第14話 盗賊の妖狐 サヤ
「随分と薄暗い所で待ち合せてるんだな」
「仕方ないでしょ? ほかに知られて、横取りされてもつまらないじゃない」
「そりゃそうだがなぁ」
連れてこられた場所は、大きく並ぶ商店を少し外れた裏路地。
光りさす都とは裏腹に、路地裏は物寂しく人気がない。
大通りには欠けもヒビ一つもない石畳であったが、こちらではあちこちが剥げており。
申し訳程度に設置されていた石造りのベンチに腰を掛けると、足元からネズミが一匹、突然の来訪者に対し迷惑そうに駆け抜けていく。
「見たところ、旧市街跡地のようですね」
そう、俺はこの場所に対してくだらない感想しか浮かばない中、ミユキは興味深そうにあたりを見回すと、エリシアにそう問いかける。
「なんだ? 旧市街って」
「もともとエルフの街があった場所だってことです。 ほら、この建物、他と違って木製じゃないですか?」
「確かに……だがエルフの街ってどういうことだ?」
試しに壁に触れてみると、乾ききっていたのかパラパラと壁が崩れる。
「このアルスマグナは元々エルフ領だったんですが、侵略戦争時に竜人族が占領し奪い取ったのです。 一時はテルモピュリーも陥落してたんですが、戦争終了後は和平の証としてテルモピュリーを返還したんです」
「アルスマグナは?」
「アルスマグナはエルフ領に加えて、隣のドワーフの国にも近い場所だったので……」
「なるほど、軍事拠点か」
「そういう事です。 なので半年を待たずに街は壊され、竜人族の住みやすい環境に変えられ、返還も拒まれました……平和になった今も返還を望む声はエルフの国では多いのですが、両国に近いということで貿易拠点として栄えていまして、それは難しそうなんです」
なんだか、色々と大変なんだな……。
「アンタの所の妖精さん、歴史に詳しいわね」
「まぁ、英才教育を受けているからな」
「少しは信じてもらえましたか?」
胸を張り自慢をするミユキに対して、エリシアはきょとんとした表情をし。
「さっき話してたミユキ様の分身体って話? 私はかわいくて好きだけど、他のエルフには話さない方がいいわよ? ミユキ様の教信者みたいなエルフもいるし、下手したら殺されかねないわ」
「あぁ、もう言わねぇよ、なぁミユキ」
「あ゛い」
呆れたようなエリシアの発言に、俺は一つ苦笑を漏らし、なにやら苦虫をかみつぶしたように複雑な表情を浮かべて渋い返事をするミユキの頭を人差し指で撫でて慰める。
まぁ、可哀想だが仕方がないだろう、事情を知らなけりゃ俺だって毛ほども信じないだろうし。
「さて、歴史の勉強もいいけど約束の時間が近づいてきてるわ、仲間もそろそろ集まってくるはずだし」
そうエリシアが言葉を漏らし、時計を確認すると。
「あらぁ~、お待たせしてしもたみたいねぇ……エリシア様~」
何かこもったような声が裏路地に静かに響き渡り、俺とエリシアはその方向に顔を向けると。
「いいえ、今来たところよ」
はんなりとしたとろけるような声、どこか甘い香りをたゆわせながら、ゆるりと物陰から一人の少女があらわれる。
「え? 協力者って……」
不意に声が漏れ、ついでに上ずる。
それも無理のないことだろう。
何故なら現れた少女は、紫色の和服に身を包んだ……愛くるしい狐のような耳を付けた小柄な少女だったからだ。
「あら? あらあら? ひとりやと思たんやけど……随分とまぁ大所帯ですなぁ?」
「ええ、アンタのおかげで死にかけたところを助けてもらったのよ、サヤ」
「はて? とゆーと?」
「とぼけんじゃないわよ、アンタこの時期ドラゴンは休眠中で安全に国境を越えられるなんてよくも嘘の情報流してくれたわね? おかげで死にかけたし、スクロール一つ無駄にしたのよ!」
とぼけたような表情のサヤと呼ばれた商人の頬を、エリシアは青筋を浮かべて思いっきり引っ張る。
「あいたぁ!? そんなはずないよぉ……うち、うちちゃんと調べてん!? あいたた……たすけてー」
「えと」
俺とミユキはその光景にあっけにとられ、ぽかんと口を開いて眺めていると。
