第2話 いたずらに笑う天使さん
「……え」
目の前の少女を見て固まる。その子はにっこり笑ってこちらをみている。その笑顔はまるで天使のような可愛さ。
「どうしたんですか、先輩?」
「せんぱっ!?」
その呼ばれ方でハッとする。そうか、私の新しいルームメイトは新一年生。ということは、この子は今年から私と同じ学校に入学するということで、私は二年生になるとともにこの子の先輩になる。
昨日のこと。この子がデパートでハンカチを落として困っているところに、私は駆けつけて一緒に探した。二、三時間くらいかかったけど、最終的にそれは見つけることができた。
その時は当たり前だが初対面で、名前すら聞いていなかった。なのにまさか今日から先輩と後輩、その上同じ部屋で暮らすことになるとは。
「もしかして、この呼び方、嫌でしたか?」
「いや、そういうわけじゃないよ……」
「そうでしたか、なら安心です♪ あ、でも、先輩の名前は、ちゃんと教えてくださいね?」
上目遣いで瞳を覗き込まれる。この子は身長が低いから、必然的にこうなるのかな。
「あ、そ、そうだね。私は
「わかりました。恵莉花先輩ですね!」
その子は手を合わせてにっこり微笑む。
「それじゃあ、ずっと玄関で立ってるのもなんですし、上がってもいいですか?」
「あ、ごめんね! うん。もちろん、どうぞ」
私は部屋の中へと案内をするように手を伸ばす。その子は嬉々として靴を脱いで部屋に上がる。ちゃんと靴を揃えるあたり、悪い子には見えない。
***
その子……
「これが先輩とここの部屋なんですねー。けっこういい感じですね♪」
「気に入ってくれたなら良かったよ。そこの扉の奥がトイレと洗面台。お風呂は共同の浴場があるからそっちに入りに行く感じ。あ、そうだ心愛ちゃん……」
名前を呼ぶと心愛ちゃんはむすっとした顔をしてこちらを振り返る。
「先輩? 『ここな』じゃなくて、『ここ』って呼んでくださいって言ったじゃないですか」
先ほど玄関で自己紹介をしたとき、確かにそんなことを言っていた気がする。その時、自分自身のことも『ここ』と呼んでいた。
もしかしたら名前で呼ばれるの嫌だったりするのかな。
「そうだったね、ごめんね。えと、ここちゃん。この寮二段ベッドだから、上下どっちがいいとかあったらいってね」
私は横の二段ベッドを指差した。ベッドには寮の管理とかをしているおばさんたちの親切ですでに布団は敷かれている。
「あ、別にどっちでも大丈夫ですよ。先輩は、どっちがいいとかあるんですか?」
「私も特にはないけど……今まで上だったからできれば上がいいかな」
「わかりました。それじゃあ先輩は上で寝てください」
「いいの? ありがとう」
自分から好きな方選んでいいよと言っておきながら正直助かった。一年生の時に一回上下交換してみたことがあるのだが、意外と寝心地変わるし、何よりその時に見た夢が上の段のベッドが崩れて下敷きになるもので変にトラウマになってしまったから。
「それに……ここは下で寝ることあまりないと思うので♡」
「ん? どゆこと?」
いきなり耳元に来られてそんなことを囁かれた。どういうことだろう。もしかして床で寝るのが趣味とか……? そんなことある……?
