沿線の風景

ライブラ

シナリオ全話

登場人物


 大塚 秋彦(28歳)「大手企業のサラリーマン」

 戸田 香(23歳)「秋彦が利用している電車の利用者」

 

 大塚 雄三(58歳)秋彦の父、警察官



○ 夕方のラッシュの電車の中

混雑している電車の中で大手企業のサラリーマン、大塚秋彦(28歳)が周りをキョロキョロしている。


秋彦(声)「今日は会えないのかな?」

   電車が駅に止まり、ドアから人がドッと押し出されてくる。秋彦もその中にいる。その中に髪の長い女性、戸田香(23歳)も一緒に電車から吐き出されていた。

秋彦(声)「いた!また同じ電車だったんだ。

 よく同じ電車で見かけるだけだけど、どんな娘(こ)なんだろう」


   香、真直ぐ改札で出て行く。秋彦はその後を追って改札を出る。暫く歩くと電車の警報機を越えて、その先にある小さな本屋に入っていく。


○ 本屋

   香、ファッション雑誌をペラペラめくってっている。秋彦、本棚の陰から香を                  見ている。

秋彦(声)「声を掛けたいけど、どうすればいいんだ。って言うかこれってストーカーかよ。」

   香、今度は文庫本を手に取っている。すると、香は周りを少し確認して、手にしているエコパックの中に文庫本をぽとりと落としていれた。本屋の店員は気が付かない。香はそのまま会計をせず、本屋を出て、暗闇に消えていった。とっさの出来事に呆然と立ち尽くす秋彦。


○ 夜、秋彦の家

   秋彦、警察官の父の雄三(58歳)と一緒に鍋を食べている。雄三、ビールを飲みながら秋彦に話しかける。

雄三「このご時勢、万引きが多くて呼び出し          

 が出動が多いな。中高年の万引きが生活苦から増えているのも困るが、いい若者が金もあるのにスリルやゲーム感覚で万引きするのは一体、どういう教育うけているんだ。モラルが低下しすぎている!」

秋彦「そんなに万引きって増えているんだ」

   雄三、空になったコップにビールを注

   ぎ、一気に飲み干し、やりきれない顔

   で話を続ける。

雄三「先月も駅前の本屋で万引きがあってな

 中学生が捕まったんだが、隙をみて逃げ出

 してな。電車で轢かれる事件があったが、

 こんな事件が続くとやり切れん」

秋彦「そんな事件もあったね。確か捕まえた

 本屋が悪いって言われて、本屋を一時閉め

 たって。でも全国から再開の声が多くて、

 また再開したんだよね」

雄三「店もとんだ災難だ。万引きされて、追

 い駆けるのが悪いなんて、理屈にもならな

 い。事故にあったからって、逃げる方が悪いんだ!あんな事思い出しただけで胸糞が悪い。もう俺は寝るぞ」


   雄三、酔って寝室の方に消えていく。

   秋彦、湯気の上がった鍋を見ている。


○ 夕方のラッシュの電車の中(3日後)

   相変わらず、電車の中で香を探す秋彦。

秋彦(声)「ここ二~三日、残業で遅かったからな。例の女の子に会えなかった。今     日は会えるかな。あっ、いた、あの子だ。」

   秋彦の視線の先に香が立っていた。最寄り駅になったので、秋彦と香を含む大勢の人間が電車から吐き出される。香の後を付ける秋彦。香、今までとは違う道を歩き出し、小さな公園に入って行く。


○ 公園(夜)

   公園に入り、人が少なくなった所で、香が立ち止まり、秋彦の方を振り返る。

香「どうして、私を付回すんですか?」

   秋彦、突然の事でびっくりして立ち止まる。

秋彦「…どうしてって言われても、君の事が

 気になっていたから」

香「ストーカーですか?」

秋彦「そういう訳ではないけど、君と知り合

 いたくて」

香「そういうのをストーカーと言うんです!

