第4話 出逢いのお返し

 日差しが強くなりはじめる、春の終わり頃。


 といっても、立夏はもう過ぎて、暦の上では夏らしいけど、まだ夏というよりは春の方がしっくり来る。


 少し暑く感じてきた冬服が、早く夏服に切り替わるのが待ち遠しい。


「ここちゃんここちゃん!」

「ん? なーにー?」


 入学から一ヶ月以上経ち、クラスの全員が打ち解けてきて、ここにいるみんなを仲間だと認識し始める頃でもある。


「これ!」


 それは自分も同じで、よく話す人が固定されてきた。つまるところ、友達ができた。


「あ、それ前見せてきた雑誌の……! 高かったんじゃないの?」


 その友達が一時間目と二時間目の間にこそこそと見せてきたものは、キラキラした可愛いネックレス。


「ふっふっふーん。女子高生特集に載ってたやつだから、お値段もJKに優しい値段なので大丈夫ですわよ! ……まあ高いことには変わらないからお小遣い今月分半分くらい消え去ったけどねー」


 やれやれと言いたそうな顔で手のひらを見せる仕草をする。


「大丈夫じゃないじゃん……それに、そろそろ先生来るよ? バレたら没収されちゃうよ」


 この学校は華美な装飾は禁止されている。ネックレス然り、ピアス然り。髪を結ぶゴムも、黒や茶、紺などの目立たない色に指定されている。


「そーんな生徒の手の中まで見えないって!」

「いや十分見えるよ……」

「何してるの?」

「ひゃい! すみませんでしたぁ!」


 背中から他の友達が覗き込んで訊いてきたのを、先生だと間違えたのか跳ね上がった。


 その子は恐る恐る振り向いて先生ではないことを確認すると、胸を撫で下ろしていた。


「あ、昨日買ったやつ、見せびらかしてたんだ」

「一緒に行ったの?」

「うん。『付き合って!』って部屋に帰ってもせがみ続けるんだもん。私そういうのはあまり興味ないよ? って言っても」

「ああ……」


 この二人は寮で同室。故に二人の間では一番仲がいい友達同士なんだろう。


 いつでも誰かと一緒がいいタイプの性格をしている人と同室になれば、もちろん買い物に付き合わされる。自分の中で勝手に納得した。


「だって、こういうの興味ありそうなここちゃんは、すぐあの先輩のところに消えちゃうんだもん」

「なんかごめん」

「ここちゃん、あの先輩大好きだからしょうがないよね」


 苦笑いで言われてそうなんだけど不本意感が増した。


 しょうがない。それに行くのであれば、先輩と二人っきりのときに行ってお揃いのものを買う。


「仲良いよねー、ほんと。私との関係はお遊びだっていうのね!」

「何めんどくさいこと言ってるの……ちゃんと友達でしょ」

「友達でもあの先輩には敵わないなー。見せてくれる笑顔が違うもん」

「そう?」


 そうは言ったものの正直自覚はある。先輩と接していると、自然と悪戯っぽく接したくなってしまう。多分そのとき自分は獲物を弄ぶ悪魔みたいな笑顔をしてる気がする。


「そうだよー。はぁ……ここちゃんのあの笑顔を先輩以外が見ることは叶わないのかぁ……」

「ここにそんな価値ないでしょ」

「わかって言ってるでしょーそれー。ここちゃんの可愛さは天下一品! 横からでも眩しいあの笑顔を、真正面から見ちゃったらもうイチコロよ。現に学校始まってから何人に告白されたよ?」


 呆れた顔で首を振られる。少し時間が経ったとはいえまだ入学したばかり。なのにクラス内の男子数人に告白はされた。それを何故か知られている。


「……まだ三人くらい」

「三人!? しかもまだと抜かすか!」


 同じようなことは中学で経験済みだった。だからもう日常茶飯事の一つの感覚だった。


 誰にも言っていないが、元から女性にしか興味がない。しかも先輩が現れてびっくりするくらい自然に心を攫っていってしまった。あんなの初めてだった。それまで一目惚れなんて一時の気の迷いだと思ってたから。だから告白されても何も起こらない。


