第2話 世界の中心で君の名を

 その黒一色に塗り潰された場所は俺が転生する前とよく似た雰囲気を漂わせていたが、あのときと比べて幾つかの相違点があった。


 まず、俺は五感が不明瞭な剥き出しの魂ではなく、半透明の全裸に淡い光を帯びた状態。

 そして、あのときは何処からともなく思念で語りかけてきたエニシ様は……


「……これ、ヤヒロよ。コアにアクセス中の儂は依代ではなく本体に近い状態ゆえ、無理に知覚しようとするでないぞ。今のお主ならば不可能ではないじゃろうが、情報量の過多によって脳味噌が沸騰する恐れがあるのじゃ」


 今回は思念ではなく音声での呼び掛けだったが、発信源が分からないのは前回と同様。

 ……ただし、それは『何処からともなく』ではなく『何処からも』響いてきたからだ。


 ここまで圧倒的な存在感でありながら、本体そのものではないとは……果たして、最終形態は如何ほど名状しがたき御姿なのか。


「むむ……それはまた、随分と失礼な言い草じゃのう。言い忘れておったが、お主は未だ思念波を制御する技術を持たぬゆえ、コアへのアクセス中は常に垂れ流し状態じゃぞ?」


 そういえば、前回も俺が考えたことは全てエニシ様へと伝わっており、本人も自覚していない内なるニーズを掘り起こされていた。


 ……今後、ヒロインの創造以外にもコアにアクセスする機会はありそうなので、なるべく早く思念波を制御できるようにならねば。


「まぁ、それはさておきじゃな……これより少々移動して、時空連絡通路から神界のコアへと向かうぞよ。仮に『悪魔』の妨害があっても儂が蹴散らしてやるが、ウッカリ帰る場所まで蹴り飛ばしてしまっては敵わんしな」


