第5話 ドラゴンに襲われる少女
【国境付近……ドラゴンの縄張り内】
【ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!】
怒声を鳴り響かせるドラゴンの咆哮は、折り重なり、合唱のように眼下に佇む縄張りへの侵入者へと浴びせられる。
「正直……まずいわね」
少女は目前にてこちらへと牙を剥く赤竜二体を負けじと睨み返し……一つ頬に汗を伝わせる。
その手には杖、そしてフードを深くかぶった少女は、どこから見ても魔法使いであることは明白であり、赤竜は縄張りを犯した侵入者へ激昂しながらも、冷静に魔法を警戒し侵入者を八つ裂きにする方法を模索している。
「話が違うじゃないのよ……あいつ……」
少女はぼそりと、この危機的状況に自らを追い込んだ人間に対して恨み言を呟き。
同時にこの赤竜と遭遇した際の対処方法を記憶から手繰り寄せる。
「あれだけの巨体……上級魔法以外はレジストされるし……唱えようものなら詠唱の瞬間を狙って八つ裂きにされる……」
少女は苦虫をかみつぶす。 高い耐久力に加え、生物の中でも最高峰の魔法防御力を誇る鱗を持つ竜種……巨体であるが、その動きは機敏であり、その爪は鉄であってもたやすく両断する……。
国境を縄張りにする国境守りのドラゴン……本来であれば多くの討伐部隊と専用の装備を編成して挑む化物であり……それが二体ともなれば軍隊の出動が必要になるだろう。
つまりは、魔法使いが一人で相手できるような魔物ではなく、二体同時に相手するというのは半ば絶望に近い状況であった。
だが。
「……だったら」
少女はふとローブの内に手を入れ……一つの巻物の様なものを取り出して竜へと放る。
~スクロール~と呼ばれる魔法の筒であり、その紙の中には魔法が内包されており、いつでも任意のタイミングで封じた魔法を放つことができるというアイテムである。
ほとばしる稲光のような強い真っ白な光。
羊皮紙の中へと閉じ込められ行き場を失った雷光は、その封印を解かれると同時に、思い出すかのように、強い光を放ち、龍たちの目をつぶす。
封じられていたのは、強い光で一時的に相手の視界を封じる雷光の呪文であり、目くらましの一種である。
そのため、殺傷能力はない魔法でありその効果も十数秒程度と、逃走をするにはあまりにも短い。
【深淵の森よ我が声に耳を傾けその身を揺らせ……】
しかし魔法使いが、上級魔法を放つのには、十分すぎるほどの時間である。
だが。
【ぎゃああああああう!】
怒号と共に、目をくらまされたはずの赤竜の一体は、尾っぽを振るい大地を叩く。
一見すると、光による苛立ちから行われた行動であり、事実少女もそう捕らえ、
一瞬でも早く魔法を放つために詠唱を続ける……が。
「あっづっ!?」
次の瞬間、少女は腕に鈍痛が走るのを感じ、杖が彼方に吹き飛ばされる。
「……第六感に……狙撃!?」
足元に転がるのは小さなこぶし大の石。
あの竜は目くらましを受けたのち、スキル・第六感と狙撃を使い少女の杖を射抜き弾き飛ばしたのだ。
「そんな……」
ドラゴンが、狙撃と第六感を覚えるという前例はある。
だが、この状況でとっさにそのスキルを使用するという判断を下せるドラゴンは稀だ。
ましてや、いかにスキルを使用したと言えども、十メートルを超えるドラゴンが、大きさ十センチほどの石を弾いて杖を弾き飛ばすことに成功するなど……確率で言えばゼロに等しい。
故に、少女が今置かれている状況はまさに不幸としか言いようがなく……。
天に見放されたことに、少女は希望を失ってしまう。
目くらましの効果は消え、ドラゴンは口元から炎を漏らして少女の前に立ちはだかる。
「いや……そんな」
杖が無ければ魔法は使えない……手元にあるスクロールは、下級魔法しか存在せず……杖は十メートルほど後方。
杖を弾かれた魔法使いにもはや戦う術はなく、赤竜はようやく安心と言ったように目前の少女への蹂躙を開始すべく動き始めるところである。
――死ぬ……死ぬ……本当に死んでしまう――
少女の心の中を、そんな言葉が埋め尽くす。
そんなことを考えている暇があれば、生き残る方法の一つでも思案するべきなのは理解できるのだが……死を前にして少女の心は死の恐怖に支配される。
立ち向かう勇気も、生き残る希望も残されていない……。
だが、それでも少女は死にたくないと震える。
「い、いや……」
威嚇ですらもはやないその懇願に、赤竜は自らに対抗する手段は残されていないと判断し、一歩少女へと近づく。
動き出せば、狩人の動きは素早い……。
きっと手早く――そして最も凄惨に――少女を悲鳴と共に絶命させるだろう。
女の杖を打ち落とした竜は、その光景を楽しむために若い竜に少女の命を譲り、一歩下がり道を開け。
瞬間……落ちてきた大岩を頭蓋に受け……砕かれる。
「えっ!?」
「止まれええええええええええぇ!!」
頭上から舞い降りるのは異国の戦士……。
怒声を上げながら舞い降りたその戦神は、竜の頭蓋を大岩にて砕いたのち、大地に着地をし、もう一体の竜をにらみつける。
その眼光はまさに勇者の眼であり、その地に住まうものならば誰しも偉大なる英雄ダンカを思い浮かべるだろう。
現実、少女もその瞳に英雄の姿を見る。
「素敵……」
言葉が漏れる……。
名前も素性も知らない少女の危機に、己の危険など顧みずに天より参上した戦士。
そして、それにより戦士は竜の意識を少女から戦士に向けさせることに成功をしたのだ。
これを助けに来たと言わずに何と言おう……。
「ぐああああああああああ!」
「いけない!?」
しかし、その戦士はやりすぎた……普段は冷静に狩りをする竜が、怒りに我を忘れて炎を相手に浴びせるほどに。
仲間の頭蓋を砕くという行動に、普段は慎重であるはずの竜は怒りに飲まれ咆哮と共に灼熱の炎を口より放つ。
下等な生物が、同胞を殺したことへの怒り……そして、目前の敵を排除しなければならないという本能より……一秒でも早く消し炭にせんとブレスを放つ。
だが。
「スキルグラップル!!」
その炎を……目前の戦士は片手のみで受け止め跳ねのけたのだった。
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