「全員断っちゃったのは先輩のため?」

「自分のためだよ」

「えー、先輩に恋愛感情とかない感じ?」

「秘密かな」


 普通先輩と仲良くしてるだけで、恋仲かどうかを気にする人はそうそういないと思うけど、妙に鋭い。


「これは……脈ありですな?」

「勝手に解釈して変な噂流さないでよ?」

「大丈夫。三人だけの秘密ですからー」


 にんまり笑って返される。別に隠しているわけじゃないけど、先輩との仲にとやかく言われるのはごめんだからあまり話したいわけじゃない。この二人なら大丈夫だろうけど。


「あ、先生来たね」

「まずい、隠さねば!」


 ネックレスを制服のポケットに突っ込み、二人が揃って自分たちの席に着く。


 ふと次の授業の準備をしていないことに気づいた。もう授業の始まりを知らせるチャイムは鳴ってしまった。


 みんなが立って日直の号令に操られているうちに、教室の後ろに配置されている生徒各々の棚に教科書を取りに行った。こういうときは一番後ろ端の席は楽だ。



***



「ネックレスねぇ……」


 昼になって、先輩と食堂でご飯を食べる。そのときに、話題としてさっきあったことを提供してみた。先輩はふーんといった感じ。


「先輩は興味とかないんですか? ネックレスとか、ピアスとか」

「そんなおしゃれしたいとかもないしなぁ。それにピアスって、痛そうじゃん。あれ絶対開けたくないよ私」


 先輩はとてつもなく嫌そうな顔で定食を口に運ぶ。


「そこまでですか。先輩かわいいのに、おしゃれしないの勿体無いですよ?」

「いーやおしゃれのために痛みを取るなんて私はできないね」

「なんでピアス前提なんですか……そうじゃなくて、服とか、ネイルとかあるじゃないですか。ほら、入学式の前にお出かけしたとき、かわいい服買いましたよね?」


 初めてデートしたときのことを思い出す。個人的に着てほしい服を勝手に選んだもの。あれから出かけはしてもあの服を着てくれることはなかった。


「あれ、私に似合わない気がして」

「似合いますよ、可愛いですよ! ここを信用してないんですか?」


 的外れなことを言う先輩に少し意地悪な返し方をする。


「そうじゃないよ」

「じゃあ着てください! 今度のお休みの日、それ着てお出かけしましょうよ!」

「うー、わかったよ」


 半ば強引に決めて、自分の欲を満たそうとする。言った後に流石に自分勝手すぎたと反省する。でも先輩はあまり嫌そうな顔はしてなかった。


「それじゃあ下げてくるから、私のお盆に食器乗せて」

「あ、ありがとうございます」


 先輩の三倍くらいあるここの食器群を先輩のお盆に積み上げて、返却口に下げに行った。


「お、ここちゃん」

「あ、知世先輩と円先輩!」


 先輩が去ってすぐ、寮の隣部屋の先輩方が声をかけてきた。ちょうどいいと、思ったことを訊いてみる。


「あの……先輩って、かわいいですよね?」

「え、なに、惚気?」


 二人が困ったような顔をする。そりゃそうだ。いきなり私の同室の子かわいいですよねなんて言ってうんそうだねとはならない。


「ごめんなさい、えっと……」


 二人に先輩が自分のかわいさを自覚していない話をした。すると知世先輩は笑った。


「あーもうそれはどうしようもないよ! アイツの鈍感さはよく知ってるでしょ?」


 首が取れるほど頷いた。


「確かに可愛いよ。一年のときは告白するヤツ何人もいたしね」

「えっ!?」


 大声を出したことにハッとして声を抑える。周りを見渡すが何もないみたいでホッとする。


 薄々感づいてはいたけど、先輩からそんな気配を感じなかったからなかったのかなと考えていたそれに、驚きと焦りが隠せなかった。


「あー大丈夫大丈夫。絶対取られたりしないから。恵莉花は今は専らここちゃんのものだよ」

「え」


 どういうことかというのと、ここと先輩そんな風に周りに見られてたんだというのが合わさって頭の上に疑問符が浮かんだ。さっきの友達もそうだけど、もしかしてみんなここたちのことを恋仲だと思っているのだろうか。


