第2話 海野海那

 嘘でしょ……幸人ゆきとに、彼女……?

「何で!? 何でわたしという超絶可愛い幼なじみがいるのに!?」

 幸人と偽装カップル契約を結んだ後、帰宅したわたしは自分の部屋で崩れ落ちていた。

 おかしい……こんなことはあり得ない……。

 本来わたしはあいつと偽装カップルなんていう意味不明な関係を結ぶつもりはなかった。告白さえすれば、まぁたぶん付き合えると踏んでいたからだ。

 しかし返ってきたのはまさかの微妙な反応。「あ、振られる」と思ったわたしはとっさに「いや告ってないよ? なにマジになってんの? 偽装彼氏になってって言ってるだけだから」といった感じで誤魔化してしまったのだ。

 告白されまくって迷惑してるなんていうのは真っ赤な嘘。わたしが幸人のことを大ちゅきなのは周囲にバレバレなので、わたしに告ろうとする奴なんていない。むしろ幸人の嫉妬心を煽るためにも誰かに告白してほしいくらいだった。

 つまり偽装彼氏なんてものを作る理由など、わたしには全くない。わたしにはっていうか、そんなことをしなきゃいけない人間なんて実在しないと思うけど。

 本当に馬鹿なことをしてしまった……と一瞬後悔したわたしだったけれど――実は悪くない選択だったんじゃないかとすぐに思い直した。相手も思春期真っ盛りの高校二年生。わたしのことを好きじゃないわけじゃない。ならば偽カップルなんてものを演じているうちに本当に付き合いたいと思ってくれちゃう可能性は高いんじゃないか。友人や家族からカップル扱いされていれば、その気になってしまうんじゃないか。

 ていうか、そもそも幸人も照れちゃってるだけなんだろうし。あいつらしくはないけれど、まぁ、兄妹のように育ったわたしと真っ正面からお付き合いするのはさすがに気恥ずかしいのだろう。偽装カップルという、謂わば口実のようなものを与えてあげることで、そのうち自然と付き合う感じになるに違いない。実際あっさりと受け入れてもらえたし。うん、偽装カップル、悪くないな――

 そう、思っていたのに!

 まさかの! 彼女持ち! わたしの好きな人、彼女持ちだった! 寝取られてた!

「じゃあ何でわたしと偽装カップルになるのはオーケーなのよ……! 彼女いるんなら偽装彼女にしてもらっても意味ないのよ……!」

 どうやら、あいつの中では、偽彼女は恋人ではないから作ったとしても浮気にはならないということになるらしかった。

 は? なんだそれ。いや理屈はわかるけど。でも本命の彼女さんとやらにはどう説明するんだ。あまりのショックで聞きそびれてしまったけど、彼女って高校の誰かなんでしょ? わたしという偽彼女がいることを納得してもらう自信があるってこと? どんだけ寛容な女なんだ、そいつ……。たぶん経験豊富なビッチなんだろうな……。


      *


「ということで、この、幼なじみの海那とも付き合うことになったんだ。うん、だから君に次ぐ二人目の彼女ってことになるね。あ、二人目って言ってもあくまで出来た順番という意味でしかないよ。二人とも僕の大切な恋人だから、もちろんそこに序列とかはないからね」

「は?」「は?」

 目の前の黒髪ロング美少女と、わたしの声が見事に重なる。お目目パチクリお口ぽっかりな表情も一致していることだろう。

 幸人と偽装カップルになった翌朝。本命彼女にわたしを紹介するからと、幸人に連れてこられた二年B組の教室にて。隣に立つこいつは、わたしのことをはっきり「彼女」だと紹介してくれた。しやがった。

 いや紹介ってそういう感じ!? 本命彼女相手にもわたしが『偽』だってこと隠すつもりなの!?

 は? いやいや、それって……。

「海那、こちらが僕の一人目の彼女である、クラスメイトの美野原みのはら美琴みことさん。昨日告白されて付き合うことになったんだ」

 いや二股ぁあああああ!!

 二股じゃん! 確かにわたしは本当の彼女ではないけど、本命彼女の方はそんなこと知らないんだから! 説明してないんだから!

「幸人君……? ど、どういうことですか……?」

 案の定、美野原さんとやらも困惑している。「とやら」っていっても、この子の存在自体はわたしも知っていた。その美貌と金持ちっぷりで、校内一の有名人だからだ。

 そんなお淑やかお嬢様を幸人が落とすなんて……しかも二股なんて……。衝撃の事実に、わたし達だけじゃなく、教室中もざわついている。当たり前だ、なに公衆の面前で二股宣言してんだ、こいつ……。

 え、いやマジでこれ、美野原さんだけにでも、ちゃんと説明した方がいいんじゃ……? 何で幸人はそこまでしてわたしとの秘密を厳守しようとしてるの……? そりゃ、わたしは幸人のことを諦めるつもりなんてないから、美野原さんとも対等以上の立場でありたいけれど……。

「ちょ、ちょっと、幸人君……二人だけでお話させてもらえますか? あ、えーと、海那さん、でしたっけ。いいですよね、ここは恋人同士二人にさせてもらっても」

 戸惑いに溢れた様子ながらも、美野原さんのその眼には、はっきりとわたしに対する敵意が込められていた。

 まぁ、それはそうだろう。昨日出来たばかりの彼氏の浮気相手なんだから。

「うん、わかったよ、美琴さん。まぁ海那も恋人なんだけど。じゃあそういうことだから、海那。ちょっと話してくるね」

 そう言って教室から出て行ってしまう二人。

 でも、そうか。二人きりになって初めて、偽装カップルの件を説明するのかもしれない。彼女以外にはしっかりと偽装カップルの秘密を隠してくれるつもりで、これからそれを彼女にもお願いするんだ。

 いや、でもあの美野原とかいう女がわたしに向けていた態度……楚々としていて、一見、大和撫子のように見えるけれど、わたしには分かる。同じ男を狙っているわたしになら分かってしまう。あれは、そんな奥ゆかしい女じゃない。

 自分の彼氏が偽装彼女を作ることなんて、受け入れるような女とはとても思えない。

「どうするつもりなのよ、幸人……」

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