偽装カップルって何だよ!?

アーブ・ナイガン(訳 能見杉太)

第1話 幸平幸人

「ねぇ、幸人ゆきと。あなた、わたしの彼氏にならない?」

 僕のベッドに腰かけたセーラー服美少女――海野うみの海那うみなはおもむろにそう切り出してきた。

 幼なじみに対するものとは思えない、緊張感のにじみ出た声音。カーペットに座ったまま振り返ると、海那はその黒髪ショートの毛先を弄りながら顔を真っ赤に染め上げていた。

 つまり、マジなのだ。鈍感な僕でもさすがに分かる。これは冗談でも何でもなく、本気の告白だ。

「海那、君そんなに僕のこと好きだったのか。え? 彼氏? つまり海那が僕の彼女になるってこと? あー……いや、そう言ってもらえるのはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、今はちょっと……何しろいきなりすぎるからなぁ……」

 いやマジで嬉しい。僕だって海那のことは昔からずっと好きだ。できることなら今すぐ付き合いたい。

 でも、そう簡単にはいかない。こっちにも事情がある。タイミングが悪すぎた。

 さて、どうやって説明したものか……いや、どうやってって、説明方法なんて一つしかないんだけど。でも、相手は僕にガチ恋しているらしいのだ。これを受け入れてもらうためには、それ相応の態度ってものが必要なはず。

 僕がうんうん唸りながら頭を悩ませていると、

「え、あっ! い、いや違うわよ!? わたし、告白とかしてないから! 勘違いしないでよ! って、勘違いさせるような言い方しちゃったわたしが悪いか……」

「え……?」

 海那は慌てた様子で僕の背中をポカポカ蹴ってきた。痛い。

 え、でも告白してないって……いやいや、ついさっき、はっきりと「彼氏になってくれ」って提案してきたじゃないか。

「あー、いやごめん幸人ゆきと。わたしもこんなことお願いするの恥ずかしくってさ……違うの、彼氏っていうかね、えーと、何て言えば分かりやすいのかな……つまりはその所謂、彼氏役っていうかさ、偽彼氏にせかれしっていうか……そういうのを幸人にやってもらいたくって……あ、あはは、意味わかんないよね……?」

「や、わかるよ。つまり海那は僕と実際に恋人同士になりたいわけじゃないけど、何らかの事情があって、周りからは僕と恋人同士に見えるようにしたいってことだろ? 僕に海那の彼氏に見えるよう振る舞ってほしいってわけだ。うん、全然いいよー」

「物分かり早っ! 判断軽っ! え? え、え、ホントにいいの……?」

「いいよー」

「…………っ!!」

 海那は赤面したまま、口をぽっかりと開けて固まってしまう。自分の要望があっけなく通ったことに驚いているようだ。

 まぁ、無理もない。実際このお願いがもし数時間前にされていたとしたら、僕もポカーンとすることしかできなかったはずだし。お願いの意味すら、なかなか理解できなかったはずだし。

 でも今の僕は違う。彼女の意図するところは正しく掴めているはずだ。

「ところで、海那。その何らかの事情っていうのを僕は聞いてもいい感じなのかな。これから偽彼氏を演じていく上で、知っていた方がお互いにとって都合がいいんじゃないかと思うんだけど。あ、言いたくないなら無理しないでいいよ」

「あ、え、いや言う言う! ちゃんと言うから! てかマジで物分かり良すぎない!?」

 うん、だって分かってるから、そういうものだって。

 海那はどこか気まずそうに俯きながら、

「あのね、えっと…………ほら、わたしって可愛いじゃん?」

「うん。めっちゃ可愛い」

「……っ、またそういう……っ! ま、まぁ、それでね。結構、学校の男子に告られたりとかするわけよ、だから、ね……? はぁ……そういうわけよ」

「え? どういうわけ? え? ただの自慢?」

「違うわよ……何でさっきまで理解力半端なかったのに、ここで鈍感に戻るのよ。この説明だけでわかりなさいよ」

 や、だってそのパターンについては僕知らないから……。

「あのね、好きでもない人に告白されるのってすごく億劫なのよ? 断るのにかなり神経使うし、ストーカー化されたら困るし、女子に嫉妬されたりもするし……」

「…………! 何だって……! 海那、僕の知らないところでそんな大変な思いを……! くそぉ、幼なじみなのに気づいてやれなかったなんて……! 何か、何か僕にできることはないのか!?」

「うん。だから……ね?」

「ん?」

「だからあんたと偽装カップル演じれば誰も告白してこなくなるでしょって言ってんの!」

「おお! なるほど! そういうことなら是非協力させてくれ! 迷惑な告白攻撃から、これからは僕が君を守ってみせる!」

「ホント何なのよ……まぁそういうとこはいつも通りか……うん、むしろやっぱり逆よね。恐ろしいほど鈍感なあんたが、偽装カップルという提案の意図をすんなり理解したことの方が違和感あるんだけれど」

 うん、君からしたらそうだろうね。でもそこら辺に関しては、君に説明するわけにもいかない。本物の恋人同士になるのだとしたら、納得してくれるまで説明していたはずだけど……だって僕らはただの偽装カップルなわけだからね。

 仕方ない、適当に誤魔化そう――と思ったが、元から海那の方はそこを追及してくるつもりではなかったようだ。頬を染めたまま、俯き加減でこちらにチラチラと視線を送り、

「じゃ、じゃあ、その……よろしくね……? これはわたし達二人だけの秘密よ? 周りには――友達だけじゃなく家族相手にも――わたし達はカップルだと嘘をついていく方向で……ほら、どこから話が漏れてしまうかわからないし……あと単に偽装カップルとか恥ずかしいし……」

「わかった! バレないようにするよ! これ以上君に大変な思いはさせない! あ、でも、そもそもその前に一つだけ、確認しなきゃいけないことがあって」

「あ、偽装カップルが『どこまで』していいのかってことね? そ、その、わたしの方はその、リアル感出すためにも本当の恋人同士みたいなことまでした方がいいのかなって……」

「いや、そこじゃなくて。てかダメだろ、偽装なんだからそういうことしちゃ。そうじゃなくて、そもそも、本当に僕でいいのかなって」

「え……?」

「いや、偽装彼氏作るにしたって、その相手が僕でいいの? 偽装である以上、信頼できる相手なら誰でもいいわけだし。あ、もちろん僕は彼氏役に任命されなかったとしても、別の手段で君を告白攻撃から守るために頑張らせてもらうよ!」

「い、いや、それは……っ! ダメよ、あんたじゃなきゃ! だって、偽装カップルとか……わたしだって相当変なお願いしてるって自覚あるもの! こんなの、お互いのこと何でも知り合ってる幸人にしか頼めないじゃない!」

「あ、そう? そう言ってもらえるのは幼なじみ冥利に尽きるよ。僕も今まで君の苦労に気づかず守ってやれなかった贖罪を果たしたいしさ」

「……じゃあ、今日からわたし達は偽装カップルということで――」

「ただ僕、彼女いるけど。それでもいい?」

「…………は?」

「今日、彼女が出来たんだよね。だから僕は彼女持ちということになるわけだけど。一応そこだけはちゃんと確認しておかなきゃと思って」

「はぁ!?」

「まぁ君が嫌じゃないっていうなら全然問題はないよね。だって君は偽の彼女なんだから。二股にはならない」

「はあぁぁぁ!?」

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