第4話 海野海那 その2

 わたしが幸人と付き合い始めたこと、そして美野原さんと二股されていることは一瞬で学年中に広まってしまったようだ。幸人と美野原さんが話をすると言って教室を出て行ってから数分。自らの教室に退避したのにもかかわらず、わたしは数十人の生徒に囲まれ質問攻めにあっていた。この分だと学校中に広まるのも時間の問題だろう。何しろあの女は有名人だし。

 他クラスの名前も知らないような女子が身を乗り出してくる。

「なぁなぁ、どういうことなん!? 海那ちゃん、前からめっちゃ幸人君のこと狙ってるって有名だったけど、やっと付き合えたと思ったらいきなり浮気されてたって!?」

「いや……」

 自分の席で俯くことしかできないわたしに、今度は別方向から、名前も知らないような男子が、

「てか二股されてたことはいつ知ったん? 何か初耳みたいなリアクションしてたって噂されてっけど」

 やめてやめてやめて。そんな立て続けに質問されても困る。わたし自身が一番混乱してるんだ。ショック受けてるんだ。悪気がないのはわかるけど、傷心中のわたしに興味本位で近寄らないでくれ。

「ねぇってば、海那さん」「はっきり説明しといた方がいいぞー。もし幸人と別れるなら、君のこと狙いたい男だって多いんだし」「そうそうそう、変な噂広まるの防ぐためにも、自分から説明しちゃいなよ」

 うぅ……助けて、幸人……。

 もう我慢の限界。鼻の奥がツーンとする。涙が溢れ出す――寸前だった。

「いい加減にしなよ、あんたら。何事だか知んないけど、この子困ってんでしょ」

 制服を着崩した金髪ギャルが、人混みに割って入ってきた。小柄ながら確かな存在感を持った彼女が気だるげな顔と声を見せただけで、神話のように人混みが割れて道ができる。

 堂々とした所作でわたしの斜め前の席に座るその子は、クラスメイトの女子、華井はない華乃かのちゃんだ。

「華乃ちゃん……」

 わたしは縋る思いで白ギャルを見つめる。

「うわ、海那、あんたマジで泣きそーじゃん。なに、いじめ? あんたらこんな大勢で女子一人囲んで恥ずかしくないの?」

「い、いやいや俺たちはそういうんじゃなくて……」

 華乃ちゃんの険のある言葉にみんなが後ずさる。それでもまだ食い下がろうとする奴らもいる中、今度は野太い声が入口の方から聞こえてきた。

「うぇ!? 何だこの人だかり……」

 縦にも横にも大きい、ゴツい坊主頭の男子生徒。野球部エースの大城おおしろ君が朝練を終えて入ってきたらしい。

 教室の光景に困惑というかドン引きしている感じの彼を見て、華乃ちゃんが気だるげに声をかける。

「大介ー、ちょっとこいつらどけて」

「えー……そんなこと俺に言われてもな……はぁ……お前らちょっと邪魔らしいから帰ってくれ」

 大城君が億劫そうに言いながらこちらに歩いてくるだけで、野次馬たちは見事に顔を引きつらせて消え去ってしまった。

「うわー……大介、あんた周り威圧し過ぎっしょ」

「お前が帰らせろって言ったんじゃなかったっけ」

「あんなに怖い顔と声でやれなんて言ってない。あんたは存在自体が暴力だということをちゃんと自覚しといたほーがいいと思う」

「……ていうか単に授業始まるからみんな帰っただけだと思うけどな……」

 華乃ちゃんの後ろの席に腰を下ろして、大城君はぼやく。幼なじみだという華乃ちゃんからの批評はさすがに大げさだけど、確かに彼は周りからビビられている。わたしもビビっている。悪い人じゃないんだろうけど、単純にゴツいし強面だし不愛想だし喉が潰れてるのか声がハスキーだし筋肉だし。友達いなそうだし。

