第1章 竜と悪魔の世界
第1話 錆色に乾いた大地
結局、俺とエニシ様は初の冒険パートに臨むあたり、準備パートに丸一日を費やすことになった。
……崩壊しかけた世界の歩き方を話し合っているうちに、ゾンビ対策シミュレーションのようなノリで盛り上がってしまったのだ。
そして、その議論の末に用意してもらうことになったのは、以下のような装備一式だ。
①中学校指定のジャージ&スニーカー
②時空の外套
③時空の長杖
④時空の耳飾り
①については、単に運動しやすい衣装として適当に創ってもらったもので、特別な効果は何も付与されていない。
……とはいえ、前世では一度も袖を通せなかった俺にとっては、激しくノスタルジーを刺激する効果を有しているが。
②については、既存のポンチョにフードを追加してもらった衣装で、こちらには耐候性を中心とした様々な効果が付与されている。
防御性能に関しては軽い防刃性くらいしか備えていないが、ガチバトルな展開になれば即撤退の方針なので特に問題はないだろう。
③については、ゾンビ対策シミュレーションの影響を受けて創られた俺の専用神器で、形状としては所謂バールのようなものだ。
近接武器となるのみならずスキル行使の補助器具にもなる優れ物だが、前述の理由から御披露目の機会があるかどうかは不明だ。
④については、あらゆる世界を巡っても一つしか存在しない神レアなアクセサリで……要するに、エニシ様の搭乗席となるブランコ型のイヤリングだ。
ちなみに、エニシ様が本気で御力を振るうと文字どおり世界のバランスブレーカーになりかねないそうなので、今回は基本的にサポートキャラとして参加なさるとのこと。
また、その他にパンツを含む着替え一式や飲料水・保存食なども創造してもらったが、それらは時空の耳飾りのアイテムボックス機能に収納しているので持ち歩く必要はない。
以上、全ての準備を終えたのちに護身用の新スキルまでレクチャーしてもらった俺は、いよいよ冒険が待つ異世界を目指してゲートに飛び込んだのだった。
◇
◇
しばらく転移酔いとでも称すべき症状により蹲っていた俺は、目眩と吐き気が十分に落ち着くのを待ってから薄らと目を開ける。
そして、視線の向かう先をスニーカーの紐の結び目から少しずつ上に上げていくと……
「これは、月面っぽい……いや、火星か?」
切り立った崖の上から見えるのは、遥か彼方まで続く岩砂漠のような地形。かなり強い赤味を帯びているのは、鉄を多く含んでいるからだろうか。
そして、弧を描かない不自然な地平線の辺りは激しい砂嵐のような現象で霞んでおり、その中を赤い雷光が幾条も駆け巡っている。
『ほほっ、世界間転移シークエンス完了。システムチェック、オールグリーンじゃぞ?』
「あの……耳許にいらっしゃるんですから、わざわざ心に呼び掛けなくていいですよ?」
世界を跨いでも相変わらずのエニシ様に何とも拍子抜けしつつ、俺は振り返って断崖とは反対側の景色を確認してみた。
こちらも起伏に富んだ地形をしており、遠方は同じく景色が霞んでいるが……雷が発生するほど荒れてはいないので、この方角に環境の安定した世界の中心があるのだろう。
『さて、それでは冒険開始……と行きたいところじゃが、しばし待ってたもれ? いきなりヤバい奴と出くわしても何じゃしな、近場の様子をザックリとスキャンしてみるぞよ』
「おぉ、助かります。その場合にゲームオーバーになるのは、この世界のほうですもんね」
なるべくネタバレしたくないとの意向からエニシ様の事前調査は最小限だったのだが、有り難いことに冒険開始後は手厚くサポートしてくださる方針らしい。
そんなわけで、冒険を開始して早々ではあるものの、俺は近くの岩の上に腰を下ろして休憩をとることにした。
『ふむ……大気の組成は以前と変わらぬが、重力はコンマ2%ほど弱まっておるな。それから、時間の流れにも特に変化はないが、天体の運行は正午過ぎで停止しておって……』
「……へぇ、なるほど。ここは常夜ならぬ常昼の世界ってわけですか」
こういった前世の知識で説明がつかない物事に直面すると、本当に転生して異世界に来たのだと改めて実感する。
それと同時に、前世ではベッドの上で妄想する事くらいしか出来なかった俺が、前世の誰もが経験し得なかった事を体験していると考えると……何だか、無性に笑えてくるぞ。
『ほほっ、ご機嫌じゃの。どうじゃ、手持ち無沙汰なんじゃったら、ジュースでも創造してやろうか? 旅先に来てまで贅沢云々とケチ臭い事を言っておっては楽しめんからな』