私が理解できなくて首を傾げて横を見ると、微笑み返された。
「それより、早く荷物片付けちゃいましょう。そうしたら、まだ時間もあると思うので、一緒にお出かけしませんか?」
呆然としていると、そんなことを提案された。ハッとして時計を見るとまだ十時。早めに来た方がいいと思ってこの時間に来たが、さすがに早く来すぎた。今日は何もなしいいだろう。
「そうだね。うん、いいよ」
「やった♪ それじゃあ、早く終わらせちゃいましょう!」
ここちゃんは胸らへんで可愛らしくガッツポーズをする。
それから私たちはせっせと自分の荷物整理を始めた。
***
「これで全部、かな。よし」
私は本棚に持ってきた教科書やら漫画やらを入れ終わり、持ってきたキャリーバッグが空になっていることを確認する。
「ここちゃん、私は終わったから、何か手伝うことあるー?」
振り返って服をハンガーにかけているここちゃんに声をかける。
「あ、大丈夫ですよ。ここももう終わりますので。それより、先輩はお出かけする準備とか大丈夫ですか? あれば今のうちにしちゃってください」
「うん、わかった」
といっても何もやることはないからそのまま座ってくつろぐ。
「お昼どうする? 一応食堂はやってるっぽいけど、そこにする? それとも外で食べる?」
私は作業しているここちゃんに話しかける。邪魔かなとも思ったけど何もしないのも暇だし、スマホいじってるのも気まずいし。
「うーん。これから何回も食堂で食べることになるんでしょうし、せっかくですから外で食べませんか? ここ、このあたりでいい感じのカフェ知ってますよ♪」
「そうだね。それじゃあそこにいこう」
そのままほどなくしてここちゃんの荷物整理は終わり、私たちは外に出た。
***
「先輩! こっちですよ!」
「待ってよー、そんなに急がなくても」
私の手をぐいぐい引っ張ってここちゃんは駆け足で前に進む。
「だって行きたいところ色々あるんですよ? 早くしないと遅くなっちゃいます」
ものすごくウキウキしているのが繋いでる手からに伝わってくる。そのまま手を引かれているとシックな感じの建物が見えてきた。
「ここです、先輩」
「あ、ここってカフェだったんだ。初めて知った」
寮から三分くらい歩いたところにある木で造られた建物。前からおしゃれだなと目には入っていたけどカフェだとは思わなかった。
扉を開けて入るとカランカラーンという音とともにいい匂いがしてきた。
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
「はい、そうです」
店員さんとここちゃんがやり取りしている横で店内を見渡す。木造りの柔らかい感じは中も同じで、思ったよりも狭かった。席は少なめだけど、カウンター席もあれば外に出て食べられるテラス席もあるみたいだった。店の奥にあるから、道路からだと気づかなかった。
「先輩、どこの席がいいですか?」
「えっ?」
店内をぼーっとしながら見ていると、ここちゃんに話を振られた。
「食べる席です。普通の席か、お庭の席で食べるか。ここはあんまりカウンターは好きじゃないですけど、先輩がそこがいいならいいですよ」
「うーん、せっかくだから、外で食べようかな」
幸い今日は雲一つない晴天。外で食べるのは心地よさそう。
そのまま席まで案内されて、注文を聞いて店員さんは去っていった。
「うーん、はぁー……気持ちいいですねー。こんなに晴れてるの人生初かも」
「そうだねー」
伸びをして深呼吸するここちゃんを横目に店の中を眺める。今店には私たち以外の客はいないみたい。私もここちゃんに連れられるまではカフェなの知らなかったし、隠れた名店的なやつなのかな。
「お待たせしました。パンケーキとワッフルとパスタ、カフェオレお二つです」
「来ましたよ、先輩! 美味しそうです!」
ここちゃんが頼んだパンケーキとワッフルと、私が頼んだパスタ、二人でお揃いで頼んだカフェオレがテーブルに並べられる。
「ごゆっくりどうぞ」
店員さんは頭を下げると店に戻っていった。
「美味しそうだけど……ここちゃん大丈夫?」
「え? 何がですか?」
テーブルに並べられたベリーとクリームが乗っているパンケーキとバニラアイスが付いてチョコソースがかかってるワッフルは、セットとかじゃなくてどちらも一人前のもの。しかもこの店のそれは普通よりも大きめな感じがする。
それに加えてパンケーキは三枚、ワッフルは二枚とサービス精神も旺盛だ。最初お昼ごはんに甘い物はどうなのかなと思ったけどこれを見た後だと納得できる。いや別の部分で納得できるか怪しいけど。
「いや、量多くないかなって」
「えー大丈夫ですよ。これくらいいつも食べてますよ」
それを聞いて私は驚く。この量は普通の人は食べきれないと思う。めちゃくちゃ量の多いラーメン屋の大盛りよりも多いんじゃなかろうか。少なくとも私だったら食べきれない。
「お、大食いなんだね……」
「そうですか? それに、女の子は甘い物好きなものでしょう? だからいっぱい食べたくなっちゃうんです♪」
いたずらっぽく笑うここちゃんはなんでも許されてしまうずるさがある。今そう感じた。
「ほら、早く食べないと美味しくなくなっちゃいますよ? いただきまーす♪」
「いただきまーす」
私はここちゃんにつられて手を合わせる。そのまま自分で頼んだパスタを啜る。あっさりした塩味のものを選んだから、するっと食べられる。野菜も美味しい。
「美味し~い♪」
ワッフルをほおばっているここちゃんは上機嫌だ。よく見せる天使のような笑顔とはまた違う、綻んだ笑みはこっちも笑顔になる。
「? どうしたんですか? 先輩。そんなに嬉しそうにここのこと見て」
「いや、食べてるここちゃん可愛いなーって」
「可愛い……せんぱーい。そういうの、気軽に言っちゃだめですよ?」
「えっ?」
ここちゃんは人差し指を立てて口元に持ってくる。私変なこと言ったかな?