 固まっていると、円先輩が口を開く。


「っていうのもね。恵莉花ちゃん、告白全部振ってるの」

「そうなんですか?」

「あはは、ちょー安心してる。恵莉花さ、鈍感すぎて、告白であることに気づいてないんだってさ」

「……は?」


 予想の斜め上を突き抜けて、胸を撫で下ろしていた手が固まった。


「信じられないでしょ? 『なんかもじもじしててよくわからなかった』とか、『仲良くなりたいって言われたー』とか、それを告白と考えてないみたいなの。自分がモテるはずないっていう固定概念があるのか、はたまた恋愛に興味がなさすぎるのかは分からないけどね」

「さすがに何人もそれで玉砕していく人が出まくったからさ、さすがにかわいそうすぎて恵莉花に告白するのはやめとけ、みたいな雰囲気を作ったから、今は誰も告白してくる人はいないよ」


 呆れるような、諦めているような顔をしながら話す二人に自分も同じ顔になった。


「でもいいんですか? それ、成功するかどうかはともかく、先輩を好きな人が告白できないってことですよね」


 事実上の独り占めに、嬉しさと申し訳なさを同時に感じていた。


「いいのいいの。意外とみんな満足してるっぽいしさ。好きなやつはそれでも告白しに行くだろうし、何より私たちはここちゃんを応援してるからね!」


 知世先輩が親指を立てるので、困惑してしまった。


「ごめーん。返却口めっちゃ混んでたー。……あれ、二人共。どうしたの?」


 先輩が帰ってきて、二人に顔を向ける。二人はわざとらしく目を逸らしたり笑ったりしている。


「いや? ただここちゃんと話してただけだよ。そんじゃ、私たちは行くね」

「あ、はい」


 手を振ってその場を去る二人を見送って、また先輩と二人になった。


「……なんかあったの?」

「さーどうでしょー♪」


 去って行った人たちを見習い、自分もわざとらしく笑って見せた。



***



 六時間目が終わり、放課後になった。いつも通り、先輩が教室に迎えに来るのを待っていた。すると、二時間目が始まる前、話しかけてきた友達が青ざめた表情でこっちに向かってきた。


