第4話 スクーリング・デイズ

 午前と午後とで各1コマずつ授業を行った俺たち3人の講師陣は、夕食とエニシ様を囲みながらミーティングをすることになった。


 そして、誰から報告すればいいのか……と視線を彷徨わせていると、今回も気を利かせたリンダさんが率先して手を挙げてくれる。


「アタイの『たいいく』は特に問題ねぇな。シゴいてやれる時間は短くなっちまったが、その代わりにヤヒロから教わったトレーニングとやらで全員ヒーヒー言わせてやったぜ」


 腕組みして満足気に頷く彼女に対して、ハルカさんは『たいいく』を受けた後の生徒たちの様子を思い出したらしく苦笑を溢した。


 リンダさんから竜人流の鍛錬法は組み手とランニングばかりと聞き、簡単な筋トレメニューを紹介してみたのだが……午後のクラスの生徒は一人残らず膝がガクガクだったな。


「私の『ぶんか』の授業では、試しに歌とダンスを教えてみました。幸い、みんな楽しんでくれたんですけど……何というか、大声を出すのと手足を振るのが大好きみたいです」


 続いて報告を上げたハルカさんはマイルドに言葉を濁しているものの、実際の授業風景がどんなものだったのかは想像に難くない。


 ……彼女の授業を受けた2クラスは両方とも女の子ばかりだったが、竜人の子供たちは男女など関係なく全員が戦士見習いなのだ。


「俺の『さんぎょう』の授業では、不思議植物で工作させてみました。まぁ、それなりに楽しんでくれたみたいですが……とにかく、みんなデカいのとトゲトゲが大好きですね」


 俺の報告を聞いた面々が無意識に視線を向けた先には、最後に全パーツを合体させて作った攻撃的な巨大オブジェが鎮座している。


 彼等の暮らしにおいて工作と呼べる作業は褌の長さ調整くらいで、そもそも何かを作るという行為自体が殆ど初めてだったらしい。


「ほほっ、ボイコットする生徒がおらなんだのであれば上出来じゃろうて。まぁ、初日から全て上手くいくとは期待しておらんゆえ、引き続きアレコレ試行錯誤することじゃな」


 授業が成功でも失敗でも『理』のリソースはガッポリ得られるためか、エニシ様は具体的なアドバイスをするつもりはなさそうだ。


 出来ることならば、アカシックレコードから前世で使われていた学習指導要領でもダウンロードして欲しかったところなのだが……


「さて……そろそろ薄暗くなってきたことじゃし、今宵も照明代わりにイルミネーションを灯してくるとしようかの。お主等もミーティングなんぞ早々に切り上げて、新入りのハルカのために歓迎会でも開いてやるが良い」