「でも……嬉しかったので、パンケーキとワッフル、一口あげます」
「え、いいよ悪いし」
「だめです。受け取ってください。一緒に食べたほうがおいしいですよ?」
そういいながらすかさずここちゃんはワッフルを切り分け、付いているアイスを少し乗っけてフォークで私の口元に持ってくる。
「ほら先輩、早くお口開けてくださーい。一番おいしいところ切ってあげたんですから、食べないと損ですよ?」
「え、えっ!?」
私は急なことに焦る。そのうちに待っているここちゃんの頬が少しずつ膨らんでいく。
「ほら、あ~ん!」
「あむっ!? ……甘い、美味しい」
ワッフルがサクサクで、なのにアイスがクリーミーで、想像以上に美味しくて少しびっくりした。
「でしょ~♪ パンケーキも美味しいですよ、またお口開けてください」
上機嫌なここちゃんは今度はパンケーキにナイフを入れている。存外な美味しさに気を許した私は、今度は抵抗なく口を開ける。
「あ~ん」
「ん……ふわふわだー」
柔らかな甘さが口の中でいっぱいになる。クリームがそれを増幅させて、その中にベリーの酸っぱさがアクセントになって、幸せって……こういうのなんだろうな。
「ふふっ。先輩、お顔がとろけてますよ♪ 可愛い……♡」
「んー、言っておきながらここちゃんも可愛いって言ってるじゃん」
「今は言ってもいいタイミングだったので♪」
「なんだそれー」
またあのずるい笑顔だ。こっちも笑ってしまう笑顔。悪いことなんて何にもないからいいけど。
「あ、先輩。口にクリーム付いちゃってます」
そういってここちゃんはポケットからハンカチを取り出した。白いレースのハンカチに五本のバラの刺繍が入っている。
「これでよし」
「そのハンカチ……」
私は何となく聞いてみた。
「あ、これ、そうです。昨日拾ってもらったやつですよ。お気に入りになので、ちゃんと持ち歩いてます♪ だって……先輩との出逢いの証、ですからね♡」
ハンカチを胸に当てるようにして大切にする仕草をするここちゃん。
出逢いの証。昨日デパートに出かけていると、このハンカチを失くして困っているここちゃんがいて、それを助けたのが私たちの初めての出逢いだった。
バラには本数で意味があったはずだけど、五本は何という意味だったか、もう忘れちゃった。昨日のことを思い出せない自分の記憶力が少し心配になる。
「そんな大層なことじゃないと思うけどな……でも、大切にされてると、なんかうれしくなるね。……そうだ、もらってばっかじゃ悪いし、私のも食べる?」
「いいんですか!? やったぁ♪」
口を開けて待つここちゃんに、パスタを一口分けてあげた。
***
しばらくしてお昼ご飯は食べ終わった。私が食べ終わるくらいにはここちゃんもあの量をぺろりと平らげてしまっていた。
その後はここちゃんが「先輩に可愛い服着てもらいたいです!」というので服屋に行って、ここちゃんの着せ替え人形になった。
「可愛いです先輩! お人形さんみたい♡」
そんな感じのテンションで何着と着せられて、最終的に決まったのは端にフリルが付いている可愛い系の服。私はシンプルなものしか持ってないから、初めての領域だった。
一方ここちゃんは昨日の服も、今日の服もそういう可愛い感じのだった。そういうのを着こなしているここちゃんが選んだものだから、私に似合うものを選んでくれたとは思う。でもいつ着るんだろう。
そのまま寮帰ってきて、部屋に着いた。
「ただいまー」「ただいまです」
二人で誰もいない部屋に声をかける。
「この後どうしよっか」
意外と早くに帰ってきたため、まだ陽は落ちていない。