「ねぇここちゃん!」


 必死さが一目で伝わる勢いに気圧され、後ろによろける。


「な、なに?」

「私のネックレス知らない!?」

「え、もしかして、失くしたの……?」


 そう訊くと、言いにくそうに首をこくりとうなずいた。


「どこで失くしたとか覚えてない?」

「心当たりはない……けど、昼休みまでは持ってたの! 確実に!」


 泣きそうな顔で訴えてくる友達の手を取り、目を見て慰めるように言葉をかけた。


「大丈夫。ここも探してみる」

「ほんと!? ごめんね、ありがとう! ……でも、先輩はいいの?」

「え? あー……大丈夫。あの人、お人好しでしょ? 先輩だったら、探し物を優先してって言うだろうから。それじゃあ、探してくる」


 嘘をついた。先輩との時間も大事。でも目の前で困っている人を放っておけなかった。先輩のお人好しが移ったのかな。


 先輩を嘘に使った申し訳なさを振り切るように、急いで教室を出ようとする。


「うわっ!」

「きゃっ! びっくりした!」


 扉を開けると、ちょうど扉を開けようとしていた先輩と鉢合わせた。


「びっくりした……どうしたの? そんな慌てて」

「いえ。……先輩、ネックレス見ませんでした?」

「ネックレス? うーん、見てないよ」

「そうですか……ごめんなさい! 先輩、先帰っててください!」

「え、ちょ、ええ!?」


 引き留める先輩を振り切って、廊下を走った。勝手に感じた申し訳なさで、先輩を探し物に付き合わせてしまうのは悪いと思ったから。



***



「ねえ、ネックレスの落し物知らない?」

「ネックレスの落し物、ここにありませんでしたか?」

「……せ、先生! ネックレスの落し物がありませんでしたか!?」

「……はぁ、ここにもないの~?」


 図書室の机に突っ伏して、小声で弱音を吐いた。


 昼までにはあったといっていたから、午後の授業、つまり四時間目以降の授業で言った場所にあるんじゃないかと思って行ってみた。


 しかし体育館に行っても、音楽室に行っても、情報室に行ってもなかった。


 勇気を出していろんな先生に訊いてみたが、知らないといわれた上「お前学校にネックレス持ってきたのか?」とあらぬ疑いをかけられてしまった。


 落とし物預かり場にも行ってみたがなく、そういやあの友達は図書委員だったなと一縷の望みをかけて図書室にも行ってみたがなく、今の状況に至る。


「あと探してないのどこ~……?」


 頭を巡らせる。生徒が行きそうな場所を思い浮かべる。トイレとか? さすがにそこまで持ってくかなぁ。でも行かないで見逃すよりはましだ。


 立ち上がってうるさくしないように小走りで去る。図書室の静けさに慣れた耳は、廊下の雑踏がうるさく感じた。


 そのまま教室に一番近い一階のトイレに行ってもなかった。もういっそ全部調べちゃえと思って二階、三階のトイレを調べても、一切なかった。三階のトイレのトイレットペーパーが切れてた箇所があったから何となく補充しといた。


 後行くとすれば購買、食堂くらいだろうか。二階に行って、食堂に行ってみる。そこでは食堂のおばさんが放課後に残ったお米でおにぎりを販売していた。


 一度来たことがあるけど、そのときは部活生で大行列だった。今はもう時間が経っていたこともあって、人も数人しかいなく、もう店じまいの雰囲気が漂っていた。列の最後尾に並んで、最後の一人になったとき、おばさんに訊いてみた。


「あの、ネックレスの落し物、見ませんでした?」

「ネックレス……? 見てないよ。落とし物預かってるところは?」

「行きました。けど、ありませんでした」

「そうかい……。もし見つけたら、教えてあげるよ。いっつもいっぱい食べてくれるお礼」

「ありがとうございます……!」

「困ったときはお互い様。またいっぱい食べてくれる姿見せてね」

「はい!」


 頭を下げて振り返って次は一階の購買に向かう。そのときに見えた食堂の時計は十七時半を指していた。最終下校時刻まであと三十分だった。



***



 購買に行く間、頭の中にはさっきのおばさんの言葉が残っていた。


「困ったときはお互い様」


 はじめて先輩に逢ったとき、先輩もそう言っていた。ここが落としたハンカチを、初対面なのに日が暮れるまで探してくれて、スカートの裾を汚して見つけてくれた。


 もしネックレスを見つけて、友達に返すとき、自分はその言葉を言えるだろうか。


「あら、ごめんなさい。もう購買閉めちゃったの」


 考えているうちに購買に着いた。そこには購買のシャッターを下ろして鍵をかけているお姉さんがいた。横にある看板には、月から金は十七時半まで、と書いてある。


「いえ、いいんです。あの、ネックレスの落し物、見ませんでしたか」


 今日何度目かの質問を訊く。するとお姉さんは首を振った。


「見てないわね。落とし物コーナー……はもう行ってそうね」


 無言で首を縦に振る。それまでにここが疲れ切っていたのか、雰囲気で感じ取ったらしい。


「あ……でも行ったのは結構前なので、もしかしたらあるかもしれません」

「そう? なら、もう一度行ってみるのもありかもね。私ももし見つけたら、教えるわ」

「ありがとうございます」


 頭を下げてまた落とし物預かり場に行く。なんで食堂でその話が出たときに思いつかなかったんだろうと自分を責めたけど、どのみち購買には行くつもりだったし変わらない。


「……そうですか。わかりました。ありがとうございます。失礼しました」


 扉を閉めて、ため息を吐く。


 なかった。ため息をついて脱力したら、足の重みに気づいた。そういえば、二時間くらい探し回っていた。なんだかいつかに似た光景だ。あのときとは違って一人だけど。


「はぁ……どこにあるんだろ」


 もしかしたら教室とかにあるのかな。今思えば一度も探してない。



***



「……誰もいないんだ」


 自分の教室に帰ると、ガランとしていた。花瓶に生けられた花だけが出迎えてくれた。独りぼっちなのが寂しかったのか、こちらを熱心に向いている。電気はついたままだった。最後に出ていった人が消すのを忘れたんだろう。