 なるほど……今いる場所は竜人界側のコアの内部で、全体的に黒く染まっているのは未だ『悪魔』どもの支配下にあるからか。


 そんな中を動き回るは意識が侵食でもされそう少しばかり怖いが、エニシ様が大丈夫と仰るのであれば心配は要らないのだろう。


「然り、むしろ儂にとっては周囲を破壊せぬように移動するほうが気を遣うくらいじゃ。とはいえ、あまりヒロイン登場を引っ張るのも何じゃし、なるべく駆け足で行くぞよ!」


 そんな威勢の良い掛け声をエニシ様の気配が発した刹那、半透明の俺の身体は凄まじい横Gに襲われて黒の中をブッ飛んでいった。


     ◇


     ◇


 ワープトンネルのようなエフェクトを抜けた先は白一色の世界で、無限大の広さなのは黒一色の世界と同じなのに開放感を覚える。


「さてさて……それでは、これよりヒロイン創造の儀式を始めるぞよ。キャラメイクを始める前に、まずはお主の器の中にストックしてあるリソースを一旦引き出してみようぞ」


 エニシ様が言葉を発すると同時に遥か頭上の白が渦を巻き、その中心から赤・青・黄の各色に輝く巨大な光球が舞い降りてきた。


 ……黄色が一番大きいので、たぶんアレが『命』のリソースなんだろうな。


「よしよし、どのリソースもガッポリ貯まっておるのう。それで、最初に『有』のリソースで器の雛型を創造するのじゃが……サキュバスで良いか、それともエロフにするか?」


 まるで何処ぞの泉の中から登場した女神のような二択だが、俺の思念波は垂れ流しらしいので改めて尋ねるまでもないでしょうに。


 俺が希望するヒロインは、俺と同じくノーマルな人間……それも、同年代の女の子だ。


「何じゃ、つまらんのう……まぁ、お主の前世を知る儂としてはソレを望む気持ちも理解できるゆえ、否定するつもりなど無いがな」


 ヒロインを一からキャラメイクできると聞いたときには様々な種族の女の子を思い浮かべたし、ぶっちゃけエニシ様が挙げた両種族はギリまで迷った最有力候補だったりする。


 ただ、そこで改めて自分の内なる声に耳を澄ませてみた結果……僅差ながら、前世では経験できなかった『同級生と恋愛する』というベタベタなシチュに軍配が上がったのだ。

 ……ちなみに、当然ながら小学校時代にも同級生の女の子はいたが、そのときの俺はまだハッキリと色恋には目覚めていなかった。


「それで、見た目はどうする? これほどリソースがあれば細部までの条件指定が可能ゆえ、実在するアイドルにクリソツでも二次元キャラの三次元化でも思いのままじゃぞ?」


 これに関しては俺も随分と悩んだものの、結局のところ答えを一つには絞れなかった。

 ……さすがに、モノマネ芸人や喋るフィギュアみたいなヒロインだと微妙な気持ちになるだろうが、俺は清楚系でも派手系でもカワイイならばカワイイと思えるタイプなのだ。


 と、いうわけで……お手数ですが、こんな感じの仕様でお願いできませんでしょうか?


「むむ、容姿はお主基準で80点以上かつ、系統としては前世日本の一般人として違和感が無い範囲でランダム……要するに、星4以上が確定なガチャのような感じか? 少しばかり面倒じゃが、別に不可能ではないぞよ」


 俺の優柔不断さが導いた玉虫色の結論だったものの……改めて考えてみると、転校生がやって来るときのようなドキドキ感があって案外悪くないシステムだったかもしれない。


 そんなわけで、赤い光球から分離した一部が人型に変形する様子を注視していると……


「……よし、完成じゃ。どんな転校生を引いたのかは、出逢ってからのお楽しみじゃな」


 赤い人型は輪郭も曖昧なまま急上昇し、頭上に残っていた白い渦の中へと消えていく。


 そうだった……器が創造される場所は、コアの内部じゃなくて現実世界のほうだよな。


     ◇


 俺が諦め悪く白い渦を眺めていると、その視線を遮るように青い光球が浮遊してきた。


 ……消去法で考えるならば、たぶんコレが『理』のリソースなのだろう。


「さて、お次はステ振りじゃな。当面の間はお主とともに振興事業を担当してもらうのじゃから、とりあえずINTは高めに振る必要があるが……他のパラメータはどうする?」


 以前からエニシ様はスキルだのパラメータだのとゲームっぽい表現を多用しておられるが、それらが表示されるステータスウィンドウなどは実在せず雰囲気だけの言葉遊びだ。


 まぁ、それはさておき……俺としてはバトルに連れて行くつもりはないし、家事全般に役立ちそうなDEXにでも振ってもらうか。

 ……これは「家を守るのが女の仕事」という考えからではなく、俺の願いで来てくれるのに危険な目になど遭わせたくないからだ。


「ふむ、ならば基本的にはINT-DEX振りということで、他はJKの標準値に準拠してバランス振りしておくか。それと、家事全般の知識についても、創造が完了したのちに一般常識と併せてインストールしておこう」


 ふむふむ……たとえ高INTな器を創造したとしても、脳に何の情報もインストールされていなければ赤ちゃん同然のままなのか。


 ……エニシ様が定義する『一般常識』には一抹の不安が過ぎるが、インストールする情報を逐一指定するのは流石に非現実的だな。


「むむ……然様な心配をせずとも、バッチリ抜かりなく仕込んでやるわい。で、続いてはスキルの習得じゃが、今後のことを踏まえれば<知覚情報補正>は必須じゃな。その他、何か習得させておきたいスキルはあるか?」


 おっと、しまった……ヒロインはバトルに不参加の方針と決めていたので、当然ながらスキルビルドなんて検討していなかったぞ。


 俺から希望するものは特にありませんし、後ほど本人の好みで選べるようにスキルポイントを余らせておくことは可能でしょうか?


