第8話 陥穽

008 陥穽かんせい


「起請文を出せと?」

「はい、我が娘を妻に望むとあらば、父として当然の願いでございます。」と望月。

「よかろう、儂は必ずそちの娘を幸せにしよう」

「それだけでは足りません。千代の生活にはこれから一切邪魔をしないことも書いていただかないと」

「むむ!」男は追い詰められた。


まるでガマの油のように、汗が流れ落ちる。

まさか、結婚生活の邪魔をしようとしていたのか!

「さ、ささ」と望月。

「む、むむ」と男。


「望月、そちはそれでも、我が副官といえるのか!」と苦し紛れの男。

「それとこれは別にござる」

「くくく」奇妙な声を上げる男。


「ついでに、我が妻にもてを出さぬように」

「それは、さすがに冗談であったのだが・・・」

「冗談で済ます内容ではありませんな」と冷酷な表情の望月。


そして、脂汗を流しながら、八咫烏起請文を書かされる男。

「さ、早く血判を」

ぐいぐいと押してくる。

「何も押せぬことはありませんぞ!」と嵩にかかる望月。

「いや、それは」

「神かけて誓え!誓わんか!」望月が大きく見える。


血判を押すと起請文が青く光る。

八咫烏大神やがらすおおみかみも御照覧あれ!重當大和守は神かけて誓われたのである!」

「これでよいのであろう!」

「は、結構でございます。娘にも準備がござれば、数日、時間をいただきたい」

「逃げるなよ」と男。

「いえいえ、殿ではございませんので、約束は守ります」と望月。

「どういう意味じゃ」

「お気になさらず、ごゆるりと待たれるがよいでしょう、奥方達の説得も必要でしょうからな」

「クエ!」奇妙な声を発する男だった。


かくして、お千代の婚礼は行われる。

婚礼の宴の場に、ひっかき傷のついた顔で男は泣きながら、新郎新婦を祝いに来る。

「大和守様、お顔が?」

「おお隆景殿、少し、猫があばれてのを」

「殿様、大丈夫ですか」

「おお、お千代殿、儂は儂は悲しいが、お前たちは幸せになるとよい。それにもうすぐ兄弟じゃからな」と妙に上機嫌の男、もうすぐお千代の妹を紹介してもらえるものと思っている。

「すると、義理の弟ですね」とお千代。

「え?」と男。

それはそうであろう。

お千代の妹と結婚しようとしているのである。

「悩み事はなんでもいうのよ、九十九」と姉になるお千代。

「・・・はい、姉上」と弟になる男。

「頼りにしています。義弟殿」と隆景。

「・・・」


「ええと、」

「何、九十九」

「姉さんが危なくなったら、これを使ってください。特に操の危機の時は」と男(義弟予定)

「え?」そこには、見慣れぬものが存在した。

近ごろ開発されたものである。

そこには、回転式拳銃があった。

芝辻銃砲店が製造したものである。

設計者は不詳である。

「危ないときはこれで隆」

「おい、何をいっている」と望月。

「殿、これは、秘匿兵器のはず」と道雪。

「今、何か不穏な発言が聞こえたような」と竹中半兵衛。

「まさか、祝いの席ですぞ、そのようなことは」と官兵衛。

こうして、男は新郎新婦から引き離されたのであった。


しょんぼりとうなだれている男のそばに、明智光秀がやってきた。

「殿、お千代殿は大変な美人ですが、我が家の玉(たま)も大変な器量よしです。どうしてもというなら、玉でどうですか」と子煩悩な光秀。

「おお、光秀よ、気を使わせてすまんな」と元気になる男。

「いえいえ、玉もお千代様に負けぬくらい可愛いですぞ」

「そうなのか、今度会いに行ってもよいか?」

「どうぞ来てください、妻も喜ぶでしょう」と光秀は男に恩を感じているのである。

「そうかそうか、美人なのか」

「後10年ほどお待ちいただければ、」

「え?」

「玉はまだ4歳ですので、少しお待ちいただきたく存じます」

「?」

かくして、婚礼の儀は無事に終わったのである。


・・・・・・・・・

そして、そのあとの事である。

「さあ、望月出雲よ、お前の娘に合わせてくれるのじゃな」と男。

「はい」

婚礼が、終わり皆(毛利一門)、中国地方に戻っていったのである。

「どんな美人じゃろうかの」と男。そもそも誰もそんなことは言っていないのだが。


「襖の向こうに娘がおりますれば、ご紹介いたしましょう」

「そうか」

「ぜひとも、妻として迎え幸せにしてやってくだされ」

「わかったぞ義父上殿」


「では、顔を見せよ」

そういうと、襖が開いていく。狩野派絵師の金泥の襖である。

そして、奥の部屋には、十数人の娘?が座っていた。

「え?望月、お前娘が多くないか?」

「さあ、誰でも好きな娘を一人選んでくだされ」

「というか、皆、子供のようだが」

「さあ、皆、旦那様に挨拶しなさい」

すると、娘たちは、「よろしくお願いします、旦那様」と口々に言う。


男の顔はひどく複雑な表情をしている。

混乱しているのだ。

「ええと?」

「さあ、一人選ぶとよいですぞ。まあ、どうしてもというなら二人でも結構ですが、さすがに三人はご遠慮ください」と望月。

皆、それぞれにかわいらしい女の子であったが、明らかに姉妹ではなさそうだ。

しかも、皆極端に若い子供(幼女)であった。

「あの~どういうことでしょうか」と困惑を隠しきれない男。

「好きな子を選べば、拙者の養女として、あなたの妻として嫁入りさせましょう。因みに、父親には、承諾を得ていますので、ご安心を」と望月。

そう、彼女らは家臣の娘である。この男と婚姻を結べば一門衆である。簡単に言うと出世できるわけである。断る方がおかしいのだ。


「謀ったな!望月!」唇をかむ男。

「謀られたな!大和守!」ははは、高笑いする望月。


戦国の時代、それは下克上の時代である。

だましだまされる、恐るべき世界なのだった。



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