第9話 墨色に濁った悪魔(2)
「あれ、カーチャン……もうバテたのか?」
ニックの困惑した声を聞いてリンダさんの映像に目を向けてみれば、彼女は脚を止めないながらも肩で息をしているように見えた。
また、間合いについても今までより長く取っており、マニュピレータの射程圏内に留まるのを嫌っているように見受けられるが……
「……なるほど、そういう事か。ニックとクレア、そろそろミサイルの発射態勢に入って!」
俺の指示から『レーザーを撃たせるための誘い』だと察した二人は、ちょうど1ダース完成していたミサイルの傍へと駆け寄った。
そして、ニックはバケット状になった右手にミサイルの後端を嵌め込み、槍投げ選手のようなフォームで大きくテイクバック。
彼の背後に立ったクレアは目を閉じ、両手を前に翳して再びムムムと唸り声を上げる。
「…………」
「…………」
呼吸を同調させて集中する二人が今から披露するのは、俺とのバトルの際に合流が叶えば使用するつもりだったらしい必殺技だ。
完全に足を止めた状態で十分なタメ時間があれば、実はロマン砲じみた威力を出せるというニックの投擲。
それに加えて、族長に次ぐ使い手だというクレアが磁界操作を重ね、反発力によりブーストさせる……という超高速・長射程砲撃。
「…………」
ただし、件の必殺技も本作戦に限っては、単なる砲撃ではなくミサイル攻撃に変わる。
……つまり、俺のスキルによる誘導制御も加えた超必殺技というわけだ。
集中を続ける二人より数歩後ろに立った俺は、バールのようなものを蒼穹に向けて構えつつエニシ様と念話で交信した。
『お待たせしました、攻撃準備完了です』
『うむ、こちらも仕込みは上々じゃぞ。さて、初弾は……カウント60からでどうじゃ?』
『いえ、今の俺なら……カウント300に合わせて、全弾同時にブチ込んでみせますよ』
『ほほっ、珍しく強気じゃのう。ヤヒロよ、後になって泣き言を漏らすでないぞよ!』
◇
リンダさんは逃げ惑いながら『悪魔』を明後日の方向へと誘導し、レーザーの射線が俺たちと重ならないよう工夫してくれている。
また、逃げる速度も絶妙に加減しており、捕まらず振り切らずの位置関係を常にキープし続けているようだ。
『よし、カウント開始じゃ。300……』
「うぉりゃあっ!」
「飛んでけぇっ!」
そして、エニシ様によるカウントダウンが始まるや否や、ニックとクレアは気勢を上げて必殺技を発動。
およそ斜め45度上方を目掛けて放たれたミサイルは、瞬く間にマッチ棒サイズとなって風景を切り裂いていく。
今のところ、リンダさんを追う『悪魔』にレーザー発射の兆候はないが……もちろん、彼等は先走ってミスを犯したわけではない。
「……限界まで延びろ、時間軸!」
ミサイルが描く放物線が下向きになったところで、俺は<時空座標干渉>を発動。
着弾のタイミングを次弾以降と合わせるべく落下を遅らせ、ついでに時間の復元力とかいう謎パワーもミサイルに上乗せしていく。
あぁ、でも……やっぱり、このまま3分も復元力に抗い続けるのは滅茶苦茶キツいぞ。
「ニック、クレア! 次来い、次!」
しかし、そんな負荷こそが俺の<神速適応進化>の糧となり、不可能なはずのスキルの長時間維持と同時発動を可能としてくれる。
……まぁ、一斉攻撃を決めた時点で「頑張れば出来る」と確信していたので、実際には今この瞬間に進化したのではないと思うが。
「さぁ、どんどん来い!」
ただ、二人には波状攻撃から一斉攻撃に切り替えたのをウッカリ伝え忘れていたため、間髪入れずのリロード作業に大慌ての様子。
ミサイルをゴロゴロ転がして運搬するクレアはともかく、発射台担当のニックは疲れ切った様子で恨みがましげに俺を睨みつける。
「どうした、カーチャンも頑張ってるぞ!」
そんな彼に対して、大人な俺は実に大人らしい卑怯さを発揮し、自分のミスを棚に上げつつ話題を逸らさせてもらった。
現在、リンダさんは少しだけスピードを上げて『悪魔』を引き離しつつあり、いよいよ本格的にレーザー発射を誘おうとしている。
「よし、これで最後……12発めだ!」
そして、およそカウント30を残したところでミサイルの在庫一掃は完了し……リンダさんの背後で這いずっていた『悪魔』は、墨色の涎で糸を引きながら大口を全開にした。
◇
喉奥に発生した漆黒の球体は直径10メートルほどのサイズで、紫電が迸る様子はRPG等における重力魔法のイメージそのもの。
ただし、成長した俺のスキルはアレの脅威を正確に知覚しており、HPが半減する程度の被害では済まないことは疑う余地もない。
「……こりゃあ、世界が崩壊して当然だな」
射程が大幅に延びた<絶対時空認識>によると、アレは時空を歪めるどころか座標軸自体を内側へと吸い込んでいる。
……正しく、世界に開いた大穴だ。
また、その吸引力が及ぼす影響は概念的なものだけに留まらず、周囲の大気や砂礫を凄まじい勢いで際限なく食らい続けている。
「ぞ、族長……大丈夫なの?!」
もちろん、それは重厚な装甲を纏ったリンダさんも例外ではなく、身体が宙に浮かび上がらないよう四肢を地面に突き立てている。
大した知能を持たないと思しき『悪魔』としては意図した結果ではないだろうが、大技を放つ前のデバフとしては効果的過ぎるぞ!
