第11話 月明かりの妖狐
オレと撫子が野営場所に戻ると日は暮れ、夕闇が辺りを包んでいた。月光が頼りの明るさと物音のしない静けさが撫子を不安にさせる。撫子は辺りを見渡すと
「桜、帰ったよ。何処にいるの?返事をして」
と桜を探し始めた。返事がない。オレも心配になり、辺りを探す。その時だった。ドーム状の建物から、こちらを覗き込む目が光った。オレと撫子がそちらに視線をやると
「遅いよぉ、なぁちゃん。ご主人様。」
と言いながら、桜が出てきた。相当心細かっただろう、桜は半ベソ状態だった。その姿を見るなり撫子が桜に抱きついた。
「ごめんね、桜。遅くなっちゃって。…桜までいなくなったと思って心配したよぉ。」
撫子の心配に桜が抱きしめ返して答える。その姿が2人の姉妹としての関係の強さを物語っていた。オレは、2人に近づき、
「ごめん。オレが急に飛び出したせいで、桜にも怖い思いをさせちゃって。」
と謝った。桜は2度首を振ると
「大丈夫だよ。なぁちゃんもご主人様もちゃんと帰ってくると信じてたから。」
と返してきた。桜もオレを気遣っているのは、明らかだった。先程の桜の姿を見れば、1人で待っていたのは寂しかったはずだ。桜にも妹の姿が重なってしまう。2人を愛おしく思う気持ちが、不知火から託された使命感をより強くさせた。
「ありがとう、桜。オレ達を待っててくれて。」
オレが桜に礼を言うと、薄明かりの中、桜がニコリと笑った。撫子に会えて、安心したのか桜の無邪気な声が聞こえる。
「あっ、ご主人様。そういえば、お腹は、大丈夫?空いてたんでしょ。私、食べずに待ってたんだよ。2人がいない間に焚き木も拾って置いたんだから。」
オレが桜の健気さを褒めようとすると、その前に撫子が
「えらぁい、桜。見直しちゃった。いつからそんなに大人になったの。」
と言って、桜の胸に顔を埋めて、ぐりぐりと首を振った。桜は、顔を赤らめて
「やめてよ、なぁちゃん。」
と、嬉しそうに嫌がった。撫子と桜が戯れあっている。暗闇で良く見えないが、それが逆に妄想を膨らませ、ドキドキする。
『ただの変態だ。』
そう思い、我に帰る。男は、大抵変態だが、自覚すると妙な切なさを感じてしまう。そんな気持ちを隠しながら、2人に声をかける。
「撫子、桜。ありがとう。2人がいてくれて助かったよ。」
その言葉を聞くと撫子と桜の耳がピクンとこちらに向いた。撫子と桜は、戯れ合うのをやめ、立ち上がるとオレの方に歩いてきた。2人の影から大きな尻尾が揺れているのが分かる。撫子は、オレの前に立つと両手でオレの手を取り、上目遣いでオレを見ながら
「助かっただなんて…助けて頂いたのは、私たちの方ですわ。」
と言い、それに続いて、桜もつぶらな瞳でオレを見ながら
「あの時は、お母様の事で頭がいっぱいで、ちゃんと御礼も言えず、ごめんなさい。」
と言った。撫子と桜の瞳は、しっかりとオレを見つめている。恥ずかしさから、目線を外したかった。だが、月明かりで見える2人の姿は、あまりに幻想的で美しく、目を離す事はできなかった。これを人は心を奪われると言うのだろう。ドキドキが止まらない。そんなオレに桜は、
「お母様と私達を助けてくれてありがとうございます。ご主人様。」
と言って、優しく抱きついた。体にあたる大きな胸がオレの動悸を加速させる。そして、撫子も
「この御恩は、一生忘れませんわ。」
と言うと、オレの手を自分の胸に持っていき、
「私達の身も心も捧げて、ご主人様にお仕えすると誓いますわ。」
と言って、目を閉じた。撫子の鼓動がオレの手に伝わってくる。それが撫子の言葉の重みも伝えてくる。オレは、その想いに応えるように
「ありがとう。じゃあ、オレも誓うよ。2人を護り続けるって。」
と2人に伝えた。ドキドキはしている。でも、2人への覚悟が動揺を消していった。オレの言葉に撫子と桜は少し頬を赤らめ、何も言わず、オレの傍に寄り添った。2人の尻尾が大きく揺れている。暗闇の中、静かな時間が流れた。
(ぎゅるるる)
刺激的な時間もオレのお腹には関係が無かったらしい。3人のドキドキした時間が笑いに変わり、現実に戻る。桜が笑いながら
「ふふふっ。本当にご主人様は、お腹ペコペコなんだね。」
と言ってオレの手を取る。撫子も
