第18話 ダンジョン突入

いかん、嬉しさのあまり調子に乗りすぎたようだ。


「いや、そんなことはない……ただまぁなんだ……こんな話ぐらいだったらいくらでも聞かせてやるよって意味だ」


「それならそうと素直に言ってよ……」


「ごめんなさい……ついついうれしくて」


ミユキはしょぼんとした顔でエリシアの頭の上にとまると、懐くように頬ずりをする。


「まぁいいわ……それで、さっそくだけどこういう最悪な状況の時どうすればいいかとか知恵はないかしら? リューキ」


「何、最悪とは言えまだまだ仲間がいるだけましだぞエリシア。世には魔王退治に棍棒一本分のお金だけ支給されて放り出される世界もあるからな」


「え、何それ怖すぎなんですけど……魔王が物資の補給ルートを潰したせいでよほど枯渇していたのね……確かに、魔王は多くの叡智を収めた存在であるとも言われている……力にばかり目が行きがちだけど、考えてみれば力に加えて魔物を軍として束ねて戦術的に操れることの方がよっぽど脅威だわ」


「あ、そういう設定なのかあれ。じゃなくて……まだこの世界の魔王は復活していないし、物資も潤沢だ」


「というと?」


「まだ慌てる様な時間じゃないということだ」


そう言うと、ミユキは少しだけ元気を取り戻したような表情をする。


少しだけ、希望を見出した……そんな表情だ。


「……あんたの言葉って魔法みたいね」


「あいにく口ばっかりは達者なもんで。 詐欺師って呼んでくれ」


「そうするわ……それで、詐欺師さんは一体私をたぶらかして何をさせるつもりかしら?」


「そうだな……まぁ結局、救世主プレーヤーは前にしか進めないんもんだからさ」


「だから?」


「悩んでてもしょうがないし、とりあえずはダンジョンに行ってみようぜ?」


 通常であれば反対をされるであろう無謀な回答。


しかし、その言葉をエリシアは否定することもなく、どこか嬉しそうに微笑んで首を縦に振ったのであった。


                     ◇

「しっかし、ダンジョンの上に街を建てるなんてなぁ」


かつんかつんと音を響かせながら、俺はエリシアに続いて鉄ごしらえの梯子を下りていく。


水道施設への侵入は思ったよりも簡単で、そんな呑気な感想が緊張感もなく漏れ出してしまう。 


「本当、水道施設内に魔物とかあふれ出てきたらどうするつもりなのかしら?」


どうやら、エリシアも同じなようだ……そんな冗談めかした死亡フラグを綺麗に打ち立てていく。 


勘弁してくれ。


「案外、水道施設に順応して生活しているかもしれませんよ?」


「あぁ、そういえば都市伝説で下水道に住み着く大ワニっていう話があったな」


東京では笑い話の類であったが、こと異世界ではシャレにならなそうだ。


「私の国の地下水道施設では、毎年二人は行方不明者がでるって聞いたけど、もしかしたら地下水道って大型の魔物が住みやすいのかしら」


「勘弁してくれ、そんな巨大な生物が序盤に出てくるダンジョンなら、明らかにそこは後回しにするべきだ」


「そうなの? 最初に強い敵を倒しちゃえば、後は雑魚しかいなさそうに感じるけど」


「大概、強力な魔物ボスってのは部屋の最奥で宝を守ってるものなんだよ」


「そういうものなの?」


「そういうものだ」


そう言うことなのだ。


この世界のダンジョンのことは知らないが、基本ダンジョンにはゴールが存在し、最奥に近づく程敵が強くなっていくのが通常だ。


これは当然、ゲームというものはクリアをさせる前提で作られているからであるが。


「この世界のダンジョンも、その通常が当てはまりますね。というのも、ダンジョンというのは強い魔力を帯びたものが原因で異界化した洞窟のことをさしますから……その魔力の恩恵を受けられるものは必然的に洞窟の中で最も力のある者となり、その周辺を縄張りにします……そして、力の強い者ほど魔力の濃い部分に縄張りをつくることができますので、必然的に入り口付近に弱い魔物、最奥部分に強い魔物という構図が出来上がるのです」


