第11話
【ギルド・飛翔する竜の太陽】 通称ジャンピングリュー・サン
「それじゃあ、私たちの出会いを祝して……」
「乾杯」
酒……ではなく、ブドウのジュースを片手に、エリシアはそう微笑むと、木製のジョッキを俺はその言葉に合わせるように重ねる。
「かんぱーいですー!」
グラスとは違う乾いた木の音はどこか厳かで、少し遅れて、ミユキの小さなジョッキが文字通り衝突する。
離れたジョッキはそれぞれ各々の口へと運ばれて行き、エリシアは右手でそっと髪を耳にかけなおすと、一気にジョッキの中のジュースを飲み干す。
本当に朝から何も口にしていなかったのだろう。
白かった頬が、少しだけ紅潮する。
「……何よ……じろじろ見て」
「あ、わりい……。ただ、こういうところ来るの初めてだからさ」
「リューキの住んでる世界には、ギルドってものはないんだったっけ?」
「まぁな、酒場は当然あったが、なかなか行く機会が無くて」
「お酒を飲む機会もないなんて、随分とかわいそうね……」
「ははっ、一緒に行く友達がいなかったともいう」
ボッチ生活を思い出し、俺は少しだけ心を痛ませながらも、運ばれてきた肉料理を口に運ぶ。
凄い美味い。
「よくわからないけれども……まぁ慣れて。 この世界の、特に貴方みたいな冒険者が懇意にするギルドっていうのは、みんなこういうところ……張り出されるクエストを片手に、友を作り生活費を稼ぎ、お酒の入った冒険者たちがこぼす冒険譚や伝説をたよりに、夢へと走り出す……それが冒険者の酒場。 貴方はきっと、これから長い間お世話になるだろうから」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
そういう事らしい。
「うーん、吟遊詩人が歌う冒険譚、それをみんなではしゃぎたてながら、剣士たちが剣で床を打ち鳴らす! まさに! ファンタジーって奴ですねぇリューキ様!」
機嫌よくミユキはブドウのジュースを飲むと、ひらひらと俺の周りを揺蕩い、頭の上に落ち着くと、ころころと転がる。
……酔っているのだろうか?
「本当、貴方とその妖精さんは仲がいいのね……正直羨ましいわ、エルフも精霊と交信をしたりするけど、あいつらは簡単に人に心を開かないもの」
「ふふふー! 私はリューキ様のパートナーなので! あ、エリシアさんにはこの位置は譲りませんよ!」
「ふふふ、それは残念ね」
自慢げに胸を張るミユキの頭を、エリシアは近所の子供を可愛がるように撫でる。
完全に子供扱いだが、ミユキは特に気付く様子はないし、嬉しそうだから何も言うまい。
「だけど、本当に良かったのか? 結構豪勢な料理が並んでるけど……俺たち金なんて一銭も持ってないぞ?」
「気にしないで、私のおごり……というよりも、半分はリューキたちが稼いでくれたようなものだから大丈夫よ」
「……俺たちが?」
「そ、これよこれ」
首を傾げる俺に、エリシアは一度笑うと、そっとポーチから鱗や牙の様なものを取り出す。
「それは?」
「さっきのドラゴンの喉の部分の鱗、【逆鱗】に【牙】よ……私の方は握りつぶしちゃったから状態が悪いけど、アンタが仕留めたのは頭を潰しただけだから、鱗や爪がきれいに残ってた……それをはぎ取ったの、冒険者はこうやって魔物の素材を売ってお金に変えるの」
「へぇ……結構高いのか?」
「高い物なんてもんじゃないですよリューキ様。 ドラゴンは強力な種族ですし、鱗も牙も希少にして強力な武器や防具の素材になりますからね、武器商人に売り渡せば一月は遊んで暮らせますよ、糞や涎でさえも金貨に交換できるぐらい全身無駄なくお金に変えられる種族なんですから」
「それはすごいな……」
肉牛みたい……と思ったけど口には出さなかった。
「そういう事よ。 あんた達に渡してもよかったんだけど、多分よくわからないだろうし私が預かってたの……だからこのお金の分くらいは面倒を見てあげるわ。装備も必要よね、私が見繕ってあげる」
「それは助かるよエリシア……ありがとう」
「気にしないで……命の恩人なんだから」
エリシアはそういうと、ちらりと腕についているものを見る。
魔法のように光り輝くそれは、数字の様なものをさしており、それがこの世界の時間を表していることになんとなく気が付いた。
「時計を確認しているってことは……そろそろ約束の時間が近づいてきているってことか?」
「!? なんで知って……」
「悪い、これは本当になんとなくだ……さっきここ来る前に、まだ時間はあるって言ってたからな……急にこの酒場に誘ったのも、もともとここが待ち合わせの場所の近くだった……違うか?」
「はぁ……アンタの前じゃ、うかつに口は開けないわね」
観念するようにエリシアはため息をもらす。
「それで? そろそろ俺たちに何を頼もうとしているのか教えてくれてもいいんじゃないかなエリシア?」
意図的に隠しているのか、それとも他のことで頭がいっぱいなのかはわからないが……アルスマグナに連れてこられたはいいが、俺たちは彼女の目的や何を手伝ってほしいのかを教えてくれないでいた。
ステータスのおかげで敵意はなく、友好的なため信頼は出来るが、さすがに内容ぐらいは知っておきたい。
「そうよね……ごめんなさい、はぐらかすつもりはなかったんだけど……もう少し場が和んでからの方が話しやすくて……その、色々と複雑だから」
「時間があるなら聞きたいが」
「ええ、あるみたい……まず、アンタに頼みたいことだけど」
「ああ」
エリシアは少しばつが悪そうな顔をする。 よほど困難で難解なことを頼もうとしているのか……俺とミユキは互いに一瞬身構えるが。
「ダンジョンの攻略に付き合ってほしいのよ」
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