「……あ、ごめんリューキ。 紹介するわね、こいつは、各国を回って商人をしている金の亡者……サヤよ……種族は妖狐」
「ひどい言い草やなぁ!? せめて銭の犬ってよんでな!! ワンコやよワンコ」
「加えてドエム」
「ひどい!?」
半泣きをするサヤは、何か行動をするたびにつぶらな瞳とぴくぴくと動く狐耳が可愛らしい。
「なんで京都弁なんだ?」
「リューキ様が京都にいそうってイメージをしたので、そのまま言語にも反映されてます。 この国の人ではないので、恐らく鉛が強いというのも原因でしょうが」
「……なんか所々間違ってるし混ざってるのは?」
「リューキ様が納得いくように翻訳されてますので……恐らくはリューキ様の知識不足かと」
「聞くんじゃなかった」
小さく子供のような見た目なのに、そのとろける様な声にしゃべり方によってあふれ出る色気が俺を包み込む。
大人びた雰囲気、そのよう炎差は多くの男性を虜にできそうなほど魅力的ではあるが。
「サヤ、こっちはリューキ。 職業はナイト」
「レベル1……ニートです」
「そんでもってこっちが妖精のミユキ」
「ミユキです、どうぞよろしく!」
「よろしぅ」
サヤは慌てて手を出すと、俺に握手を求め、俺は握手に応える。
ふんわりと、絹に触れたような肌触りが手に伝わる。
「それで、エリシアが言ってた仲間っていうのはこの人の事でいいのか?」
「まぁ、その一人ね。彼は商人兼盗賊。 ダンジョンの罠や宝箱の罠解除に優れているの……戦闘はからきしだから、他の仲間を雇っているんだけど……他の人たちは?」
「あーえとねぇ……遅れてくるわぁ? 堪忍ねぇ」
「……盗賊ねぇ」
TRPGでも盗賊というのは何かに付けて敵対をしやすい存在だ……。まぁこの世界でそうおいそれと人間と戦うなんてことはないのだろうが、用心には越したことはない。念のため俺はサヤの名前を見てみることにする……。
────ん?
「それで、魔王のダンジョンの入り口は?」
「このアルスマグナの地下水路奥に、その入り口を見つけたんよ……大変やったんやよ? 暗くてじめじめして、もうお耳も尻尾もはりついて……あぁ嫌や嫌や」
「水路奥……なるほどね、魔王の心臓の上に都市を立てたということね」
「まぁそういうことになるなぁ? 辺境のこの場所で、土壌もここら辺は瘦せこけとるからなぁ……それなのにここまで大きなるいうことは……魔王はんの心の臓あってもおかしないなぁ? うちらは弱っちやから、探索はエリシアはんにお任せやけど」
「憶測の粋は出ないけど……試してみる価値はあるわね……」
「ええ、してどないする? 乗る? 降りる?」
「聞くまでもないでしょう? 乗ったわ。 わざわざ国を抜け出してきたかいはあったというものよ……準備ができ次第、ダンジョンに挑戦をしましょう」
「えぇ、それがよろしおすなぁ。 して、エリシアはん……鍵の方はある?」
「鍵?」
聞きなれないキーワードに、俺はふと問い返すと。
「あぁ、ごめんねリューキ。 魔王のダンジョンに入るためには、それに応じた鍵が必要になるの……私はそのカギを持っていて、サヤは場所を知っていた。 だから協力したの」
「……ほぉ? それってもしかして、さっき金庫に渡してたやつか・・・・・・・・・・・・・?」
「!?」
「へ?」
「預けたの? エリシアはん?」
「え、いや……え? リューキ、一体何言って……?」
「なるほどなぁ。 ただの鍵ひとつを金庫に厳重に保管するなんておかしいと思ったけど、なるほどねぇダンジョンの鍵かぁ。へえ〜ふーん? なるほどねぇ〜、確かに大事そうにしてたもんな〜エリシア‼︎」
少し芝居地味すぎたかもしれないが、俺の言葉にサヤは僅かに眉を顰める
どうやら、予想通りのようだ。
「な、なるほどねぇ……エリシアはんは用心深いのねぇ? まさか鍵を隠すなんて………」
「あぁ、だからそことそこに隠れている兵士に、俺たちを襲わせるっていうのは……得策じゃあないぜ?」
動揺を見せたサヤに、俺はそう揺さぶりをかけた。
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