「うーん、夕飯までまだ時間ありますもんね」
「そうだね、先にお風呂入っちゃう? 一応あそこは今の時間でも開いてるし、今なら誰もいないだろうから空いてると思うよ」
買ってきたものをベッドの横において、ここちゃんに提案する。
「そうですね……一緒にお風呂入りましょう!」
そうして私たちは荷物をしまって、お風呂の準備をして浴場へと向かった。
***
「わぁ~! 想像以上に広いです!」
浴場は一階。二〇二号室の私たちの部屋は二階だから、少し遠め。予想通りまだ人は一人もいなかった。
中はシャワーが十本ちょっと用意されてあって、浴槽は銭湯の一番大きい浴槽がドンとある感じ。それを見てここちゃんは子供みたいな反応をしている。
「入るときは、まず洗ってから。この寮のマナー、というより、もうルールみたいなものだね」
普通の銭湯や温泉でもそうだろうけど、この寮では特に厳しく言われていて、それを破っただけでお風呂掃除一週間させられるとか噂を聞いたけど本当かは不明。まあ破る気ないから関係ないけど。
「なら大丈夫です。ここ、家でも洗ってから入るタイプだったので。あ、先輩。今日のデートのお礼に、洗ってあげますよ」
「デートって……それに悪いよ」
「いいんです。ここが洗いたいので。ほら、座っちゃってください」
肩に手を置かれ列車のように押されながらシャワーの前で座らされる。ここまできたらやってもらうしかない。
「それじゃあ、頭からいきますねー」
髪をシャワーで濡らして、シャンプーを付けて洗われる。意外と悪くない心地よさを感じる。
「先輩こんなに髪長かったんですねー。腰くらいまである」
「いつもは編んで前に垂らしてるからねー、あんまりそういうイメージないかもね」
目を瞑ってここちゃんの手を感じる。わしゃわしゃされて、シャンプーがどんどん泡立っているのを感じる。
「それじゃあ、流しますねー」
ジャーっと音を立てて髪がさっぱりしていく。そのまま、コンディショナーで髪を整えて、身体も洗う。
「……先輩、背中に黒子あるんですね」
背中を洗っている最中に、ここちゃんが言い出した。
「あーそうかも? 自分の黒子の位置とかよく覚えてないや」
自分が覚えてる黒子なんて左目の泣きぼくろぐらいだ。
「そうなんですか? 確かに、ここも自分の黒子とかあんまりイメージないかも。でも……先輩の背中の黒子、ちょっと色っぽいです」
「えーそんな、ひゃっ!?」
急に背中にくすぐったさを感じて、跳ね上がってしまった。
「あ、ごめんなさい! 気づいたら、つい指でなぞってしまって……な、流しますね」
そのまま私の番は終わって、今度は私がここちゃんを洗ってあげた。背中は綺麗で黒子はなかった。
「ふぅ~。いい湯ですねぇ~……」
湯船に入ると、ここちゃんは蕩けたような顔になった。
「そうだね……って、何でそんなにくっついてるの?」
誰もいない大きな浴槽に、私たち二人だけなのに、ここちゃんは私にくっついて肩の頭を乗せている。
「もしかして、のぼせちゃった?」
「そんなわけないじゃないですか~。ただこうした方がもっと気持ちよくなれるだけですよ。あ、でもこれだと先輩は肩まで浸かれませんよね。先輩がリラックスできないのは困りますから、退きますね」
「別にそのままでもよかったけど……」
そう話していると、他の人が浴場に入ってきた。
「そろそろ上がりましょうか、先輩」
私たちは湯船から上がって、そのまま部屋に戻った。脱衣所にはもう何人か人がいて、ちょうどいい時間に上がれた。
***
「……ん? 何で上に上がってきてるの?」
