第8話 墨色に濁った悪魔(1)

 念の為、エニシ様には『聖石』の詳細な分析をしてもらったのだが、やはり魔術的な効果は無く主成分は塩化ナトリウムとのこと。


 その結果を受けて、俺たちが『聖石』の代わりとなるであろう『聖砂』を提供可能だと告げると、族長であるリンダさんは『悪魔』との開戦に同意すると即断した。

 ……ちなみに、彼女の「それで孫の顔が見れるんならヤるに決まってるだろ」という台詞には、少しだけ俺の胸がズキリと痛んだ。


 ともあれ、月の代わりに太陽が輝く夜の間に諸々の準備を済ませた俺たちは、早速『聖砂』の有効性を確認するべく村を出立する。

 リンダさんに背負われて乾いた河を下り、都市の跡地から1kmほど離れた高台に着いたところで最終ブリーフィングを実施した。


     ◇


「……それでは、これより『デーモンスレイヤー』作戦を開始します。三人とも、覚悟はいいですか?」


 俺の前に褌一丁で立っているのは、リンダさんにニックとクレアを加えた三人の竜人。


 ……子供二人は未だ戦士と認められるための試練をクリアしていないものの、実力に関しては十分だと族長のお墨付きが出たのだ。


「今回の作戦目標は、仮称レッサーデーモン1体の撃破です。ただし、あくまでも『聖砂』の有効性を確認するのが主目的ですから、倒し切れないようなら直ぐに撤退しましょう」


 エニシ様には塩湖であるオアシスの水から塩を1トンほど生産してもらってあるが、小さい個体でも体育館サイズだという『悪魔』を倒すのに十分な量だという確証はない。


 なお、俺は「『海』の概念から海水を引いて沈めてしまえばいいのでは?」という提案もしてみたのだが、この世界に由来する物質を使ったほうが効果が期待できるとのこと。


「えっと……まずは、リンダさん。打ち合わせどおり前衛で囮役をお願いしますが、当然ながら最も危険が大きい役割です。エニシ様がいらっしゃるので大丈夫だとは思いますが、くれぐれもご無理はなさらないでください」


「ほほっ、任せておけ。お主に何かあればニックやクレアだけでなくヤヒロも悲しむからな、この儂が完璧に護り切って進ぜようぞ」


「……お、おう。よろしく頼むよ、神様」


 本作戦ではエニシ様にリンダさんの護衛を務めてもらうのだが、リンダさんはヤバい化け物が耳許にいるのが落ち着かないようだ。


 一方、俺も彼女とは別の理由から些か落ち着かない気持ちになっており、誠に失礼ながら戦いに赴く戦士の姿を直視できずにいた。


『……あの、エニシ様。そんなモノ、どうして2ダースも用意してあったんですかね? てか、そもそも実使用に耐え得るんですか?』


『かっかっか、責任感の強いお主のことじゃから、異世界交流の際に欲しがるかと思ってな。まぁ、破れたときは責任を取るが良い』


 リンダさんが締めている褌のウエスト部分には、塩を封入した擲弾がグルリと吊り下げてられているのだが……その擲弾の外殻は、魚の浮き袋を乾燥させて作ったアレなのだ。


 ……そんな代物で作られた腰蓑をトップレスの美女が巻いている光景は、既に別の戦いで戦果を上げまくったようにしか見えない。


「それから、ニックとクレア。俺たちは後衛でアタッカーを務めるわけだけど、危険が少ない代わりに責任は重大だよ。作戦上、チームワークが重要になるから、ケンカしたり遊んだりするのは無しにして精一杯頑張ろうね?」


「何言ってんだ、そんなもん当たり前だろ」


「そうそう、遊ぶのは戦いが終わってから」


 続いて、俺は戦士見習いの二人に激励の言葉をかけてみるも、逆に子供を心配するような生温かい目で見られてしまった。

 ……よくよく考えてみれば、俺は見習いですらないもんな。


 なお、この二人は大量の塩を運搬してもらう関係から既に外部装甲を展開済みなので、身体の何処をガン見しても何ら問題はない。


『……えっと、もう一人のエニシ様。留守番の子供たちは寂しそうにしていませんか?』


『うむ、大丈夫じゃ。皆で仲良く遊んでおるゆえ、こちらの事は心配せずとも良いぞよ』


 現在のエニシ様は時空をアレコレして2カ所同時に存在する『分身の術』を使用中で、その片方は村に残って幼い子供たちを見守ってくれている。


 これは子守役という意味合いもあるが……もし不測の事態が起きて世界が一気に崩壊した場合、戦闘参加メンバーも含めた全員を俺たちの世界に緊急離脱させるためでもある。

 ……まぁ、人口密度がヤバい事になるので出来れば使いたくない最終手段だが。


「では、最後に一言だけ……所詮、俺は余所者に過ぎませんから、過去の無念を一緒に晴らすなんて烏滸がましい事は言えません。ですが、これから共に未来を歩む仲間として、新しい世界の夜明けを一緒に見ましょう!」