 まぁ、でも今回はこの隣席のクラスメイト二人に助けられたのも確かだ。

「ありがとう、二人とも……助かった……」

「別にあたしらは何もやってないけど。てか何。あんたイジメとか受けてんの?」

 華乃ちゃんはスマホを弄りながら、こちらに視線も寄越さず言ってくる。

「いや、そうじゃないけど……」

「明確な悪意あるやつじゃなくても、変なデマ広められて困ってるとかじゃないの? 何かそんな感じだったじゃん」

 クールな表情・クールな声音でありながら、その言葉からはわたしへの気遣いがじんわり滲み出ていて。

 華乃ちゃん……ただのクラスメイトでしかないわたしのこと、心配してくれてるんだ……金髪白ギャルのくせに……。

「ううん、そういうのじゃないよ。でも、ありがとう……」流されてるのもデマでも何でもないし。「実はわたし、幸人に二股されてて、」

「あ、そこまで聞いてないから。興味ない。イジメとかじゃないなら自分で何とかしな」

「…………」

 素っ気なく言い放つ白ギャル。その後ろで我関せず黙々とおにぎりを頬張っている坊主ゴリラ。

 何だこいつら、隣席のクラスメイトがこんなに打ちひしがれてるっていうのに……。これがZ世代の薄情さか……Z世代の意味はよくわかんないけど。

「どうしたんだ、海那。やっぱ今日元気ないよね。せっかく僕と付き合えたっていうのに」

「…………! 幸人……!」

 絶望で机に伏せっていたわたしに、愛しい声が降り注いだ。別クラスまで、わざわざ様子を見に来てくれたんだ! 

 縋るような気持ちで顔を上げると、

「あ、こんにちは、二号さん。私、今から幸人君と学校を抜け出して、おデートして参りますね」

 美野原さんが、勝ち誇ったような顔で見下ろしてきていた。幸人と腕を組んで。

「は……? デートって……学校サボって……? そんなことしたらわたしが幸人と一緒にお弁当食べられないじゃない!」

 そんなの許せない! (偽装)カップルになって初めての一緒ごはんだと思って、張り切って作ってきたのに!

「そんなの知りませんね。ちゃんと幸人君と約束していなかったのが悪いのです。私とあなたはどちらも幸人君の本命彼女として対等。予約は先着順ですよ。さすが二号さん。何をするにも私より遅い」

「…………っ! ぐぬぬ……」

 何も言い返せない……的な感じで悔しがってみせてみたものの……え? マジでいいの、それで? 先着順? それ、わたし側にメリットしかないわよね……?

 だってわたし、ただの偽装彼女だし。偽装彼女なのに、先に予約さえ入れれば、本命彼女より優先してもらえるってことでしょ? やっば、バグってるじゃん、そのルール。

 この女、本命彼女として、望めば幸人を独占できるはずなのに、何でわざわざそんなこと……ん? あれ?

「本命、彼女……? 対等……? わたしが……?」

「まぁ二号ですけれどね! わたしは本命一号としての余裕で溢れていますので、多少の本命お遊びくらい許して差し上げましょう!」

 美野原さんは何故か目をギンギンに充血させながら高飛車ってきた。しかし、これ以上なくありがたい高飛車だ。だって、

「ん? 対等だろ、海那。僕もちゃんとそう伝えたじゃないか。順番に意味はないって。それに、出会ったのは君の方が美琴さんより先だしね。どちらも僕の大切な本命彼女だ」

「幸人……!」

 そういうことなのだ。幸人は美野原さんにも、わたしが偽装だということを隠してくれている。いや何だその律儀さ……とは思うけれど、やっぱり素直に嬉し過ぎる。実際は全然対等ではないわけだけれど、でも、わたしと幸人、二人以外にはそれを知らせないでいてくれる。

 まぁそもそも、偽装彼女とか説明したところで理解なんてしてもらえないから避けただけかもしれないけれど……。うん、考えたみたら、彼氏が偽装彼女とかいう意味不明な関係の女作ってるくらいなら普通に二股されてる方が意味わかるだけマシなのかもしれない……。

 とりあえず、美野原さんが二股に寛容な、余裕醸し出したい系勘違い女子でよかった。そこに付け入る隙があるかもしれない。

 わたしはまだ、幸人を諦めない。『偽装』なんてさっさと捨ててやる!

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