「あぁ、良いですね。じゃあ、コーラを……いや、やっぱり缶コーヒーをお願いします」
前世から通して初挑戦の無糖ブラックは、コーヒー牛乳とコーヒー味の流動食しか経験していなかった俺の舌には少しばかり苦過ぎたが……それでも、無性に美味しく感じた。
◇
俺が目を瞑って新スキルを使い熟す練習をしていると、やがてスキャンを終わらせたエニシ様から念話での呼び掛けが届いた。
『おーい、終わったぞよ。とりあえずパパッと簡易マップを作成してみたたゆえ、早う映像データを受信してたもれ?』
「受信も何も、耳許から目の前に投影されてるんですが……とにかく、今回はオペレーターっぽいキャラで徹底する趣向なんですね」
そんな遣り取りをしながら描き出されていくホログラムは、オリエンテーションの際のシンプルなスライドとは異なり3D映像だ。
……世界の中心方向へと向かうルートに目立った障害物は無いようだが、起伏が激しいので真っ直ぐ向かうのは難しそうだな。
『さてさて……まず、この近辺一帯には哺乳類っぽい魂が点在しておる。おそらくネズミかウサギに似たヤツじゃと思うが、大きさや気性までは分からんからモフるのは慎重にな』
「なるほど、了解です。どう対処するにせよ、魚肉ソーセージで気を引ければいいですが」
保存食の一つとして用意してもらった魚肉ソーセージは、撒き餌としての用途も考慮して数本をポケットに収めてきている。
当然、どデカい虎だの竜だのが相手ならば到底足りないだろうが、命を賭すほどのモフり願望は持っていないので何ら問題はない。
『それとな、地下のかなり深い場所には、生物かどうか怪しい異常な高エネルギー反応が多数あったぞよ。とはいえ、もし接近を感知すればアラートを出してやるゆえ安心せい』
「いやいや、そんな事を言われてもサッパリ安心できませんが……まぁ、了解しました」
案の定、この世界にはヤバい奴が存在するようだが、いきなり地表でエンカウントせずに済むのは不幸中の幸いだ。
正直、どれくらいヤバいのか見ていたい気持ちもあるものの……まぁ、その種の冒険心は世界を滅ぼしかねないので封印しておく。
『あとは……そうじゃな。所々に苔類か地衣類のような植物が存在しておるようじゃが、儂が直接採取して安全を確認するまで口にはせんようにな。もし薬味としてイケそうならば、早速持ち帰って栽培してみるのも……』
「あの……そんな道草ばかり食っていては、せっかくの梃入れ策が台無しなのでは?」
今回の異世界旅行の目的は、旅グルメではなくオトコノコ心を揺さぶる冒険なのだ。
◇
俺の意見具申を受け入れてくださったエニシ様は、イヤリングから離陸して3Dマップの上にフワリと舞い降りる。
……どうやら、ご自身の依代をカーソル代わりにして説明してくださるようだ。
『ほほっ、そういう事ならばサッサと移動する先を決めようかの。まぁ、お主の好きに行動して良いとは言うておったが、儂がオススメするのは……この辺り、だいたい1時間ほど歩いた先に突き当たる乾いた河じゃな』
エニシ様を中心にして3Dマップの一部が拡大されると、緩やかに蛇行する一本の線が河の痕跡を示していたのが分かった。
追記されたスケールによると河幅は数百メートルあるらしく、河底も比較的平坦な地形なので俺の足でも歩き易そうだ。
……ならばサッサと近くに転移させてくれればいいのにと思わなくもないが、それでは冒険として味気ないという判断なのだろう。
『で、その上流か下流に向かって3時間ほど歩いた場所には、それぞれ何やら面白そうなスポットが存在しておるぞよ。前者には現在も水が残っておる大きなオアシスで、後者には城壁に囲まれた大きな都市の遺構じゃな』
大河の傍で都市が発展するという法則は、どの世界でも同じように適用されるらしい。
一瞬、件の河の水量が減ったせいで都市が滅んだのかと思ったが……それならそれで上流側に新たな都市を築くような気がするし、現時点で理由を断定することは出来ないか。
『ちなみに、オアシス周辺には植物が豊富に存在する気配があるゆえ、もし知的生命体がおるとすればコチラじゃろうな。一方、都市の遺構には例の高エネルギー反応が集中しており、もし世界崩壊の謎に迫るならば……』
……うん。いくら今の俺が冒険心に溢れているとはいえ、最初の村へ向かうより先にラストダンジョンにアタックするわけがない。
ともあれ、岩から腰を上げて砂埃をパンパンと払った俺は、一先ず運命の分岐点となる乾いた河を目指して歩き出したのだった。
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