とのことである。

聞けば納得できそうな話であるが……なんとなくあの無表情女神の顔を思い出すと作為的な物を感じざるを得ないが……まぁしかし、俺のダンジョンの概念を根底から覆すようなダンジョンは数少ないというミユキの発言は参考にはなる。


何があろうがなかろうが、どちらにせよ足を踏み入れなければ何一つわからないダンジョンというものはそういうものなのだから。


そんな思案を終えると同時に、俺の足は、不安定な棒状の足場ではなく、平らな足場へと到達する。


周りを見回すとそこにあるのは、中世風の街並みそのままなレンガ造りの地下水道施設。


中央には水が通っており、その構造からかなりの技術力がうかがえる。


「よおし、到着だ……ミユキ! マッピングの準備は?」


「方眼紙と鉛筆オーケーです!」


「エリシア、ランタンとポーション、毒消しの用意は?」

「各二個ずつあるけど……」


「ふむ、となると時間はだいたい30分の潜入になるな、脱出ルートの確保は?」

「道に迷わないように、五色石の用意はしてあるわよ」


「OKはじめての潜入にしては、準備が整っている方だ……」


地下水道に降り立ったところで、俺は荷物を確認する。


あらかじめ必要なものはエリシアが集めていたため、特に問題はなく先へと進めそうだ。


「今回は様子見だ、ポーションも毒消しも万が一の為と思ってくれ」


「というと?」


「目の前に目的があろうが30分で帰る。敵の出方も種類も分からない以上、無理をするのは禁物だからな、そして、仮にハートを見つけたとしても今日の所は持ちかえらない」


「なんで?」


「宝を取ると同時に作動する罠もある。心臓を取ったら遺跡が崩れて全員お陀仏……なんて嫌だろう?」


「そんなこともあるの?」


「ダンジョンのお決まりの一つだな」


「そもそもが、ハートの力で作られた異界ですからね、核を奪われた時点で崩壊するという可能性は高いです」


「……確かに、言われてみれば……」


「そもそも、本来であれば一度で攻略できるものでもないからな……今日はダンジョンの難易度、魔物の大体の強さ、種類……俺たちのレベルで攻略できる代物なのか否かを見極める……宝の一つや二つでも持ちかえれればラッキー……とだけ考えておいてくれ」


「……ダンジョン探索ってそんなに地道な作業なのね……認識を改めるわ」


まぁ、異世界チート物であったり、強力な協力者がいたりすればその限りではない。


そうなればただの一方通行の無双ゲーに成り下がるのだが。


残念ながら俺のレベルが低いことに加え、エリシアも強力な魔法は使えるとはいえレベル自体は俺と同程度なことを考えると。


ハックアンドスラッシュ、少しずつマップを埋めて慎重に攻略をするのが正しい選択となるだろう。


「少しばかり罠に対する対抗策が薄いのが気になりますが」


「それは仕方ない……慎重に、あと宝箱はむやみに開かない様にしよう」


一階層入り口付近にテレポーターや串刺しの罠が設置されているダンジョンでないことを祈ろう。


「でも、こんなダンジョンすら見えてない場所で、どうしてこんな作戦会議を開くの? さすがに気が早いんじゃ?」


「ダンジョンの入り口には門番がいることもある。 魔王の心臓なんて大層なものを守っているんだ、それぐらいはいてもおかしくはないだろう?」


「確かに……私、何一つとして思いつかなかったわ」


「なに、俺も最初は何も考えずに突っ込んで、二度と帰れなくなったこともある。 こういうのは慣れだ慣れ」


「……まだいけるはもうやばい。 これだけ覚えて実践すれば、最初の冒険は何とかなるものです! ゆっくり、確実に生き残りましょう!」


「肝に銘じておくわ」


エリシアは息を飲み、胸に刻み付けるようにうなずく。


この会話の何が恐ろしいかというと、偉そうに語っている二人はゲームの話をしているというところだろう。


何だこの罪悪感……。


「では、いきますよー!」


そんな罪悪感にさいなまれながらも、俺はミユキの号令にうなずいて、水道奥へと歩いていくのであった。

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