第21話

「これは」


まるで生き物のように脈動するダンジョン。


暗く、一寸先も見ることのできないその闇に対し、その場にいた誰もが気づく。


夢と希望?



そんなものこの大穴には存在しない。 


ただ暗く、深い……深淵アビスが、死が……生者を、悲鳴を、絶望する様を楽しもうと、薄気味悪く闇の中で笑っている。


―――今すぐ引き返せ――


知識ではない、本能が俺を襲う。


今すぐ引き返そう、こんなところに足を踏み入れたら、生きて帰れない。


ただの、何の力もないニートが、ゲームの知識だけで来ていいような場所じゃな い……今からでもエリシアを説得して……。


「リューキ……」


ふと、不安げな声と同時に、ひんやりとしたものが俺の服の裾を掴む。


その手はエリシアの手だ。


小さく、細く……それが小刻みに震えている。


「……」


彼女の恐怖を非難することはできない。


彼女はこうして踏みとどまったが、俺は逃げ出そうとした。


こんなにも小さくて、か弱い少女でさえ……女に懸命に前に進もうとしているのに。


俺なんかを頼りにしてくれているのだ。


「……エリシア、大丈夫だ……行こう」


道具入れにあった、小さなたいまつを一つ俺は手に取り、ランタンの火を移し……その深淵の階段に放る。


からからと音をたてながら、たいまつは階段を転がり落ち……そしてしばらく転がったのち、床のような場所で落下を止める。


「火が燃え続けているということは……空気は大丈夫そうだな……ガスとかそういうのはわからないが」


「……ある程度なら、魔法でカバーできるわ……中毒症状も毒消しで中和できるはず」


「それは何より」


煌煌と燃える火は、これから降りる階段を照らし、安全であることを教えてくれる。


「道は大丈夫そうだ」


「ええ、行きましょうリューキ様」


ミユキは薬が効いたのか、元の調子でそうつぶやくと、先導して自らの光で暗闇を照らしてくれる。


中に入り、俺は一度背後を振り返るが、扉が口を閉じる……ということは無さそうであり、少しホッとする。


シンプルかつダンジョンではお決まりのパターンだが、今回はその限りではないらしい。


「……うわっ、広い」


中に入ると、そこに広がるのは広大な空間。 


ミユキの光だけでは四方を照らしきることができず、俺はたいまつを拾い上げて翳すと、石像と祭壇のようなものが並ぶ広い空間が現れる。


「これが……ダンジョン」


「アクト……」


感想を漏らすエリシアをよそに、俺はステータスの魔法にて敵対している魔物がいないかを探るが。


【敵対者なし】


「広範囲を索敵できるわけではないですが、一応近くには敵はいなさそうですね」


「そうか」


とりあえずは魔物を警戒しなくてもよいというミユキの言葉に、俺は一つ安堵を漏らし。


足元を注意しながら目前に堂々とそびえたつ祭壇と、それを守護するように建てられた五つの石像の元へと歩を進める。


「何かの、儀式かしら?」


「……石化のトラップで全滅したパーティーかもしれないぞ?」


「えっ……ちょっとやだ……」


「俺が見てくる、何かあったら助けてくれ……」


「格好いいこと言ってるようであまり格好良くないですよリューキ様」


「ほっとけ」


ミユキの言葉に俺は一つため息を漏らし、そのまま石像を抜けて祭壇へと足を運ぶ。


人一人が横たわれそうな祭壇。


使用された形跡も、誰かがここで生贄にされた……気配もない。


ただ、剣の跡や血の跡はなかったが……その祭壇にはびっしりと文字のようなものが書かれていた。


「……なんか書いてあるな」


流石に翻訳機能はついていないのか、ステータスのスキルを使用しても文字までは読み取ってくれないようで、俺はミユキに問いかけると。


「えーとですね……ふむ、この祭壇について書いてありますね」


「なんて書いてある?」


「……予言じみていて内容を理解することはできませんが……そのまま読み上げます」


「頼む」


そう言うとミユキは一度目を細めてから、予言をするように静かに語る。


【天地沈み大地大海を飲み込む時、勇者ここに五英雄の血と龍の姫巫女をこの座に捧げんさすれば抑止の力ここに顕現し、全ての闇を打ち払わん】

「えっ……」


その言葉に、ミユキは驚いたような声を漏らす。


「どうした?」


「え……あ、いや……本当にそう書いてあるの?」


「間違いはありません、ミユキは古文も歴史学も得意なので」


「そ、そう……」


「そして、その隣には逆さ文字ですね」


「逆さ文字?」


「恐らく、この場所に生贄を寝かせるんでしょうね。 そうすると、掘り込みが背中に移って……ちょうど魔法陣になるみたいです」


「……人を使った儀式って奴か」


人の体に魔法を刻み込んで行う儀式……それにこの祭壇。


何に使うのかを想像したくもない。


「ええ……ちょっと暗くてよく見えないですが……」


「魔王の復活に関する資料だとしたら捨て置けないな……」


「闇を払う……ということは、魔王を打ち倒すための装置ということなのかしら?」


安全であることが分かったからか、エリシアは興味深げにひょこひょこと祭壇に上り、そんな考察を始めながらまじまじとその文字を見つめる。


「天地が沈んで、大地が海を飲み込む。 これつまり世界崩壊しちゃってますよね」


なるほど、地球がパッカーンってイメージか。


「そんな事態が起こったら、英雄をここに集めて勇者が姫巫女を生贄に捧げなさい……そうすれば万事解決ですよ……だそうです」


「……ようは魔王を倒すための最後の抑止力ってわけか」


RPGでありがちなパターンだ。


「そのようですね……」


「でも、なんで魔王のダンジョンにそんなものが?」


「ふむ、これは推測ですがこのダンジョンができた後に、この祭壇は作られたのではないでしょうか?」


「……つまり?」


「五英雄が封印した魔王の力、だけど魔王が復活をすることを知っていた五英雄は、その時の為に、抑止力を残していった……」


「まぁ話は分かるが……魔王が復活したときの対処のための条件がダンジョン内で見つからないんだが」


「それは仕方ないでしょう、なんだかんだゲームとは違うんですから」


そも、魔王が復活したときは勇者とお姫さまがいないとどうにもならないって何てクソゲーだ……と思ったけど、どこのゲームもみんな似たようなものだった。

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