お風呂から上がった後、夕飯を食べた。昼にあんなに食べたのにここちゃんはまた大盛りのご飯を平らげていたから少し怖くなった。この子の胃はどうなっているんだろう。それにあんなに食べているのにものすごく痩せている。うらやましい。
そのあとは明日学校だからと早めに寝ることにした。のだが。
「え~先輩と一緒に寝たいからじゃないですか~。だめですか……?」
何故か二段ベッドの上の段……私のベッドにここちゃんは入ろうとしてくる。
「だめじゃないけど、狭いよ? 落っこちちゃったら困るし」
「大丈夫です。ここ、寝相はいい方なので」
「そういう問題なのかなぁ……まあ、ここちゃんがいいならいいけど」
そのまま二人で布団に入って、電気を消す。早めに寝たとはいえ、もう外は真っ暗だから、ここちゃんの顔は見えない。
「うわっ、いきなり抱き着いてどうしたの?」
急にここちゃんが私の腰に手を回してきた。そのまま私の胸の顔を押し当てている。
「はぁ……先輩いい匂い。落ち着きます……♡」
「そういやここちゃん、うさぎの抱き枕持ってきてたよね。もしかして、なにかに抱き着いてないと、寝れないタイプ?」
「……今日一日過ごして思いましたけど、先輩って、結構……いや、何でもないです♪」
「えーなにー。気になるー」
ちょっと不服そうな感じの雰囲気だったけど、真っ暗だからよくわからなかった。
「それより、先輩。今日はいきなり誘ったのに、付き合ってくださりありがとうございました」
「ううん、別に大丈夫だよ。それに、私も楽しかったし。また一緒にお出かけしようね」
「はい! 絶対しましょうね♪」
私は横を向いてここちゃんの頭を撫でてみる。こうしたら眠れるかなと思って。
「ふわっ、先輩……? 気持ちいい……。頭、撫でてくれるんですか?」
「こうしたら、眠りやすいかなって」
「ふふっ、嬉しいです。それじゃあ、ここが眠るまで、こうしていてくれますか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、先輩、おやすみなさい。また明日」
「うん。おやすみ」
ここちゃんのぬくもりを感じながら、目を瞑った。
明日から学校。ここちゃんとの生活も、これから慣れていくといいな。今日過ごした感じだと、ここちゃんいい子だから、これからも楽しいだろうな。
私は、意識が落ちるまで、ここちゃんの髪の感触を手に感じていた。
続
***
頭を撫でる手が止まったのを感じて、目を開ける。
「……先輩? もしかして、寝ちゃったんですか?」
目の前の人の頬を指で突っつく。それでも反応がないのを見るに、完全に寝ている。
「……先輩。今日は本当にありがとうございました。ここ、先輩のこと大好きですよ。初めて逢った、昨日から。初対面なのに、あんなに一生懸命ここのことに尽くしてくれて。今日も、いろんな優しさをくれました。最初、先輩の相部屋の人がいなくなるっていうのを聞いて、申し訳ないですけど、チャンスだって思ったんです。だから、ちょっとだけ、ずるをして。一緒の部屋になるようにしてもらいました」
少し体を上げて、顔が同じ位置になるようにする。
「でも、先輩、結構鈍感だから、ここの気持ちに気づけますかね。意地悪ですけど、気づいてほしいから。ここ、直接は伝えてあげません♪ だから、アプローチいっぱいして、先輩のこと、墜としてあげますね♡」
顔を近づけて、頬にキスをする。
「……唇は、先輩がここのことを好きになってから。先輩から、ここにしてもらうんです。だから。覚悟してくださいね、先輩♡」
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