第3話 美野原美琴

「幸人君……ど、どういうことなんですか……?」

「ん? どうって、説明した通りだけど。海那と付き合うことになったから」

 幸人君はしれっととんでもないことを言ってのける。この私に……(たぶん)市内一の美少女であるこの美野原みのはら美琴みことに!

 校舎の屋上――昨日私が幸人君に告白をしたこの場所で、昨日と同じように私達は二人きりで向き合っていた。

「い、いやいやいやいや……海那さん?と、付き合うって……ダメじゃないですか、私という彼女がいるのにそんなこと……」

 ちなみに海那さんのことをよく知らない感を出していますが、実のところは思いっ切り知ってます。意識しまくってます。だって幸人君の幼なじみだし。ずっと狙っていた男にずっとこびり付いていた邪魔者だし!

 でももはやそんな幼なじみ女も私の敵ではなくなったはずなのだ。昨日、私は幸人君の唯一無二の恋人になったのだから!

「え、でも偽装じゃん。美琴さんと僕って。ただの偽装カップルじゃん。本物の恋人である海那との関係を偽装彼女の美琴さんにどうこう言われる筋合いないよ」

「そうですけれどもぉおおおおおおおおおお」

 何でそんな、「この人、なに奇妙なこと言ってんだろ……?」みたいな顔出来るんですか? え、ぶっちぎりで奇妙なこと言ってるのはそっちですよねぇ!?

 ――昨日、私と幸人君は偽装カップルの契約を結んでいた。もちろん、話を持ち掛けたのは私だ。彼も快く受け入れてくれた。何なら快く過ぎて若干引いたくらいだ。最初は偽装カップルという言葉の意味すら理解してくれなかったのに、私の説明を聞いてからは本当にすんなり彼氏役を引き受けてくれた。

 あの調子なら、たとえあれが本当の愛の告白だったとしても受け入れてくれたのではないだろうか。うん、そうに違いない。幸人君も私のことが大好きなんだ!

 それでも、私にはどうしても彼と偽物の恋人同士にならければならない理由があった。

「いやでも、幸人君……それは通らないですよ……私との関係が偽装である以上、あなたが他に本物の彼女を作ったとしても、確かに不貞には当たらないのかもしれません……いやそんな事態になるなんて全く想定すらしていなかったんですけれど」

 しかも昨日の今日で。

「うん、だから問題ないよね。君という恋人が『偽装』であることは海那にも絶対バラさないから。だからまぁ、海那は完全に僕に浮気されてると思い込んでしまってるわけだけど、それは君が僕と結んだ約束とは関係のない話だからね。海那のことはこっちで何とかするよ。あいつの本当の彼氏としてね。君との偽装カップルという秘密は絶対誰にも漏らさないから安心してくれ! 君の偽彼氏として、僕は君のことを絶対守ってみせるよ!」

「…………っ!」

 幸人君……やっぱりかっこいい! 頼りになる!

 でもそうじゃないんだよなぁあああああ! 私が求めてるのはそういうことじゃないんだよなぁああああああああああ!

「あのですね、幸人君……それでは私が困ってしまうんです。偽装カップルというのはあくまでも手段です。私がそんなものをあなたに頼んだ目的を思い出してください」

「ご両親に決められた許嫁との結婚を断るための口実を作りたかったんだよね? うん、任せてよ。同級生の女の子が、家の都合で望まない結婚をさせられるなんて、そんなの見過ごせるわけがない!」

 目をギラギラと輝かせながら堂々と言い切る幸人君。かっこいい。かっこいいけど相変わらずそこじゃない。

「いや、だからですね、両親を納得させるための彼氏が二股なんてしていたらダメじゃないですか。そんな彼氏を紹介して納得してもらえるわけないじゃないですか」

「ん? そこら辺は嘘をつくなりして誤魔化せばいいんじゃない?」

「いや、でも」

「そもそも僕たちが付き合ってるというのからして嘘なのに、今さら何をためらう必要があるんだい?」

「そ、そうですけれど、でも」

「悪いのは時代錯誤で自分本位な大人たちなんだ。君は君自身の自由のために、どんな手だって使ってやればいい。それに、婚約さえ白紙にできれば、僕たちのこの契約も終了、時を見計らって別れたってことにしていいんでしょ? そうしなかったら、僕たちずっと付き合ってるふりしたまま、結婚までいって、いつの間にか添い遂げたりしちゃうじゃん。あははははっ!」

「そ、そうですね、あはははは」

 あははははっ、じゃねーよ! なに小洒落たジョークかましたりましたみたいな顔してんですか!

