第20話 深淵
「……ここまでは順調ね……この調子で中もすんなりいってくれればうれしいけど」
「それは難しいだろうな」
「ですよねー」
エリシアは俺の言葉に苦笑を漏らすと、神を後ろで一つに束ね、扉に手を伸ばす。
「……魔法的な物は何もない。 いたって原始的な構造ね……ただ……無理やりこじ開けるのは無理みたい」
「だろうな」
エリシアの判断に俺も一応扉を触ってみるが、空間に固定されているかのようにピクリとも動かない。
「まぁでも、ここにご丁寧に鍵穴もありますし~」
薄暗く、扉が黒色であったせいで良く見えなかったが、ミユキが指をさす場所にランタンの灯りを当てて覗き込むと、鋼鉄製の扉には小さな鍵穴の様なものがあることに気が付く。
「鍵穴……というと」
「えぇ……よかった……」
心から絞り出されるような声が響き、安堵が伝わってくるかのようだ。
「どうやらあたりみたいですねぇ! さぁさぁ! 魅惑のダンジョンの世界へレッツゴーです! 何、ご心配なさる必要はございません! どんなダンジョンも、ミユキにお任せです!」
「ちょっ!? ミユキ叩かないで! 手元が震えちゃう!」
つい先ほど、人に落ち着けとなじった奴とは思えないほどミユキは興奮し、ぺしぺしとミユキの肩を叩いて鍵を開けるように催促をする。
お任せとは言っているが……正直あの騒がしい性格があだにならないことを祈るばかりだが……どちらにせよ俺はミユキという相棒がいなければミユキ以上に役にたたないため、何も言うことなく、エリシアがカギを開けるのを静かに待つ。
「何をしているのですかエリシアさん! 冒険が、ダンジョンが私たちを待っているのですよ」
「だ――!? 腕にしがみ付かないでミユキ! 魔力で興奮してるのはわかるけど鍵穴に鍵が刺さらないのよ!」
「何をもたもたしているのですか!? 緊張ですか!」
「物理的な妨害よ!」
「何それ怖い! やはりダンジョンは神秘ですね! こうなったら私が! 私が代わりに鍵を開けてしんぜ……」
「何やってるんだお前は……」
まるでかじりつくように興奮してエリシアの腕にしがみ付くミユキを俺はなんとなくつまみ上げる。
「はなっ!? 離してくださいリューキ様! だん、ダンジョンが! 離せぇ!」
バタバタと両手を振り回して暴れるミユキ。
完全に放送事故である。
「……一体どうしたってんだ?」
「妖精は魔力の濃度でテンションが変わるのよ……ミユキはとても賢い子だからわからなかったけど、これだけ濃い魔力で当てられちゃったのね……とりあえず……」
そう言うと、エリシアは苦笑を漏らし、ポーチから一枚の錠剤のようなものを取り出すと。
爪で割って欠片を作り。
「漢方垂腸拳!」
彼女の刺突は人間には捕らえられない、それぐらいの速度で。
「はぐぅ!?」
暴れるミユキの口にその薬を突っ込む。
「ミユキいいぃ!?」
「安心しなさい、薬を飲んだだけよ」
「いやいや!? こんなちっちゃな口にお前の指二本入ってたけど!?」
「大丈夫よ、妖精の体は柔軟だから」
「関係ないよね!? というか何飲ませたんだエリシア!」
「体内の魔力を調整する薬よ、悪い物じゃないわ……私みたいなエルフも
こういう魔力が集中する場所では気分が悪くなったりするから常備しておくの。 即効性があって、さらに人体に有害なものが含まれていない。 だからほら見て」
ぐったりとしていたミユキだったが、気が付けばすでに目を覚ましている。
確かに怪我もなさそうで……。
「……仁とは和をもって義を尊ぶべし……です」
「何か悟りみたいなもの開いちゃってるんですけど」
そして心なしか顔がごつくなっているような。 眉毛、そんなに太かったでしたっけ?
「真面目なミユキには効果がありすぎたみたいね……でもしばらくしたら薬が体になじんで、すぐに元のミユキにもどるわ」
頼むからその言葉が嘘ではないことを願いたい。
「まぁとりあえず……静かになったから……開けるわよ」
俺はとりあえずつまみ上げたミユキを頭の上に乗せる。
「激流を制するのは静水……です」
なにやら難しい言葉が頭の上で繰り広げられているが、俺は無視をしてエリシアがカギを開けるのを見つめ続ける。
「……開けるわよ」
「……ああ」
「ナギィ……」
エリシアの言葉に、俺は短く頷き、一歩離れる。
なんとなくエリシアがそれを望んだような気がしたから。
「……」
緊張した面持ちで一つつぶやいた言葉は、静寂に包まれたこの大空洞の中で大げさに響き渡る。
そんな音に……そのカギが、一体エリシアにとってどんなものなのかという想像が、俺の頭の中を一瞬駆け巡りそうになるが。
そんな無粋な考えを俺は無理やりシャットダウンする。
胸元から現れる、首にかけられた銀色の鍵。
古く、錆だらけではあるが……重厚感があり、それでいて何か不思議な感覚を覚えさせ……エリシアは鍵穴の前で一度手を止めた後。
一つ呼吸を置いて鍵穴に鍵を一気に差し込み。
―――――――――――――カチリ。
回す。
大仰な重低音が響くわけでも、ファンファーレが鳴り響くでもなく。
ただ単調に、例えるならば自宅の鍵を帰宅したときに差し込みまわした時のような。
さも当たり前……と言いたげな小さなカギの開く音が一度響き。
「っきゃっ!?」
思い出したかのように地響きが起こり、ダンジョンの扉が獲物を誘い込むかのように大口を開いた。
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