最終話 ただひとつの条件
彼女がその後どういう大人になったのかを僕はまったく知らない。客と
果たして彼女は
——そんなことはありえない、と僕は思った。あるいはそのままの心を持ち続けていたとしたら、きっともう彼女はこの世界にはいないだろう。
残念なことに、
そんな世界で生きていくためには多くの犠牲が必要だった。
そしてそれらの犠牲を払わなかった者たちは破滅への道を進むか、あるいはそれでも生きていこうとするのなら覚悟を決めなければならなかった。他人を
その事実に気づくまでは僕もずいぶん苦しんだ。世の中の不条理さに悲しんだし、彼女とおなじように誠実さの
ロードバイクで旅をしていた頃は僕もまだ
でも、そんなものはどこにもなかった。少なくとも僕には見つけられなかった。どこまで行っても人間の住む世界は
だからいつしか我々は
しかしそんな我々を彼ら——犠牲を払った者たちは非難する。彼らには直接関係がないはずなのに、まるでどうにもならなかった世界への苛立ちをぶつけるかのように。
そしてまた彼女たち——楽園を信じる者たちも同様に我々を
もちろん我々が他人を顧みることを諦めた以上、実際に我々の行いによって傷ついた者たちがいたであろうことは否定できない。いや、事実としていたのであろう。
でも、だからといって頭ごなしに
彼らは気づいていないか、あるいは見ようともしていないのだ。大多数の
彼女たちはまだ知らない。
もちろん僕に我々のやっていることを
だから結局のところ、これまで長々と語ってきたが、僕が言いたいのは次の
——キミたちは神にでもなったつもりかい?
我々がヒトである限り、世界のすべてを知ることは到底不可能なはずだった。世界のすべてを知れるほどこの世界は狭くはないし、ヒトは万能ではない。
それなのに、
明らかにそれは
何が正しくて、何が間違いかなんて、我々人間に判断できるはずがないのだ。一見すると
だからこそ我々は手の届く範囲の世界でもがいていくしかないのだ。情報に踊らされることなく、たとえ理想通りではなかったとしても、自分が選んだ道を信じて。
それがこの不合理な世界を渡っていくためにできる、〝たったひとつの冴えたやり方〟だ、と僕は信じている。
そんなことを最近になって僕は考えるようになった。きっと世間で言うところの
あるいは、と僕は
いずれにしろ、僕自身が
僕の言葉で何かを感じ取ったとしても、それは僕の
そして僕は僕に霊媒師という生き方を教えてくれた人とおなじようにチラシを作ることにした。
職歴、年齢不問。ただひとつの条件として僕はある項目を
完成したチラシを見て僕はふいに彼の言葉を思い出した。
——『誠実であること、実直であること。それこそが我々を霊媒師たらしめるんだ。そしてもしもそれを忘れてしまったら、我々は霊媒師であるどころか、ヒトでさえなくなってしまうんだよ』
事務所の前にチラシを貼ってから一ヶ月後に希望者から連絡があった。何度か彼女と連絡を取り合い、今日の十五時から事務所で面接を行うことになった。時間が来るまでのあいだ、僕は
約束の時間の三十分まえになって、僕はスーツに着替えることにした。職を探していた時代のスーツだ。あの頃よりも体型が変化したため幾分か窮屈になっていた。見てくれは悪いが、誠意は示せるだろう。
それでも念のため僕は
僕が姿見の前に立つと、鏡の中にはくたびれたスーツに身を包み、
しかしいずれにしろ、これではやはり着替えた方がいいかもしれない。
でも、どうやら遅かったようだ。
僕が着替えを探すためにクローゼットのなかを物色していると、背後から来客を告げるインターホンの音が響いてきた。
僕はあわてて玄関まで出迎えにいくと、緊張のせいか表情をこわばらせていた彼女に向かって笑いかけた。
「——待っていたよ。さあ、どうぞ中へ。汚いところだけどね」
(了)
『ニセモノの霊媒師』 pocket12 / ポケット12 @Pocket1213
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