「どこにもない。……はぁ、探し物下手だなーここ」


 棚も、自分と覗いても許してくれそうな友達の机の中と、教卓の中。掃除用具箱を見てもあるわけなかった。


 キーンコーンカーンコーン……


「あ……」


 自然と時計に目が行く。針は六時を指していた。最終下校時刻だ。


「……帰らなきゃ。怒られちゃう」


 ポケットから自分のスマホを出して見つからなかった旨を友達に伝えようとした。そのとき、ガラガラっと教室の扉が開いた。


「いた」

「……先輩?」


 扉の方を見ると先輩が立っていた。優しい、少しホッとするような笑顔を浮かべてる。


「迎えに来たよ」

「……どうして。先に帰っててくださいって言ったじゃないですか」

「ごめんね。私もネックレス探してたんだ」

「えっ……? 誰かに聞いたんですか?」

「いいや。ここちゃんが困ってるみたいだったし、『ネックレス見ませんでしたか?』って訊いてきたから、もしかしたら探してるのかなって」


 目を見開いた。探して、とも言ってないのに。あんなに鈍感な先輩がだ誰に言われるでもなく、ここの雰囲気を感じ取ったの?


 そういえば、先輩は困っている人を見つけるのが得意だ。それを助けるのも。


 今分かった。先輩は、困ってることには、人一倍敏感なんだ。


「……ネックレス、見つかったよ」

「えっ、そうなんですか!? よかった……」

「ああっ、大丈夫!?」


 安心すると足が崩れた。先輩が咄嗟に抱えてくれて、倒れ込みはしなかった。


「帰ろう。おんぶするから」

「いいですよ、悪いです」

「そんなことない。それに、元気なさそうだし」


 先輩のこういうところだけ鋭い性格に、やきもきする。そのまま黙ってしまい、されるがままにおんぶされて寮へ帰った。



***



 帰るともう夕飯の時間だった。今日は疲れすぎたのか、食べ物があまり喉を通らなそうだったから、少なめにした。先輩には体調悪いのかと心配された。


 そのままお風呂に入って、ネックレスの話を聞いた。体育館の倉庫に落ちていたこと、先輩は昼にネックレスの話を聞いていて、持ち主を知っていたからそのまま友達に返したこと。聞けば聞くほど、自分の不甲斐なさが沁み込んできた。


「あれ、今日は下で寝るの?」

「……はい」


 暗く沈んでいるのが嫌でもわかる自分の顔を先輩に見せたくなくて、反対の方向を向いて寝ころんだ。


「……ずっと元気ないね」

「……」

「ネックレスのこと? 疲れすぎちゃったかな」

「……はい。それはそうなんですけど……何もできなかったなぁって」


 後ろ向きで抱き枕を抱えてぼそっとしゃべる。先輩の反応はなかった。聞こえてるかどうかも分からないけど、そのまま胸の内を吐き続けることにした。


「自分から探すって言っといて、何も手掛かりすら見つけられなくて、それで見つかったってわかったら、自分じゃ見つけられなかったって自分勝手な理由で勝手に落ち込んで……先輩にも迷惑かけて」


 抱き枕に力がこもる。情けないなぁ。こうやって先輩に迷惑かけるくらいなら、先輩の真似事なんてやめればよかった。


「そっか」


 初めて先輩が言葉を返してくれた。それだけの言葉に、優しく包み込んでくれるような感覚を得た。


「でもここちゃんは頑張ったでしょ? 二時間も学校中の至る所を探し回って、話を訊いて回って」

「そんなの、結局見つけられなかったら意味ないじゃないですか」

「ううん、そんなことない。それに、ここちゃんが頑張ったから、見つけられたんだよ?」

「えっ、それってどういう……」


 目線で先輩の方を振り向く。先輩はベッドの前で座り込んで、背中をベッドの壁に預けた。


「ここちゃんが訊いて回ってくれたおかげで、その話を聞いた部活の人が部活終わりに片付けしてるときに見つけてくれてね。ちょうど体育館に探しに行った私にネックレスを渡してくれたの」