 そんな台詞で最終ブリーフィングを締め括ったところで、いよいよ今回の冒険パートにおけるクライマックスバトルが幕を開けた。


     ◇


     ◇


 高台の上で屈み込む後衛組三人の前には、完全に鈍色の竜と化したリンダさんが都市の跡地に向けて疾走する姿が投影されている。


 あの全身を隈なく覆う重厚な外部装甲はパワーアシスト機能も有しているらしく、背景が流れゆくスピードは想像を絶するほどだ。


『リンダよ、どうやら警戒ラインを越えたようじゃぞ。正面斜め下方から急接近中ゆえ、右に90度ほど旋回して会敵に備えるのじゃ』


『あいよ、了解!』


 エニシ様の念話を受けたリンダさんは尻尾を巧みに操って急旋回し、鱗の隙間からハミ出ていたアレを両手に1つずつ握り締めた。

 ……よし、二人の連携は問題なさそうだ。


 そして、そう安心した直後……身体を高台ごと突き上げるような衝撃が走り抜け、比喩でも錯覚でもなく大地が激しく鳴動する。


「うわっ?!」


 未だ揺れる視界の中に突然現れたのは、地の底と空の果てを一直線に結ぶ黒い光の柱。


 それに遅れて鼓膜を破らんばかりの轟音が届くと同時に、風圧とは別種の波動のようなものが駆け抜けて俺の皮膚をザワつかせた。


「な、何なんだよ、今のは……」


『うむ、予想どおり【重力】の権能じゃな。リンダよ、アレの影響範囲は見た目以上に広いゆえ、十分に余裕を持って躱すようにな』


『あぁ、もちろん分かってるさ。威力偵察でアタイの両脚がバキバキに圧し折れたのは、アレを避け損なっちまったせいだからな』


 動揺するニックとは対照的な二人の念話を聞いて冷静さを取り戻した俺は、これも想定された事態の一つだったことを思い出す。

 ……全くもって理解不能だが、レーザー状に指向性を持たせたブラックホールらしい。


 とはいえ、それはリンダさんを狙ったものではなく地表までの経路を作るのが狙いだったようで、気づけば濛々と立ち込める砂埃の中には禍々しいシルエットが浮かんでいた。


「あ、あれがアクマなの……」


『ほほっ、こいつはキモいのう!』


『……あぁ、コイツは間違いなくアクマだ』


 可聴領域外の波長で絶叫する『悪魔』はナメクジを象った巨大な粘体生物のような外観で、テラテラと黒光りする表皮の質感はクレアが慄然とするのも納得の不気味さだった。


 また、背部からは多種多様な先端形状のマニュピレータが無数に生えており、前部は体長の半分ほどまで裂けた大口になっている。

 ……その墨色に塗り潰された口腔内は、光ですら捕食すると主張しているかのようだ。


『へっ、とりあえずコレでも食らえや!』


 しかしながら、過去に『悪魔』と対面済みのリンダさんは欠片も怯みはせず、半開きの大口の中に両手のアレをヒョイっと放り込む。


 すると、体育館サイズの体躯がブルブルと震え出し、体表全体から墨色の靄のようなものを放ち始めた。


『……ふむ、塩が有効なのは間違いなさそうじゃが、重力でバリアを構築しよったわい。ヤヒロよ、これより儂等が穴を探してみるゆえ、今のうちに攻撃準備を整えるのじゃ!』


 そんなエニシ様からの指示を受けた俺は、隣にいる二人に視線を向けて力強く頷いた。


     ◇


 ぶっちゃけ、単に『悪魔』を手っ取り早く仕留めるだけなら、エニシ様の権能で大量の塩を体内に直接転送すれば済む話ではある。


 ただし、管理権限が不安定な世界への影響を最小限に抑えるためには、この世界に紐付けされた竜人たちが主体となって仕留める必要があるという。


「……クレア、イケそう?」


「ん、もうちょっと……」


 胡座を掻いてムムムと唸る彼女が作ろうとしているのは、直径が一抱えほどある金属製の円筒容器だ。


 ……こういうのを見ていると改めて実感するが、竜人というのは戦いだけではなく物作りにも向いていそうな種族だよな。


「ニックは……おっ、もうイケたんだね」


「おぅ、このくらい全然ヨユーだぞ」


 一方、俺たちから少し離れた場所にいるニックは、外部装甲を足先と尻尾……そして、右腕だけに集中展開している。


 ……巨大化した手の平はユンボのバケットさながらで、きっと土木や建築を任せても大活躍してくれることだろう。


「さて、俺も自分の仕事をしないとな」


 両頬を張って気合を入れた俺はクレアが完成させた円筒容器の一つと向かい合い、その中空部分にサラサラと塩を流し込んでいく。


 すなわち、リンダさんの動きに付いていけない俺たちが今から行おうとしているのは、安全な距離を保ったうえでのミサイル攻撃。

 ……彼等が『ウロコ』と呼ぶ錬成金属は一定時間で崩壊するため、手間ではあるが戦地に到着してから緊急生産するというわけだ。


「よし……じゃあ、コレは蓋をよろしくね」


 新たに完成した空容器に炸薬代わりの塩を封入する傍ら、俺は宙空に投影されるリンダさんの勇姿を横目で窺ってみた。


 無秩序に振り下ろされるマニュピレータ群は非常に読みにくそうな動きをしているが、彼女は重い手足や尻尾を巧みに操って危なげなく躱したり逸らしたりし続けている。


『どうです、バリアに穴はありそうですか?』


『いや、現在は守りに集中しておるようでな、全方向に隙は無さそうじゃ。結局、レーザーの撃ち終わりを狙うしかないかもしれんな』


 リンダさんは周囲を駆け回りながら何度かアレを投擲しているものの、それらの悉くは黒い靄に触れる直前で圧壊してしまう。


 そうやって守りに専念しているということは、それだけ塩が脅威であることの証左だろうが……この感じだと、予定していた波状攻撃よりも一斉攻撃のほうが効果的っぽいな。


「……ヤヒロ、次のミサイル出来てるよ?」


「おいヤヒロ、オレの出番はまだなのか?」


『ヤヒロよ、こちらも弾切れが近いのじゃ。予備分のアレを2ダース転送するゆえ……』


「了解、すぐに行くよ……てか、エニシ様。そんなに沢山の予備があったところで、砲身と弾倉のほうが保たないと思いますが……」


 そんな具合でバタバタと攻撃準備を進めていくうちに、いつしかリンダさんの動きには少しずつ変化が生じていた。

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