第15話 天使と共に

 本来ならばこの街を案内するのは姉であるリルルさんの仕事のような気がするが、一応俺の家で預かっている娘なので俺がその仕事をする事となった。

 そんな訳で、また臨時休業の看板を掛けてから外出。

 シャナはどこかそわそわしながら辺りをきょろきょろと見渡している。


「木組みの家が多いんだね」


 彼女がそう呟く。

 確かに彼女の暮らしていた村はほとんどが石造りの家だったので、そんな環境で暮らしていた彼女にとってはこの村は珍しいのかもしれない。

 そういえば、あのような木が大量にある環境でかつ建築に使うのに適した石が見当たらない場所で、どうして石造りの家が主流になったのか、その理由については結局分からなかった。

 一体、どうしてなのだろう。


「ああ。それはやっぱり、魔物関連が原因だって聞いた事があるよ」


 答え合わせはシャナがしてくれた。


「別に魔物自体は簡単に倒せるし、結界も張ったりすれば近寄れなくなる。だけどそういうのってどうしても労力を使うし、それなら家自体に仕組みをしてしまおうって話になったらしいね」

「というと、石自体が特殊なのか」

「うん。聖白石っていう魔物が嫌う石が埋まっている場所が村の近くにあって、それを掘って来て建材にしてたの」

「なるほど」

「聖白石は魔力を与える事によって温かくなったり冷たくなったりするから、環境の変化に対する適応力があるの。そう言う意味でも建材として適しているよね」


 蛇足だが、後でその聖白石の相場を聞いてみたところ、かなりの高額で取引されている事が分かった。

 つまりあれはご当地建材だって事だろう。


 それから俺達がまず向かったのは冒険者ギルド。

 俺が顔を出すと、俺がマッサージを施した連中達が「おお、アルト!」と手を振ってくれる。

 そう言う意味でここは顔馴染みが多い場所だ。

 ……顔馴染みが多いって事は身体を壊している奴が多いって事なのであまりいい意味ではないのだが。


「なんだ、アルト。デートか?」


 中の一人、例のリルルさんを連れてきた冒険者、アーサーが茶化してくる。

 慌てて反論したら逆効果なのは分かっていた。

 だからここはあえて「そうだが?」と平然とした顔で答えてやる事にした。


「お、おおそうだったか。なんか、邪魔して悪かったな……」

「嘘だよ。この子はシャナ、リルルさんの妹だよ。アーサーは聞いてなかったか?」

「あー、なるほどその子が。そう言えばリルルの奴がこの街に妹が来ているとは言っていたが、アルトのところにいたのか」

「ああ、居候って奴だ」

「ふぅん……お嬢ちゃん、こいつが変な事しでかしたら、すぐに俺達に行ってくれ。リルルの奴に報告するから」


 その言葉に対しシャナはおどおどしつつ(どうやら人見知りしているらしい)、「あ、アルトさんはそういう事、絶対しませんから」と答えた。

 その返答に完全に毒気を抜かれたような感じを出すアーサーだった。

 

 それから俺は冒険者達と軽く話した後、冒険者ギルドを出る。

 この後はマーケットかレストラン街に行ってみるかとか考えていると、シャナが「その……」と控えめに言ってくる。


「帰らない……?」

「もしかして、疲れたか?」

「う、ぅん」

「そうか」


 俺は頷き、進路を変える。

 そのまま店に帰えると、彼女はどこか控えめに「王子様は」と言ってくる。


「王子様は、いろいろな人に人気なんだね」

「それに関しては、ちょっと違うよ。この街にマッサージ師という職業の人間がいなくて、だから俺は特別目立っているだけだよ。多分、他にマッサージ師がいたら、今の俺はいない」

「そんな事、ないよ。王子様の周りにいた人達、みんな笑顔だった。多分これは、うーん……人望って奴だよ」

「……まあ、誉め言葉として受け取っておく」

「王子様は」


 彼女は少し言い淀む。

 それからしばし考える仕草を見せた彼女は、ゆっくりと言葉を選びながら言う。


「モテモテだね」

「男にモテても嬉しくはないんだけどな」

「人望があるって言ったけど、これは多分違うね。モテるような行動をするから、王子様はモテるんだと思う」


 だから、と彼女は続ける。


「私は貴方に助けられたけど。だけど私が私じゃなくても貴方は王子様だったんだね」

「それは――そうだな。多分、あの場所にいた眠り姫が君じゃなくても、俺は多分助けようとしていたとは思う」

「あはは……正直だね。だけど、そういうところ、やっぱり素敵」


 はー、と溜息を吐くシャナ。


「ねえ、王子様。私は貴方と「そういう」関係になりたいって思ってるけど。貴方にとって私は、どこかのどこにでもいる、誰かのうちの一人でしかないんだよね」

「……」

「まあ、会ったばかりなのに何言っているんだって話だけど。勝手に一目惚れして、それでこんな我儘言っても迷惑だってのも、分かってる」

「シャナ」


 泣き出しそうな表情の彼女の頭に、俺は手を当てる。

 そういう行動を彼女は望んでいない事は分かっていたが、だけどやっぱり、そうせざるを得なかった。


「あの、な。君の言っている事は半分、正しい。さっき言った通り、俺は君の立場にいる人間が君じゃなくても、同じ事をしていた。だけどさ、普通に考えてあの場所であんな目にあっている人間は君しかいないんだ」

「それは、」

「君にとっての「特別」に俺がなるかについては、今のところ何とも言えない。確かに俺が「そうだ」と言えば、俺達はすぐにそうなれる。なっても良いと言えるほどに、君と言う人間の人格が素晴らしい事も、俺は何となく分かっている」

「……」

「だけど、シャナ。俺は多分、ずっと君にとっての「王子様」である事は出来ない。あの時、あのような行動した俺を見て「王子様」を見たんだろうけど、それがたまたまな可能性だってある。そしてその時、君は俺を幻滅する事になるだろう――それでも、君は俺と「そういう」関係になりたいか?」


 俺の問いに対し、彼女は黙る。

 


 しかしその沈黙は彼女が言葉に詰まったからではなく、改めて覚悟を決める時間だったように思えた。


「……うん、そうだね」


 彼女は言う。


「あの時、あの瞬間。私を助けようとした貴方が私にとっての「王子様」である瞬間があの一時だけだったとしても。私は――アルトさんの事を、好きでいられると思う」

「それは、どうして?」

「あの時、貴方は私の「王子様」になってくれた。その判断を下せる人間の事を、私は好きになったんだ」


 だから、アルトさん。




「――私の恋人に、なってくれませんか?」


 彼女の覚悟はそこにあり。



 それなら俺の答えは一つしかなかった。

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