第2章 勇者と聖女の世界

第1話 アフター・サンライズ

 世界の夜明けを見たあとに力尽きるように眠りに落ちた俺は、正常な色に戻った太陽が中天に届く少し前にヨロヨロと起き出した。


 そして、祭りの会場となった場所に戻ってみると、そこにいたのは向かい合って談笑するエニシ様とリンダさんの二人だけだった。

 ……おそらく、夜更かしして遊んでいた子供たちは未だ夢の中なのだろう。


「いやぁ、やっぱヤヒロは勇者だな。手加減無しでシゴき倒してやったんだが、ヘコたれずに何度でも起き上がってきやがるんだよ」


「ほうほう、砲身の長大化ではなくリロード性能を向上させる方向に進化したのじゃな。初陣にて継戦能力の重要性を理解するとは、さすがは儂が信頼する第一の使徒じゃのう」


「あの……そういう話は、本人が顔を見せた時点で即座に中断してもらえませんかね?」


 寝起きから何とも気不味い思いをさせられた俺は、控えめにクレームを入れつつリンダさんの顔を直視しない位置に腰を下ろした。


 ……まぁ、竜人の文化的には昨夜のアレは完全にスポーツ感覚だったみたいだし、変に意識する必要なんか無いんだろうけれども。


「てか、エニシ様……ちょっと大きくなってませんか? 見間違いでなければ、サクランボ大からイチゴ大になっているようですが」


「うむ、昨日をもって世界の全住人が儂の信徒になったゆえ、それを記念して少しばかり依代をバージョンアップさせてみたのじゃ」


 祭りの最中に抜け目なく布教活動をしていたというエニシ様は、装いもポンチョから薄墨色に染められた着物にチェンジしていた。


 ……なお、その襟や裾は結構はだけているものの、何やら不可思議な力が働いているらしくモザイクが掛かったように霞んでいる。


「ほほっ、ヤヒロよ。気づいておらぬかもしれんが、お主の器と魂も見違えるほどレベルアップしておるぞよ? おそらく、初回ボーナスの発生に加え、神の使徒が森林フィールドで八連荘和了という実績が解除され……」


「いや、エニシ様……そのトロフィーシステム、いくら何でも支離滅裂過ぎませんか?」


 レベルアップの理由はさておき、試しに拳を固めてみると……たしかに、筋肉量は変わらぬまま握力が強くなったような気がする。


 ……リンダさんの肌艶が目に見えて良くなっているのも、あるいは積年のムラムラが解消された以外に理由があるのかもしれない。


「とはいえ、その急成長のせいで新たな罅割れが生じたゆえ、魚釣りなどでは到底リソースの補充が間に合わなくなったのじゃがな」


「いやいや、エニシ様……それって絶対、わざと罅割れを修復せずに放置してますよね?」


 何にせよ、早急に世界を発展させて『命』のリソースを生産しない限り、俺は定期的に一夜の過ちを冒さなければならないらしい。


     ◇


     ◇


 朝食兼昼食として赤飯と祝い鯛を平らげたあとは、この場にいる3人のメンバーで世界の運営方針について話し合うことになった。


 司会進行を担当するのは当然ながらエニシ様で、いつぞやのオリエンテーションのときと同じくプレゼン資料を宙空に投影させる。


「さて、此処に示すのが現在の状況じゃが、見てのとおり二つの世界は常設ゲートによって時空を接続しておいた。コアの統合が未完了ゆえ疑似的ではあるが、儂等の世界は『平面複層世界』に変化したというわけじゃな」


「へぇ……複層と言っても、上空に岩石プレートを浮かべるだけじゃ駄目なんですね」


 眼前に浮かぶスライドには大小が極端に異なる2つの円が描かれており、それらは1本の細い直線で結ばれている。


 ……まぁ、実際には各世界の大きさは25mプールと香川県なので、これでも随分と好意的にデフォルメしてくれているわけだが。


「したがって、今後も『悪魔』狩りを続けてコアの支配を進めていくわけじゃが、あまり急ぐと世界への負荷が大きいゆえ……そうじゃな、せいぜい30日に1匹が限界かのう」


「おいおい、そんなにチンタラやるのかよ。あれだけヌルい狩りなら、アタイは毎日でも全然構わねぇんだがな……なぁ、ヤヒロ?」


 残り100匹だと仮定しても、10年近くかかる長期戦か……などと計算していると、リンダさんがスルリと俺の隣に移動してきて昨夜のようにヘッドロックを仕掛けてくる。


 ……もしかして、彼女は打ち上げの宴会を催すごとに過ちを冒すつもりなのだろうか。


「ほほっ、その狩りについてはリンダの好きなタイミングで挑めばよいが、当然ながら儂等には『悪魔』狩り以外の仕事もあるぞよ。まず、儂が当面せねばならんのは、今回得たリソースを用いてのテラフォーミングじゃな」


 スライドの説明によると、この『竜人界』の外縁にある時空が不安定な部分を全てトリミングしたうえで、残った部分の地形を今後の発展を見据えたものへと整備するらしい。


 また、それと並行して俺たちが暮らしていた『神界』も大幅にリニューアルするとのことで、常設ゲートは開通させたばかりながら現在利用不可な状態になっているとのこと。


「それで、リンダに当面任せたい仕事というのは、今までどおり子供たちを戦士として鍛え上げることじゃな。これからは儂もヤヒロも次第に忙しくなるゆえ、出来れば『悪魔』狩りは竜人たちに完全移管したいのじゃよ」


