第9話 エルフの少女エリシア

「リューキ様、それはさすがに最低です……」


体を起こしふと隣を見ると、ミユキは困ったような表情をして俺のことを見つめている。


「あたた……いやつい……。 それで、あの後どうなったんだ? 俺たち」


「はい!ものの見事に土砂に巻き込まれた私たちは、気づいて駆けつけてくれた彼女に掘り起こされたのです」


「あー……なるほど……それは悪いことをしたな……えぇと」


「ミトラよ、ミトラ・アルーフェン。 種族はエルフ」


「そうか、よろしくなミトラ……俺はリューキだ」


「変わった名前ね、どういう意味?」


「そうだな、行ってしまえば異国の言葉でドラゴンナイトって意味だ」


「あなたにぴったりの名前ということね、よろしくリューキ……それでそちらは?」


「私はミユキ・サトナカ・レプリカと申します! ええ、何を隠そうミユキサトナカのレプリカでして!」


「ふふっよっぽどおとぎ話のミユキ様が好きな妖精さんなのね」


胸を張るミユキに対して、ミトラは微笑んで小指で頭を撫でる。


しかし。


「へっ!? ち、違います! 私は本物のミユキ様のレプリカで!」


「多いのよね、妖精っておとぎ話に憧れてごっこ遊びをするの。ふふっ、かわいい」


「あぁ、そこは激しく同意しよう」

ミユキはかわいい。


「リューキ様!?同意しないでください! ミユキは妖精ではなくて神様で!」


「そうね……よしよし」


ミトラは聞く耳持たず、ミユキはなすすべもなくなで繰り回される。


「がみ゛ざま゛でぇ~」


うりうりとあごや頭を撫でられるミユキは、必死に抗議するため低音をのどから出すが。


撫でまわされたせいで不思議な声となって漏れるだけであった。


この場合、俺はフォローを入れた方がいいのだろうが。


………残念ながら俺の未熟かつ凡な脳みそでは、この少女が神様であることを証明するに足る証言をすることは出来なさそうなので、沈黙をもってエリシアの勘違いを全面的に肯定することにする。


「まぁ、何はともあれ助かったよエリシア……アンタがいなきゃ俺たちは死んでいた」


「お礼なんていいわよ……それに、むしろお礼をしなきゃいけないのはこっちでしょ……ドラゴンから助けてもらったし……ありがとう」


「助けたも何も、俺はただ崖が崩れて落下しただけだ。 なぁミユキ?」


「ええ、今世紀最大の落下事故でしたよあれは、被害者が出なくてよかったです」


ちらりと、死亡したはずのドラゴンさんと目があったような気がしたが俺は何も言わずに話を続ける。


「あれだけのことをして、謙虚なのね……さては職業はナイトね? 妖精を連れたナイトの伝説を聞いたことがあるわ。緑の服は着てないけど……」


「いいえ、リューキ様はニートです」


「ニート? 外国でのナイトの発音かしら?」


「まぁそんなところだな、常に不動、自らのテリトリーを絶対死守する防衛戦のプロだ」


別名自宅警備員とも言う。


「やっぱりナイトなのね! よかった……」

良かった、という言葉に俺は少し引っ掛かりを覚え、俺はステータスの魔法を起動する……。


結果は黄色……。


警戒されているのか、ステータスは表示されず、名前にはエリシア・フォールンと記されていた。


ミユキも気づいたのか不安げに俺の頭を一度叩いてくるが、俺は口元を一度緩めてミユキの頭を軽くなでる。


「それでミトラ、アンタはどうしてドラゴンなんかに襲われてたんだ?」


ピクリと、少女は一瞬俺の言葉に反応をし、見るからに焦る様な仕草を見せる。


「まぁ……それは聞かれちゃうわよね……」


「まぁな、その大荷物に加えて、わざわざ国境を安全に超える方法があるというのにこんな危険な場所でドラゴンに襲われている。 それに加え、ここにきてまだローブを取ろうとしない。それはつまり、この国を出国するのを見られてはまずい人間だ……この国の情勢はよくわかんねーが、考えられるのは密偵……もしくは」


引きこもり仲間とのTRPGオンラインセッションの妙技がここでいかされるとは。


それともこの女が単純なのか、俺の言葉に少女は心理学のスキルを習得しておらずとも推論が正しいことを告げてくれる。


「そ、そんな!? 私は密偵なんかじゃないわよ!」


「だろうな……ドラゴンから逃げられるタイミングで俺なんかを助けに来たし……何より、密偵にしては嘘が下手すぎる」


「むぐっ!? まるで何もかも見透かしたような言い方ね」


「残念ながらわかるのはこれぐらいと、後ミトラが偽名だってことぐらいだよ。 エリシア」


「!! なぜ私の名前を!?」


「そこは企業秘密ということで、その代わり、アンタのことは墓までもっていくからそれでいいだろ?」


元々そうするつもりだったし。


「……信用ならないわ」


「それ、お前さんが言うのか?」


「そうね……今自分の馬鹿さ加減に飽きれてるところ……だめね、最近立て込んでて……まともな判断ができないみたい……」


俺はふとエリシアの反応に疑問を覚える。

先ほどから、警戒こそしているが、彼女は俺と友好的な関係を結ぼうとしているし、こうして無防備にも自分の情報を開示している。 


「意外だな、てっきり口止めをするために残っていたんだと思ったんだけど」


「違うわよ……人の口に戸は立てられないわ……口止めするなら殺してるわよ」


「できればそちらにはいかない方向でよろしくお願いします」


恐らく、エリシアが本気を出せば俺の命は一分と待たずにそこでひしゃげているドラゴンさんと同じ結末を描くことだろう。


「しないわよ……恩人だし」


まぁそもそも、殺す気ならば俺が寝ているうちにいくらでもできただろうし、ステータス画面も友好的を示す青色に変化をしている。


今更殺される可能性はないので心配はしないのだが……そうなると疑問はさらに深まる。


「それじゃあ何のために残ってたんだ?」


俺の質問に、エリシアは一度沈黙になる。


聞こえていないわけでも無視しているわけでもなく、その表情は何かを悩むように、難しい表情をしており……しばしの沈黙の後。


「……お願いがあって」


エリシアは絞り出すようにつぶやき、そっとかぶっていたローブに手をかけてその顔をさらす。


「お願い?」


金色の髪をポニーテールにして束ねた、イメージしていたよりも少しだけ控えめな長い耳……顔立ちはとても美しく、俺は一瞬にしてその姿に心を奪われる。


「私と一緒に来てほしいの……隣の国……竜王国アルスマグナまで」


これが……俺とエリシアの長ーーーーーい付き合いの始まりになるとは、その時の俺は想像すらしていないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る