「ふむ、そうじゃな……『理』のリソースを未加工のまま練り込んでやれば、お主の考えと近い状態には出来るじゃろう。ただ、それじゃとリソースの変換効率が悪いゆえ、種族的に相性が悪いスキルは習得できぬぞよ?」


 なるほど……初期スキルとして組み込むのならば選択の自由度が高いが、後付けオプション的に習得するのは制限が生じるわけか。


 とはいえ、俺としては何かしら趣味に役立つスキルでも覚えてもらえればいいと思っているだけだし、やはり後ほど本人の希望に沿って自由に決めてもらうのがベストだろう。


「そうか、相分かった。まぁ、儂としては将来を視野に入れて、何かエロい隠しスキルを仕込んでおくべきだと思うのじゃがな……」


 エニシ様の気配が溜息を発すると同時に青い光球の一部が千切れて、大小様々な泡となって白い渦に向かって昇っていく。


 あの……出逢った直後にゲームオーバーは勘弁ですので、ガチで自粛してくださいね?


     ◇


 そんなこんなでステ振りとスキル習得が完了し、いよいよヒロイン創造のクライマックスである器に魂を吹き込む工程が始まった。


 最後に残った黄色の光球がヒョウタンのように変形して小さい側がポンと切り離されると、それは脈動しながら少しずつ収縮して輝きの密度を高めていく。


「ふむ、ノーマルな人間の器に収めるとすれば、コレくらいの大きさが限度じゃろうな。これで残すは魂に刻む『誓約』と『エロさ』の設定のみじゃが……さて、どうする?」


 おそらく、その『誓約』とやらは服従だの盲信だのと自由意思に干渉するものだと思われるが、そんな悪趣味なチートをヒロインに仕込むことは言うまでもなく望んでいない。


 一方、そんなのと並列される『エロさ』というネタっぽい隠しパラは……いや、これはメンタル面やフィジカル面の話ではなく、もっと根源的な欲求の強さでも示しているのか?


「ほほっ、然り。まぁ、誓約の有無は攻略難度の選択のようなものじゃから、お主の好きにすれば良いわい。ただし、エロさを絶無にすると生命としての定義が維持できぬゆえ、相応の値に設定しておく必要があるぞよ?」


 かなり重要な項目のようだが……さりとて常時ピンク色なキャラにしてしまうと、一緒に仕事をするうえで差し障りが出そうだな。


 それなら……エロさは初期値を低く抑えた変動型とし、親密度の上昇に比例して徐々にエロくなっていくというのはどうですか?


「おおっ、それは妙案じゃぞ! レート次第ではエロさ限界突破も夢ではないゆえ、ゆくゆくはヒロイン改めエロインの爆誕じゃな」


 ……あれ。もしかして、俺はヤッちゃったのだろうか?


 ま、まぁ……親密度がカンストする関係性にまで至っているのであれば、エロさが限界突破しても何ら問題は無い……はずだよな?


「さぁ、もうスペックに関しては変更不可じゃぞ。では最後に、儀式の締め括りとして……そうじゃな。この魂にお主が名前を与え、呼びかけてやるのがソレっぽい感じかのう?」


 俺の転生の儀式と同じく、荘厳さが欠片もない雰囲気のままだが……うん、諦めよう。


 これに関しては『同級生』というコンセプトに決定したときから検討しており、それに相応しい一つの候補を既に思いついている。


 だから、この魂の名前は……じゃなくて。


 まだ見ぬ君の名前は……


「……ほう、ハルカか。遥かなる時空の彼方より来たりて、お主と巡り逢う転校生というわけじゃな。しからば、八紘と遥の間に縁が結ばれんことを、この儂も祈るとしようぞ」


     ◇


 ハルカさん、初めまして。


 こちらの都合で勝手に創造してしまって、本当にごめん。

 だけど、創造されてくれてありがとう。


 突然、訳が分からない状況で目を覚ますことになって混乱するだろうけど……きっと、慣れてくれば楽しい毎日になると思います。

 俺は少しだけ先輩なので、もし困ったことがあったら何でも気軽に相談してください。


 そして、気持ちが落ち着いてからで構わないので、少しずつ俺と仲良くなってくれたら嬉しいです。

 ……もちろん、他意は無いですよ?

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