「あぁ、任せてくれ。そいつは本来、アタイたちがしなきゃならない仕事なんだからな。それに、最近ニックとクレア以外のガキどもは遊んでばっかだったんで、手加減無しにシゴき倒してやるくらいで丁度良いだろうさ」


 俺とは別の意味でシゴき倒されるのは少し可哀想ではあるが、油断すれば命の危険があることを鑑みれば致し方ないところだろう。


 まぁ、エニシ様も数少ない住人が減ってしまうのは望まないだろうし、十分に安全だと判断されるまでは俺たちも引き続き『悪魔』狩りに協力することになるのだろうが……


「そして、ヤヒロに任せたい仕事は、竜人社会における文化振興と産業振興じゃ。いずれ様々な世界から住人を移住させてくるつもりゆえ、特に後者は重要な仕事になるぞよ?」


「なるほど……竜人社会が不思議植物に依存したままでは、新たな住人に苗木を奪われただけで立場が脆弱になってしまうんですね」


 もちろん、俺たちが苗木の管理を担うという手もあるのだろうが、そういった関わり方はエニシ様が好むところではないのだろう。


 新たな住人を迎えるのが何年も先のことだったとしても、産業が育つまでの期間を考えれば種を蒔くのは早いに越したことはない。


「ただ、この仕事には労力よりもアイデアが必要となるゆえ、ヤヒロ一人に任せるのは些か荷が重いじゃろう。そこで……いよいよ、お待ちかねのヒロイン創造というわけじゃ」


「えっ、あの、このタイミングでですか?」


 ……大人の階段を上って赤飯を振る舞われたばかりの俺に、一体どんな顔をしてヒロインと出逢えと言うのか。


     ◇


 予期せぬタイミングでの申し出に大きく狼狽えてしまったものの、俺は深呼吸して息を整えるとエニシ様に向かって力強く頷いた。


「いえ、分かりました……お願いします」


「ほう……お主のことじゃから、また『生命を生み出すことの責任が云々』などと言い出すのではないかと思っておったのじゃがな」


 実のところ、エニシ様が仰ったような事は俺も以前から考えていたし、それが暫定ヒロインの創造を断っていた真の理由でもある。


 正直、前世では『さすごしゅ』系な作品の主人公に憧れたこともあったが……リアルに実現可能な立場になってみると、自分の思うがままになるヒロインを創造するという身勝手さに強い罪悪感を覚えてしまったわけだ。


 しかし、この世界に来て竜人たちのルーツを知り、彼等の未来を繋いだ今の心境は……


「……たとえ望まぬ生だったとしても、初めから存在しないよりはずっと良いですから。別に俺のことを気に入ってもらえなくてもリセマラや洗脳なんかしませんし、責任を持って何処か良い移住先を見つけてあげますよ」


「かっかっか、そこは『俺が生まれてきて良かったと思わせてやる』と決め台詞をキメる場面じゃろうに。何というか、実にヤヒロらしい覚悟の決め方と責任の取り方じゃのう」


 前世の俺は生まれてきたことを後悔するような苦痛の中で生きてきたが、その結果……なのかどうかは未だ明らかではないものの、とにかく現在は毎日を楽しんで生きている。


 無論、まだ見ぬヒロインが同じように感じてくれる保証など無いが、そのときはエニシ様の仰るように俺が出来る限り努力しよう。


「よし、そうと決まれば早速キャラメイクを始めるとするか。じゃが、エディット中は無防備になってしまうゆえ、子供たちにイタズラされんように村外れにでも移動するぞよ」


 そんなわけで、俺とエニシ様は見張り役のリンダさんを引き連れ、高い樹々に囲まれた小さな空き地へと移動することになった。


     ◇


     ◇


 弾けるとダブルベッドサイズまで膨張する『マットの実』に俺が身を横たえると、フカフカな質感の『フトンの葉』が掛けられる。


 村に滞在してから何度か似たような植物を目にしているので、特に驚きはしないが……ここまで何でも揃っているとなると、新たな産業を興すのは相当に骨が折れそうだな。


「なぁ、神様……もしかして、ヒロインってのは子作りと同じヤリ方で創造するのか?」


「いやいや、ヒロイン創造の際には世界のコアにアクセスする必要があるでな、生身の人間は仮死に似た状態に陥ってしまうのじゃよ」


 自身が置かれた状況にリンダさんが口にした疑問と同様の懸念を抱いていた俺は、フトンの葉の下で密かにホッと胸を撫で下ろす。


 ……何処ぞの神話に登場する神々ならば自分の娘でも孫でもお構い無しだろうが、あいにく俺は一般人的な価値観の持ち主なのだ。


「さて、ヤヒロよ……ようやく、使徒となってくれた見返りを渡してやれるのう。本来、このように神がワンオフの生命を創造するのはな、世界のバランスを保つために特殊ユニットを必要としたときくらいなんじゃぞ?」


「えっと……何やら貴重なユニークキャラ枠っぽいですし、それを俺のヒロインで埋めるのは流石に申し訳なさ過ぎるのですが……」


 随分と勿体ぶった前振りをされた俺は、脳内のプランは白紙に戻して戦闘力なり政治力なりに全振りしたほうがいいのだろうか……などと迷い始めるも、エニシ様はニンマリと笑みを浮かべたまま青空高く舞い上がった。


 そして、多少大きくなっても相変わらずコケシのような頭部を俺の眉間に向けて……


「ほほっ、ならば見返りの前払いということにしておいて、お主には《勇者》や《魔王》級の働きを期待させてもらうとしようぞ!」


 そんな壮大な無茶振りととも急降下し、強烈なヘッドバットで俺の意識を黒一色の世界へとブッ飛ばしたのだった。

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