真紅と出会ったあの日の君を

真白 まみず

真紅と出会ったあの日の君を

 真っ黒に染まる夜の空に、轟音と共に美しい花が咲き誇る。その花は一瞬輝き、残響を残して消えていく。それでもこれでも、空を眺める人全員を魅了するには十分な時間だ。僕も例外なく魅了された一人である。花火が、狂おしいほど好きだ。

 高校2年生の夏。毎年行われる花火大会に黒い浴衣を着た僕は一人で足を運んでいた。ボッチだから?ときっと疑われるだろうが、そうではない。これはある種のこだわり。一人の世界で、あの美しさを、五感の全てを使って味わいたかった。それが理由で、同級生からの誘いも断った。

 会場につき、あたりをフラフラ見て回る。誰かがぶら下げる金魚。かすかに聞こえる虫の鳴き声。下駄と地面が擦れて出る「カランカラン」という音。グローバル化の進むこの国も、この場所だけは風情と呼ばれる和が広がっている。そして、間違いなく、ここにいる全員が花火を楽しみにしている。今日は「和」の日だ。花火の元は中国なんだけどね?それを美しく着飾り、魂を込めたのは日本である。

 午後21時。幽かに聞こえる「ドォォォン…」という儚い音と共に、今年の花火大会の開始が告げられた。赤色の、美しい花火だった。続々と上がる花火。大きな花火が上がるとともに、周りのギャラリーが「おお…!」と沸き立つ。そんなことには目にもくれず、僕は花火を感じていた。毎年内容は変わるが、本質は同じである。今年も、美しい。毎年毎年、同じ記憶を、僕の脳が目から保存する。

これで、今年の夏も終わりだ。また、平凡な日常がやってくる。

「ドン!ドン!ドン!」

2回の音にワンテンポ間を空けて、間違えなく聞こえた。周りを見ると、空を見上げて花火が上がるのを心待ちにしている。違う。これは花火の音じゃない。これは、また別の嫌な火薬の音。空を見上げて動かない大衆の中、音の出どころへ一人走った。気になった。こんな美しい音の中、残響もない濁った火薬の音を出す人物を。

 見つけるのは簡単だった。上を向いている人だかりの中、上を眺めていない人物を探すだけ。

「君は、ここで何をしていたんだ?」

そう呼び掛けると、音の主がゆっくり振り返った。右手には音の正体、火薬の伝来と共に作られた武器の進化系、拳銃を持っていた。

「なかなか、死ねなくて」

黒髪ボブの、同年代ぐらいの美少女がゆっくりこちらに歩いてきた。銃口は彼女に向いていた。

「どうして?どうしてこんな日に死のうとした?」

死にたい理由より、こっちのほうが気になった。普通の自殺したい人なら、この花火を楽しんだ後、ゆっくり死ぬだろう。だが、今、花火はまだ上がっている。どうして今なのか、僕はそれが気になって仕方がなかった。

「ほら?美しい物と共に散ったら、自分も美しくなれそうだと思うじゃん?醜かった私の人生、こうすれば、美しくなれるかなと思ったから」

「そんな話はない。君の事情は残念だけどわからない。それに、僕は止めるつもりはない。だけど、ここはやめてほしい。君のそれが見つかったら、花火大会が中止になる」

彼女はうーん、と一瞬悩んだ。

「わかった。その代わり、一つ約束してほしいの」

「なんだよ」

そう言うと、彼女はさっきから右手でプラプラしていた拳銃を構え直した。照準は、僕だ。そのとき、ちょうど彼女の背後で、大きな花火が上がろうとしていた。嫌な予感がする。

「私の代わりに、美しく儚く死ねるか試して」

そのとき、僕は気づいた。あぁ、きっと彼女も花火に魅入られたのだ。僕と同じ。シンパシーのように感じた。それは、彼女を最初に見つけたときに見た姿からだろう。赤い派手な浴衣に、哀れな瞳、そして、僕が止めなかったら散っていたであろう、儚い命。

「いやだよ」

聞く耳を持たず、彼女はトリガーを引こうとした。そして僕はおかしなことに、本能的にも、避けようとしなかった。花火に、魅入られた。

「ドォォォン…………………………」

真紅の花火と共に、真紅の液体が吹き出る。だが、これでは、死なない。

 それにしても…なんて、美しいんだろう。

反動で倒れ込む僕を彼女は上から見下ろすように上に立ち、ゆっくりと、僕にキスをした。

そして、は〜〜っと大きなため息をした後、僕に告げた。

「決めた。一年後、もう一度ここに君と来る。今度こそ君を撃ちに。そしてその間に君は人間という愚かな生き物に絶望していてほしい。それで私に殺されて。今の君はキレイ。いつでも死ぬような、儚さを体現してくれた。そして一年後こそ、命の残響を私に見せて」

僕は、頷いた。彼女に魅入られたのだ。そうして、真紅の夜空と真紅の浴衣を纏った彼女と奇妙な1年が始まった。

 あれから、3年がたった。僕は生きている。今となっては、あれも想い出となってしまった。そして僕は、今年も"一人で"花火を見に来ていた。すると

「儚いね」

 後ろで声がするも、振り返らなかった。

 そして、クスッと笑う声がした。

 僕も、クスッと笑った。

 もう、ずっと一緒にいられる。

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