 私が本を万引きしているところも目撃され

 ていましたね。何故、通報なさらなかった

 のですか?」

秋彦「突然の事でどうしていいか分らなくて

 …。」

香「私の事はほっておいてください。本屋さ

 んに通報しても構いません。」

秋彦「僕にはそんな事は出来ないよ。あっ、

 自己紹介が遅れたね。僕は大塚秋彦。最寄

 り駅がここなんだ。」


   香、秋彦の様子に少し笑って

香「私は戸田香です。悪い人ではなさそうで

 すね。…でも、私の事はほっといてくださ

 い。」

秋彦「どうして、君が万引きなんて」

香「初対面の方に話せるような事ではありま

 せん。」

秋彦「でも知り合いになれて嬉しいよ。それ

 に万引きは犯罪だよ。これからはしない方

 がいいよ。」

香「犯罪なのは分かっています。でも…。や

 はりほっておいてください。さようなら。」

   香、公園の外に飛び出していく。


○ 同日、秋彦の家

   雄三と食事をしている秋彦。秋彦、心在らずという感じで上の空。機械的に食べ物を口にいれているだけ。雄三が何か言っているが耳に入らない。

雄三「母さんの三回忌について話しているの

 に、聞いているのか?」

秋彦「んっ、あっゴメン。考え事してた。」

雄三「しっかりしろよ。母さんが亡くなって

 もう二年だ。事故とは言えまだ若かったな。

秋彦「居眠り運転の車に轢かれたんだよね。

 あの時は絶対運転手を許せないと思った。

 でも、奥さんがうちに謝りに来て、土下座

 していった時はさすがに、この人にも家族

 があって、それをずっと背負う事になるの

 かって気になった。」

雄三「父さんも同じだ。あの男だって今、刑

 務所の中だ。この間の駅前の本屋の事件だ 

 って、どっちが加害者か分かりもしない。

 本屋が店を閉めた時は遺族はインタビュー 

 で『当然』という事まで言っていたが、本

 屋にしてみれば、踏んだり蹴ったりだ。万

引きされっぱなしな店が何処にあるってい

うんだ。当事者はまだ気持ちの整理が出来

ないと思うな。」


  その時、秋彦はハッとなった。

秋彦「万引きして逃げて、電車に轢かれた年

 年の名前って、新聞では少年Aになってい

 たけど、近所では『戸田』っていうって聞いた事がある!もしかして…」

雄三「確か、そんな名前だった。秋彦、それがどうかしたか!」

秋彦「いや、何でもない。唯、少年の家族も

 『当然』というくらいだから、本屋をまだ恨んでいるかもね。」

   秋彦は心の中で確信を持った顔で自分

   の部屋に戻った。


○ 数日後、駅前の本屋の前

   秋彦、じっと本屋の前に立っている。

   暫くすると、香が本屋に向かってまっ

   すぐやって来る。

秋彦「香さん!」

香「秋彦さん。私を待っていたんですか?」

秋彦「ええ。香さんにこれ以上犯罪を犯して

 欲しくないので。先日の万引きの少年、あれはもしかしたら香さんの弟さんじゃないですか?」

香「どうしてそれを…」

秋彦「未だにこの本屋さんを許せないんですね。でも万引きなんかしても何も解決しませんよ。」

香「たった二人の兄弟だったんですよ。万引きなんてしても些細な復讐なのかもしれない。ゲーム感覚で万引きをしていた弟が悪い。そんな事分かっています。でも憎まずにはいられなかった。弟がやった万引きという手段で弟の事を思い出していたのかもしれません。」

秋彦「この本屋さんも貴方の万引きに気が付いていましたよ。それでも貴方の気持ちと罪悪感から見て見ぬふりをしていたんです。

 」

香「えっ!知っていた!」

秋彦「事件の当事者ですからね。貴方の事を

 忘れる訳ないじゃないですか。この本屋の若旦那が私の旧い付き合いなので、教えてくれました。本当は本屋さんが言う事だったかもしれませんが、それが出来ませんでした。」

香「私は、私は…」

   香、泣き叫ぶ。

秋彦「お互い、不幸な事件でしたね。弟さんの事は万引きなんかしなくても、貴方の心にいつもいるんじゃないですか?」

香「弟は普段、真面目で万引きなんてやる子じゃなかった。高校受験でムシャクシャしていただけだと思います。でも犯罪は犯罪ですね。」

秋彦「本屋の主人と話して、貴方の万引きした分のお金を払って全てを終わりにしようと言っていました。行きましょう。」

香「分かりました。一緒に行ってくれますね

 。」

   二人は頷きあって本屋に入っていた。








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