『……ほほっ、狼狽えるでない。こちらは儂に任せて、お主らは攻撃に専念するのじゃ』
とはいえ、エニシ様の言うとおり子供二人には攻撃力不足に備えてミサイルを増産するという仕事があるし、俺にも空間軸に干渉して照準調整するという仕事が残っている。
何より、レーザーの撃ち終わりに合わせるという攻撃の性質上カウントダウンは目安に過ぎず、最終的にトリガーを引くタイミングを決定するのは今回で最も神経を使う瞬間だ。
『……のう、ヤヒロよ。お主は後衛組の中で唯一の大人なのじゃから、この先に如何なる事があろうとも決して動揺するでないぞ?』
しかし、エニシ様が敢えて個人宛てに念話で念押ししてくれたおかげで、限界まで高めていた俺の集中力に大きな揺らぎが生じる。
いやいや、いつでもヒョイっと転移で逃げられるんですから、たとえ身動きを封じられていようが何ら問題ないはず……ですよね?
「そんな、カーチャン?! もう囮なんてしなくていいから、サッサと逃げてくれよ!」
『へっ……ニック、ギャーギャー騒ぐな。まだ見習いとはいえ、お前も竜の戦士だろうが』
カウントが一桁になったところで漆黒の球体は少しずつ収縮し始めて、その一方で世界の大穴による吸引力は急激に高まっていく。
もはや鈍色の竜を地面に繋ぎ止めているアンカーは右腕一本だけで、旗のように棚引く胴体はミシミシと悲鳴を上げているようだ。
『エニシ様、あの……』
『……ヤヒロよ、此奴が言い出した事じゃ。今は何も言わず、己の仕事を全うするが良い』
たしかに、囮という役割を完璧に果たすならば、発射の瞬間までチョコマカと逃げ回るよりも『その手』のほうが最上策ではある。
歯噛みしている二人から目を逸らして後ろを向きたくなるが、それでも俺は小さく溜息をつくに留めて自分の仕事に取り掛かった。
「…………」
スキル名を発声したほうが威力が上がるのだが、今求められているのは偏に精度のみ。
指先でコツコツと叩くような繊細さで合計12箇所の空間座標に干渉し、ミサイルの矛先と『悪魔』の巨体の中心とを一致させる。
「そんなっ?!」
「あぁっ?!」
とうとう鈍色の竜は大地から引き剥がされて高々と浮かび上がるが、俺は少年少女の悲痛な叫びを黙殺して最後の微調整を続ける。
むしろ、これから放たれるレーザーに仰角が付いたことにより、地上への被害が減少するのを喜んでおくことにしよう。
そして、奇しくもカウントダウンがゼロを数えると同時に……
「っ!?」
……蒼穹の背景に禍々しい墨色の太線が描かれ、小さな鈍色を呆気なく塗り潰した。
◇
超高重力の発生による時空の揺らぎを遣り過ごした直後、俺は時間の流れを滞らせていたスキルを全て解除する。
「喰らえぇっ!」
厳密に測定すれば完全に同時の着弾ではないだろうが、おそらく亜音速に達しているであろう飛翔体の速度を鑑みれば誤差の範疇。
また、目論見どおり重力バリアも解除されていたようで、滞空していたミサイルは全弾過たず『悪魔』に深々と突き刺さった。
『ヤヒロよ、見事じゃ。照準がズレておるようならばコッソリ補正してやろうと思っておったが、全く余計な世話だったようじゃな』
「エニシ様、ありがとうございます。ですが、今はそれより……」
ニックが投擲可能な範囲で限界まで大型化したミサイルではあるが、それでも『悪魔』の巨体と比べれば針のようなサイズなのだ。
今は動きを止めて小刻みに痙攣しているものの、果たして今の攻撃の効果のほどは……
『ほほっ、安心せよ。あの悪魔は半精霊化したことで概念的な存在に昇華しておるゆえ、塩という物質もまた概念的に弱点なのじゃ』
「えっと、今イチよく分かりませんが……とにかく、有効なのは間違いなさそうですね」
ナメクジという概念に塩という概念を撃ち込んだことで、諺どおりの『ナメクジに塩』という儀式が完成したということだろうか。
墨色の巨体には身悶えする余力も残っていないようで、小さな傷口から墨色の体液を噴出させながら急激に体積を減少させている。
……この様子だと、暴走モードや第二形態への備えはしなくてもよさそうだな。
「嘘だろ、カーチャン……族長がいなくなって、明日からどうしろっていうんだよ?!」
「……ニック、泣いちゃダメ。そんなの、アタシたちが強くなるしかないでしょう!!」
とはいえ、目の前で歯を食いしばる二人に関しては、このまま放っておくわけにもいかないだろう。
……たとえ、これを乗り越えるのが戦士と認められるための試練だったとしてもだ。
そんなわけで、俺は何と声をかけたものか数秒のあいだ思案するも……結局は面倒臭くなってしまい、墜落した気球のように萎んだ『悪魔』から視線を外して後ろを振り返る。
「……俺は一切関与してませんから、ネタバラシはご自分でしてくださいね?」
声を殺してニヤニヤと笑っているリンダさんとエニシ様が使った一手は、俺の前世で言うところの『空蝉の術』というやつだ。
……つまり、先ほどレーザーで消滅した鈍色の竜は文字どおり『脱け殻』でしかない。
この悪趣味な二人は時空の歪みを感知できる俺以外には気づかれずに転移し、相当に早い段階でヒョイっと帰投していたのだった。
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