいかんであろうが、大名には必ずならせて見せましょう」と自信あり気に言う男。彼の力で大名になったものは、まだ九鬼兄弟だけである。

「私は、粛清された新宮党ですが」と少年。

「問題は、負けを認められない者たちがあなたを旗頭に戦を興すのです」と男。

男は、毛利との約定で尼子残党の処理をしなければならない。ゆえに先手を切ってこの寺に来たのである。


「そうなのですか」

「ええ、戦いを望むならそれもよいでしょうが、あなたはどうですか」と男。

「仏門に入った時から、そのような世俗のことは捨てております」少年僧はなかなかに気性が素直なのであろう。

「そうでしょう、拙者もそうではないかとおもっておりました、あなたからは武者の気概というか、荒々しさが伝わってこない。お優しいお人柄かとお見受けする」


「そうですか」少し残念そうな少年僧だった。

「安心召されよ、戦をせずに大名になれるのです、こんなに良いことはないではないですか、敵将を切り殺したいわけではないでしょう」と道雪。

宗晴の顔がまた青くなる。

そもそも、荒事に向いていないのであった。

「そうです、儂も全くそんなことに向いていないのですが、一軍の将に祭りあげられているので嫌々やっているのです、本当は向いていないのですよ」とうそぶく男。


ほかの家臣は首を振っていた。

真っ先に、辺り一面を血まみれにする習性をもっている男が何を言うのか?というところか。


「で私は、なにをすればよいのでしょうか」この少年は非常に聡明なようだった。

「還俗し、我が子になっていただく、それから尼子の生き残りに、我が旗下に集まるように書をしたためてくだされ」

「それで、戦は止まりますか?」

「拙者が止めます。どうせ戦っても、最後は毛利にすりつぶされるのです」となんとも物騒なことをいう男。

「しかし、彼らは納得するでしょうか」

「その時は、鈴木重當が相手となりましょう」

「・・・・」

「毛利を攻めている暇などはないでしょう、我らが戦いますからな」

この少年僧こそ、いずれ尼子の残党を率いて戦う、尼子勝久である。

しかし、この世界では、そうはいかなくなってしまうようだ。


近ごろ、延暦寺の僧兵が相当撃ち殺されたことは、京の町でも話題に上っていた。

「やはり一向宗なのでしょうか」と少年僧が心配げに聞く。宗派が全く違うのだ。

「私は、神道ですので、仏教に興味はありません」

確か仏教の守護者とか、かつて言っていたような気がするのは、家臣の勘違いなのか?


また、おつきの者たちが、首を振っていた。



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