 ここのおかげで見つかった。それはあながち間違いではないらしい。


「それにね。結果がどうであれ、そこまで頑張れたのは、ここちゃんが優しかったからだよ。それは変わらない」

「そんな……優しくなんて、ないです……」

「そんなことない。だって、ネックレス見つかったって言ったとき、ここちゃん喜んでくれたでしょ? 安心して、力が抜けちゃうくらい」


 どうしたらいいかわからなくなって、俯いて抱き枕をさらに抱き寄せた。


「……先輩の性格が移っただけですよ」

「そうかな? 私は元からだと思うよ。だってここちゃん、初めて逢ったとき、一生懸命一緒にハンカチ探してくれたじゃん」

「それは、自分のものだからで……」

「普通の人は何時間も探さないよ? それに、私のスカートの裾が汚れたときも気にかけてくれたし、ハンカチが見つかったとき、ありがとうって言ってくれた」


 唯一逃げ場としてあった、先輩の性格が移ったという言い訳が出来なくなっていき、どんどん顔が見せられなくなっていく。


「ここちゃんは優しい子だよ。だから、頑張りは認められるべきだし、ありがとう、って言われる権利もある。なので……」

「ふぇっ、ちょ、先輩!?」


 いきなり布団の中に入られて、されるがままに抱き寄せられて、頭を撫でられる。大好きな匂いで胸がいっぱいになって、抵抗できなくなる。


「ここちゃん、頑張ってくれてありがとう」

「……先輩が言ってどうするんですか」

「私も助けられたから。……今日ここで寝てもいい?」

「もう入ってるじゃないですか」


 ずるい。こういうときだけ、先輩はここのしてほしいことを全部してくれる。初めて逢った日も、今までも。お返しなんて、させてくれずに。


「ふふっ。……それじゃあ、電気消すね。おやすみ、ここちゃん」

「……おやすみなさい」


 この言葉を言うときにはもう、自然と笑顔になっていた。抱きしめられて顔は隠れてたから、見られなかったと思うけど。



***



 朝になって登校すると、昨日歩き回ったせいで足が痛い。苛まれながら教室に入ると、笑顔で友達が飛びついてきた。


「ここちゃ~ん!」

「うわっ、なになに!?」


 その勢いと、ふらふらした足のせいでその場に尻もちをついてしまった。


「あっ、ごめん! そんなつもりじゃなかったの!」

「いたた……大丈夫だよ。で、どうしたの?」

「あ、そう! 昨日ネックレス見つけてくれたんだよね!」

「え? ここ見つけてないよ?」


 首を傾げると、その子もまた「あれ?」と首を傾げた。


「だって、あの先輩が『ここちゃんのおかげで見つけられた』って」

「ああー……」


 昨日の夜の話を思い出す。そしてそうだというように頷いてみせる。


「まあ、そんな感じ」

「やっぱり!? 見つけてくれてありがとう~ここちゃん!」

「そんなスリスリしないで……うん、どういたしまして。困ったときはお互い様、だから」


 直接先輩に向けたわけじゃないけど、これがお返しになってたら、いいな。



 続





***





 私は今、休日にここちゃんと出かけている。ここちゃんに選んでもらった服を着て。


 かわいい系の、フリフリが付いた森ガール的なやつ。私のよく着るような質素なものとはかけ離れている。


 正直似合っているかどうかは自信がないが、横に並んで歩いているここちゃんがものすごく上機嫌なので悪い気はしない。


「先輩、どこいきましょうか♪」


 にこにこな笑顔で手を引いていくここちゃんに、私は置いていかれないようについていく。


「あれ? もしかして、あなたって……」

「え?」


 前の方から呼ばれた気がして、ここちゃんと一緒に見ると、見知った顔の人がいた。


「あ、るるちゃん!」

「先輩、お知合いですか?」

「うん。ここちゃんの前に同室だった子」

「え……」


 ここちゃんの顔から、先ほどまでの笑顔が消えていく。


「ということは、先輩の、昔の……女!?」

「いやいや、昔の女って……」


 変な言い方に茶々を入れようとここちゃんを見ると、神妙な顔でるるちゃんを見ている。


 対してるるちゃんも、真面目な顔でここちゃんを見ている。


「……え? 二人とも、どうしたの?」


 無言で見つめあう二人を見て、いい感じな空気ではないことだけは分かった。

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