第9話 大城大介 その3
「――って、ことがあったのよ。それで大城君に目星をつけたってわけ。わたしに告白を断られたことで執拗に付き纏うようになった金蹴りの効かないストーカーとして、これからよろしくね?」
「ふざけんなこのドカス女ぁ……」
俺を見下ろしたまま、海野は事の経緯を悪びれもなく説明してきた。いやマジで悪びれろよ。今の話、最初から最後まで全部お前が悪いじゃねーか。その幸人とかいう男はどんだけチョロいんだよ。……ていうか何か最近聞いた気がすんな、その名前。
「何でよ、ちょうどいいじゃない。野球部なんだから金蹴りガードくらい持っているのでしょう?」
「あれは神聖な白球から神聖な股間を守るためのカップだ。偽装モテ女の汚い足のためにつけてるわけじゃねぇ」
「幼なじみの飲みかけシェイカー舐めましておっ勃っててる股間が神聖だとは思えないのけれど……あ、ちなみにあなたを選んだのもそれが理由ね。強くて怖くて変態っぽいというのもそうだけれど、何よりもわたしの指示を聞いてくれる人でなければ意味がないから。華乃ちゃんを使えば弱みを握れると思ったってわけ」
「華乃……っ、あ、そ、そうだっ、そもそも、華乃に対するストーカー行為を黙っててやる代わりにって言うけど、それでお前へのストーカー役なんてやったら元も子もないじゃねーか……結局、華乃に幻滅されちまうだろ!」
「何言ってんのよ……知られなきゃいいだけじゃない。ていうか、それがストーカーでしょう? 他人に知られないようにやるの。知っているのは被害者であるわたしと、わたしの相談相手である幸人だけ。まぁもちろん、あなたが下手を打てば周りにもバレてしまうけれど、ちゃんと本気でストーカーに成りきってくれれば大丈夫よ。事を大きくしたくないのは、わたしだって同じなんだから。あなたの評判が落ちるようなことにはしないわ。たぶん」
「たぶんて……いやていうかな、バレなきゃいいって問題じゃなくて……」
「はぁ?」
「いや、だって! そんな、偽装とはいえストーカーなんて……華乃と向き合っていく男として相応しくないというか、いつでも真っすぐ生きてきたあいつに対して不誠実だろ……」
「……………………ケしてんじゃ……」
「え?」
「高校球児が色ボケしてんじゃねぇよ!! 何のための坊主頭だ、このハゲぇっ!!」
「ええー……」
海野は自棄を起こしたかのように俺の胸ぐらを掴んできた。このたった十数分間で、瞳孔をギンギンにまっ開いた女二人にブチ切れられた。めっちゃ理不尽に。やっぱりこの町には何かがあると思う。
「わたしは必死なの! ここで退くわけにはいかないの! 分かるでしょう、あなたも幼なじみに恋をしているのなら!」
「いや、そんな何か心に訴えかけるみたいな感じで言われても……。別の方法あっただろとしか思えん」
「ちっ! これだから球投げゴリラは……そんな単純にはいかないの、今のわたしの状況では。大城君も知っているでしょう、幸人に美野原美琴という彼女が出来てしまったことくらい」
「あー、そういやお前、ずっとそんなこと呻いて死にそうになってたよな……そうか、美野原と…………」
ん? え……あっ、そうだ、幸人って……
「え、じゃあその幸人って男、海野と美野原で二股してるってことか……?」
「だからずっとそう騒がれているじゃない、学校中で。どれだけ周りに興味ないのよ……まぁでも、真相を言えば、本当はわたしの方は偽装彼女だったってこと。本物の彼女は美野原さんだけだから、幸人的には二股に当たらないんだって。それなのに、わたしが偽装彼女だってことを本命の美野原さんにまで隠してくれているの。自分が二股男だと非難されようと、わたしを確実に守ることの方が大事だって言うの。ねぇ、素敵じゃない? そんな彼の気持ちを裏切れないでしょう? だからちゃんと守ってあげさせるためにも、ストーカーが必要なの。分かるでしょう?」
「…………っ」
え、いや、こいつら、もしかして……めっちゃめんどくさい三角関係作ってる……?
美野原は海野が偽装彼女であることを知らずに幸人の偽装彼女をやっていて、海野の側も美野原が偽装であることを知らずに幸人の偽装彼女に甘んじてるってことだよな……?
で、その幸人とかいう男は、その二人の誤認識を正確に把握した上で、偽装二股をしていると、そういうわけか……
なんっなんだ、その男!? サイコパス女たらしじゃねーか! この町に何かあるんじゃなくて、何かあるヤベェ男がこの町に一人いただけだった!
そんで俺もそれに巻き込まれてる! 巻き込まれてるどころか一番割食ってる! こいつらと何の関係もねぇのに!
ていうか、じゃあ、俺はこれからどう行動すりゃあいいんだ? 言ってみれば、俺は、俺を脅す美野原と海野が知らない情報を持ってるんだ。少しでも自分に有利に事を運ぶためには……この情報をこいつらに渡すべきか、渡さぬべきか。それとも一方だけに渡すのが最適か……。
状況を整理しよう。まず、美野原美琴が実は偽装彼女だということを海野に教えてやれば、俺が偽装ストーカーなんてものをやらなきゃいけない必要はなくなるかもしれない。幸人が実は実質フリーだと知れば、海野は偽装彼女なんて立場を捨てて、唯一の本命彼女になれるよう普通に頑張ればいいんだから。しかし、俺にそれはできない。美野原が偽装彼女だと海野にバラしてしまえば、報復を受けるからだ。その秘密を知っているのは、幸人を除けば学校で俺だけのようだし、すぐに犯人を突き止められて、野球部への支援を打ち切られるだろう。それ以上の報復もあるかもしれない。
対して、海野海那が偽装彼女だということを美野原にバラすべきかどうか。これはそもそも美野原に教えてやる必要がない。教えたところで俺が偽装許嫁という立場から解放されるわけじゃないからだ。あいつの場合は偽装カップル自体が目的なのだから、海野という彼女が偽装であれ本命であれ、偽装カップルを成り立たせるための許嫁が必要になってしまうわけだ。よって、美野原に情報を提供したところで俺にメリットはない。
まとめれば、俺は海野にも美野原にも何も教えない。教えられない。つまり、この地獄のような状況は何ら好転しない……くそぉ……。
いや、でも待て。あくまでもそれは現状での話だ。海野・美野原・幸人、三人の三角関係を正しく把握できているのは、俺だけなのだ。話を聞く限り、幸人は幸人で、二人が実は本気で自身にガチ恋していることに気付いていない可能性が高い。ただただ頼まれたから偽装彼氏をやってあげているという認識でいるんじゃないだろうか。……悪気なく周りを地獄に追い込むガチもんのサイコパスだ……。一体どんな悪魔めいた男なんだ、その幸人って野郎は……。
それはともかく。要は俺だけが握っている秘密のカードがあるってことだ。もしかしたらどこかで利用できるかもしれない。タイミングよくこのジョーカーを切れば……立場を覆せるかもしれない……!
うん、やろう。やってやろう。俺は甲子園と、そして華乃を支える男というポジションを手に入れなきゃなんねぇんだ。いつまでも、こんな頭のおかしい女二人に変態プレイを強要されてるわけにはいかん。
チャンスが回ってくるまで最少失点で耐えて――その時が来たら一振りで決めてやる! 逆転満塁サヨナラホームランだ!
偽装カップルって何だよ!? アーブ・ナイガン(訳 能見杉太) @naigan
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