 こっちは初めからそのつもりですよ! 許嫁なんているわけないでしょう!

 ――偽装カップルを経ての結婚――それが、私の本当の目的だ。

 そう言うと、『偽装カップル』が幸人君と結ばれるための手段だと思われてしまいそうですが、そうではありません。そんな遠回りなことしなくても、このハイスペック美少女の私なら幸人君を落とすことくらい簡単なことだと思っていましたし。(実際は海那さんとかいう女に先を越されてしまいましたが……)

 私にとっては、『結婚』も『偽装カップル』も同等の目的なのです。いえ、むしろ『偽装カップル』こそが最重要だと言っていいでしょう!

 そう、私は偽装カップルに死ぬほど憧れているのです!

 恋愛ものの漫画やドラマに登場する、偽装カップルという設定……何て甘美な響きなのでしょう。主人公やヒロインが抱える問題を解決するために偽の恋人同士になる……様々な困難・衝突を乗り越えていく内に、芽生えてしまう本当の恋心……。ムズムズキュンキュンするような絶妙な距離感を感じながら、徐々に距離を詰めていくことで、最後まで結ばれた時のカタルシスが通常の何十倍にもなるのです。こんな青春は初めから順当にお付き合いし始めてしまっては決して味わえない。偽装カップルでなければいけないのです!

 しかし、そもそも偽装恋人を作らなければ解決出来ないような問題なんて、現実ではまず起こりえません。もっと言えば、偽装恋人を作ることで解決出来る問題なんて存在しません。

 もし、本当に私の両親が何らかの理由で私の結婚相手を決めているのだとしたら、急ごしらえの彼氏なんて作ったところで、それをどうこうすることなんて出来ないでしょう。ボロが出まくるに決まっています。偽装彼氏なんてものを作るよりもどこかしらの人権団体にでも訴えた方が効果があるでしょう。

 つまり実際に偽装カップルという夢のシチュエーションを作り出すことなど不可能……そこで私は禁じ手を使いました。

 ていうか親に協力してもらいました。口裏を合わせもらいました。高校二年の娘に許嫁を強制するヤバい親でありながら、娘に彼氏が出来たらあっさり引き下がるという何がしたいのかよく分からない大人を演じてもらっているのです。(もちろん、幸人君に対してだけですが。)

 その甲斐あって、幸人君と偽装カップルになることが出来たというのに……何であんな股が緩そうな女と付き合ってるんですか!? 二股なんて許してる時点で絶対ヤリマンじゃないですか!

「ていうか幸人君、本命彼女にまで私との秘密を隠してくれるんですね……」

「それはもちろん。誰にもバラさないっていう約束だからね」

 それは「誰にも偽装であることを疑われないようにしなきゃ!」という、人前でイチャイチャするための口実ですけれどね。偽装カップルの醍醐味です。

 うん、そうだ。それです。幸人君はそもそも偽装カップルというものを何も分かっていないんです。その素晴らしさを知れば、きっと私との偽物の関係に酔いしれて、最終的には本命彼女サブヒロインを捨てて私を選ぶというラブコメ展開になるに決まっています!

 そうと決まればやることは一つ!

「幸人君、でも実は……さっそくバレそうなんです……お父さんが私達の関係を疑っているようでして……!」

「何だって!? ダメじゃないか! 早くお義父さんに僕たちのイチャイチャを見せつけに行かなければ!」

 ちょろい。

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