 随分と御機嫌な様子のエニシ様はジュースやポテチ等を創造したのち、子供たちの小屋が集まっている方へとフワフワ飛んでいく。


 ……たぶん、時間的に解禁となった裸んぼレスリングを観戦しに行くつもりだろうな。


     ◇


 肉体年齢が未成年なハルカさんに配慮してアルコール無しの歓迎会ではあったものの、リンダさんが上手く話題を振ってくれるおかげで場は一定の盛り上がりを見せていた。


「なぁハルカ、神様に創造されるってのは一体どんな感じなんだ? ちょいと考えてみたんだが、サッパリ想像がつかなくてな……」


「そうですね……リンダさん、記憶喪失っていう言葉はご存知ですか? 簡単に言うと、子供の頃を少しも覚えていない感じで……」


「へぇ、なるほど……」


 授業以外の時間は常に一緒に行動していたせいか、女性講師の両名はすっかり打ち解けているらしい。


 多少デリカシーに欠けるような質問であってもハルカさんが気を悪くすることはなく、むしろ所々噛み合わないコミュニケーションを楽しんでいるように見受けられる。


「なぁヤヒロ、マットっていうガキがいただろ? アイツ、戦士としての腕は今イチなんだが、頭のほうは一番キレるような気が……」


「あぁ、あの子ですか。たしかに、今日の生徒の中では一番モノ作りに向いてる気がします。てか、みんな意外と個性があって……」


「へぇ、そうなんですね……」


 ただし、そのコミュニケーションも残念ながら三角形を形成できてはおらず、俺とハルカさんを結ぶ一辺だけは今イチ繋がらない。


 ……視界の端で紅い眼鏡が時々こちらを向いてはいるのだが、俺が視線を合わせようとすると素早く察知して躱されてしまうのだ。


「ったく……ヤヒロ、お前から何かハルカに聞きたい事はねぇのか? もちろん、逆にハルカから何かヤヒロに聞くのでもいいぞ?」


 やがて、そんな焦れったい状況を見かねたらしいリンダさんは、かなり強引ながらも俺たち2人に会話の機会を作ってくれた。


 まぁ、ここまでお膳立てされては俺もヘタレているわけにはいかず、身体ごとハルカさんに向き直って頭に浮かんだ質問をしてみる。


「じゃあ、そうだな……ハルカさんって、もう何かスキルは覚えた? 歌やダンスが得意みたいだし、もしそうなんだったらさ……」


「えっと、それは……まだ検討中です」


 しかし、自分としては当たり障りがないだろうと思った話題への反応は非常に悪く、レンズの向こうの両目は必死に逃げ場を探す。


 そして、逃げ場が見つからなかった彼女は俺が別の質問を捻り出すより先に席を立ち、ペコリと頭を下げるなり早口で捲し立てた。


「少し眠くなってきたので、先に休ませていただきますね。お二人とも、お疲れ様です」


「あ、はい……」


「……おぅ、また明日な」


 結局、歓迎会は主役の中座によってお開きとなってしまい、俺とリンダさんは言葉少なにジュースをチビチビ傾けることになった。


 ……なお、この機会に竜人の恋愛テクについて尋ねてみたのだが、遊び相手とのデキ婚がデフォだそうで全く参考にならなかった。


     ◇


     ◇


 授業開始から5日め。どのクラスも巨大オブジェしか提出しないのを受け、俺は『さんぎょう』の内容を一新してみることにした。


 モノ作りのプロセスに楽しさを感じてもらうという指導目標は一旦ペンディングとし、まずは実際に色々なモノに触れてみて楽しんでもらう……というのが新たなコンセプト。


 そんなわけで、俺は前世の記憶の中にある『木のおもちゃ』各種を創造してもらい、教材として生徒たちに配布してみたところ……


「……これじゃあ、実質『たいいく』だな」


 午前に授業をした男の子クラスと同じく、女の子クラスでも一番の人気はブーメラン。

 早くも何やら独自の競技ルールを考案し、荒野を全力で駆けずり回っている有り様だ。


 ……なお、けん玉や独楽などもデモンストレーションしてみたのだが、全員が「で?」というリアクションしか返してこなかった。


「むむ……コレって、こうやって遊ぶの?」


「あぁ、うん。そんな感じでオッケーだよ」


 ただ、クレアだけはションボリする俺を気遣って傍に居残ってくれており、今は積み木を真っ直ぐ積み上げて摩天楼を築いている。


 先日の『悪魔』狩りの際に感じたとおり、竜人は土木や建築などに適性があるとは思うが……産業として興すより先に、高さ制限に関するルールを策定しなければならないな。


「よし、出来た……せーの、それっ!」


「あぁ、うん。やっぱ、そう遊ぶんだ……」


 全ての積み木を使い切ったクレアは摩天楼から大きく間合いを取り、存分に助走をつけたスライディングで一気に倒壊へと導いた。


 この分だと、今日は紙芝居を披露してみると話していたハルカさんの『ぶんか』も……


「ヤヒロ、またハルカのこと考えてるの?」


「あぁ、うん。やっぱ、モロバレか……」


 積み木を片付け終えて俺の隣に腰を下ろしたクレアは、ミサイル製造のときと同じ要領で特大スケールの積み金属を量産し始める。


 ……高々と積み上げたアレの角が頭に直撃すると洒落にならないので、今のうちに十分な距離を取らせてもらおう。


「そんなに気になるのなら、もっと自分から話しかけに行けばいいのに……ハルカと仲良くなってないのは、もうヤヒロだけだよ?」


「まぁ、そうしたいのは山々だけどさ……」


 何かと世話を焼いてくれるハルカさんには子供たちもすっかり懐いており、授業時間外でも雛鳥のように後ろを付いて回っている。


 その一方で、俺は未だ彼女と事務的会話をするのが精一杯で、とてもコミュニケーションが出来ているとは言い難い状況のままだ。

 ……もちろん、タイミングを測って何度か話しかけてはみたのだが、毎度あからさまに身構えられるので最近は遠慮しているのだ。


「話すのが難しいなら、遊びに誘ってみたらどう? ヤヒロとハルカは大人同士なんだから、べつにルール違反じゃないんでしょ?」


「いや、大人には大人の事情があってね……」


 そんな爆死確定ルートを選択するのは検討の余地ナシだが、現状打破するために健全なデートに誘ってみるのはアリかもしれない。


 ……そういえば、村から少し離れた場所にある浅瀬は、前世でも世界屈指の映えスポットにソックリだとエニシ様が言っていたな。


「でも、ハルカのほうもヤヒロのことが凄く気になってるみたいだよ。ヤヒロはどんなヤツなのって、みんなに何度も聞いてくるし」


「えっ、そうなの?」


 クレアの言葉を信じるならば、ハルカさんは俺を完全に拒絶しようとしているわけではなく、彼女も彼女なりに互いの関係を改善しようと模索してくれているのかもしれない。


 もちろん、警戒対象と認識して情報を収集している可能性も否定できないが……まぁ、あまり悲観的になり過ぎてもメンタルヘルス的に良くないので、ここまでにしておこう。


「ちなみに……その聞かれた子たちって、俺のことをどんなヤツだって答えたのかな?」


「会ったばかりだから、よく知らないって」


 ……うん。まぁ、そりゃそうか。


 この世界に来てから色々とあったので長い付き合いのような気がしているが、クレアたちと出会ってから未だ10日足らずなのだ。


 だから、それよりも短い付き合いのハルカさんとは、上手くコミュニケーションが取れなくても当然と言えば当然の話であって……


「あっ……でも、アタシは『ココを見せてあげようとしたら断られた』って答えたっけ」


「そ、そっか……ありがとう、助かったよ」


 どうやら、少し前に俺が紙一重で回避したクレアとのエロイベントは、ハルカルートにおける致命的な時限トラップだったらしい。

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