第四話 さざなみに消えた言葉
僕が彼女の依頼を受けたのは十年ほど前のことだった。
なけなしのバイト代を握りしめて彼女は僕の事務所までやってきた。彼女は母親と妹を亡くしていた。交通事故だったそうだ。
『——お願い! もう一度妹と話がしたいの!』
学校の帰りに寄ったのだろう。制服に身を包んでおしゃれなリュックを背負っていた彼女は明らかに未成年だった。本来なら未成年からの依頼は断るのだけれど、
それに考えてみれば、お金を払ってくれる以上、未成年だろうが客は客である。霊媒師が未成年相手に商売をしてはいけないという決まりなんてない。あるのはただ倫理的な問題だけだった。
『
『……ありがとう!』と彼女は本当に嬉しそうに
それから僕は彼女に様々なことを質問していった。彼女の妹の性格や話し方、考えごとをする際の癖や趣味
もちろんそれは彼女の妹という人格を正確に
二週間ほど
事務所の奥に設置された
彼女の妹は
しかし突然の事故でその
『……なんでわたしじゃなかったのかな』と彼女は今にも
放っておくとそのまま
『そんなことを言うもんじゃないよ。確かに
だからキミは前を向いていかなければいけない。決して変えることのできない
でも、そのときに頼るべきなのが時間であってはいけない。
だからいざ悲しみが
『……じゃあ、どうすればいいの』と彼女はぽつりと呟いた。『
『簡単なことさ』と僕は言った。『
僕は和尚や
じゃあなぜ彼女にだけはそうしたのか。あるいは重ねていたのかもしれなかった。彼女の
『……わからないよ』としばらく経った後に彼女は言った。『貴方の言うことは、よくわからない。わたしには、ただの
『かもしれないね』と僕は笑った。そしてそれっきり何も言わなかった。
そういったやりとりがあった後に僕は彼女の妹の霊を降ろすことにしたわけだった。けれど、それはやっぱり失敗だったと思う。あくまでも僕らは霊媒師と客としての
そうすれば、真実を知ったときに彼女が傷つくのも最低限で済んだかもしれないし、僕もいたずらに心を乱す必要なんてなかったかもしれなかった。
もう何度も
だけど大抵の場合は上手くいく。なぜなら
だから彼女のように、霊媒師という職業を本気で信じ、求めている者たちにはその法則が通用しなかった。あたりまえだ。彼女たちには夢に騙されたいという意識がなかったのだから。
彼女の妹を演じる僕を見て、はじめ彼女は
しかしそうではないことがわかると、彼女は
『ねえ、どうして……どうしてそんなことをするの……?』
彼女の声は悲しさと怒りに満ちていて、表情は今にも泣き出しそうなくらいに
『嘘、だったの……? 霊と話ができるっていうのは、嘘だったの?』
僕が答えないでいると、彼女はこぼれ落ちた涙を
『——なんで! どうして! 立派な人だって思ってたのに!』
霊媒師になろうとする者は、時として、純粋な涙が心をえぐる凶器になりうることを知っていなければならない。
だから初めから良心を持ち合わせていない者が多い。心のネジが二、三本平気で外れているような者だけが霊媒師としてやっていける。たとえ初めは持っていたとしても、彼のように次第に心を
そしてそれは僕もおなじだった。
多くの霊媒師や占い師、あるいは詐欺師とおなじように、彼女の言葉はひな
僕の心を動かしうる可能性のある言葉はもう過去の幻影の中にしかない。
彼女は去り
『……わたしは貴方みたいな大人には絶対にならない。ひとを騙して生きていくなんて最低よ、貴方』
乱暴に締められたドアの音が拒絶を告げる
——騙しているわけじゃないさ、と僕はそっと心に呟いた。ただ傷ついている心を
しかし僕の呟きはさざなみに溶けるように消えていった。誰の耳に届くこともなく、行き先を決めず旅立った
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