「そうね。遅くなりましたが、お食事にいたしましょう。」
と言って、オレの手を取りながら食料のある方へと連れていった。どうやら月明かり程度でも、撫子や桜にとっては、周囲を把握する事は問題ないようだった。食料の所に着くと早速、桜が何かを持って
「はぁい、ご主人様。あーん。」
と言って何かを食べさせようとした。オレは、見えない恐怖と美女に何かをされようとしているドキドキ感に居た堪れず
「ま、待ってくれ、桜。とりあえず焚き火をつけないか。」
と言って桜の差し出す手を遮った。撫子はその様子を見ると
「そうですわね。では、私が。」
と言って、予め用意してあった薪の山に手を翳した。
(ボワっ)
撫子が手を翳すと同時に薪の山に火がつく。火の光が辺りを包み、撫子と桜の姿をハッキリと映し出す。今まで直視できなかったせいか、改めて思う。この2人を前に理性を保てる男がどれだけいるのかと。撫子は、腰まであるブロンドの髪を火の揺めきと一緒に靡かせ、誰をも虜にしてしまいそうな漆黒の瞳を此方に向け、微笑んでいた。豊満な胸を巫女服に包み、妖艶とも言える美しさを放ってる。桜は、肩まである髪を首の辺りで内側にカールさせながら、無邪気な笑顔と純粋で大きな瞳を此方に向けていた。幼さの残る顔からは想像できない身体と大胆な動きがオレを魅了する。2人の姿に呆けているオレに撫子が声をかける。
「どうかされましたか?ご主人様。」
覗き込む様に見てくる撫子に動揺を隠しながらオレは
「いや、何でもないよ。ただ、撫子も魔法が使えるんだなって。それも詠唱とか無しで。」
と言って誤魔化した。実際、撫子が手を翳しただけで魔法を使っていた事に違和感があったので、丁度良かった。撫子は、くすりと笑うと
「私だけでなく、桜も魔法は使えますわ。これでも九尾の娘ですから。」
と言い、魔法について話始めた。
「ご存知かもしれませんが、魔法には、資質が必要ですから誰もが使える訳ではありませんわ。大地や大気を操る為の力を持っているのは、魔法神ソフィア様の加護を頂いた者だけですので。」
『魔法神?この世界には神様が存在するのか?』
オレの頭に疑問が過ったが、何も言わず、撫子の話を聞き続けた。
「ご主人様の言う詠唱とは、魔法の名前の事でしょうか?基本的に魔法に名前はございませんわ。魔法というのは、しっかりとイメージさえできれば、発動いたしますので。ただ、強力な魔法や繊細な魔法は、イメージし難いので、名前をつけてイメージし易くする事があります。あと、多くの魔法を持っている方は、魔法が混在しない様に名前をつけていると聞きます。それから…。」
撫子が魔法について語り続けようとすると
「なぁちゃん、話が長いよ。このままだとご主人様のお腹が大変な事になっちゃうよ。」
と桜が言ってきた。撫子は、口を手で抑ぐと
「すみません、ご主人様。私ったら…」
と恥ずかしそうに言った。撫子がモジモジしていると桜はオレの横に座って林檎の様な果実を
「はい、ご主人様。食べて。」
と言ってオレの口に近づけてきた。それを見た撫子は
「ダメよ、桜。いくら殿方でもご主人様にそのまま、お出しするなんて。ちゃんと皮を剥いてお渡ししなきゃ。」
と言って果実を取り上げた。桜は顔を膨らませると
「もぅ、なぁちゃんは、真面目なんだから。ご主人様はそんな事気にしないよね。」
と言ってオレを見る。桜の瞳がオレの答えを待っている。オレが答えてやろうとすると
「だぁめ。私達のご主人様なのよ。誠心誠意尽くさなきゃ。」
と言って、撫子は、腰に着けていた小刀で果実を切り始めた。桜が瞳をウルウルさせながら
「ご主人さまぁ」
と小声で甘えてくる。まるで怒られた後の猫の様だ。オレは桜の頭をポンポンと触ると
「2人とも聞いて欲しい。オレ達は今、主従関係にあるけど、気を遣わなくてもいいから。正直、成り行きで主人になったわけだし。ご主人様って言われるのもムズ痒いというか…呼び方は…永遠でいいよ。もっと早くに言えば良かったんだけど。」
と少し苦笑いしながら言った。桜はその言葉を聞いて目を輝かせると、オレに抱きついてきた。そして
「ご主人様、だぁい好き。じゃあ、これからは、うーんと…永遠ちゃんでいい?」
と聞いてきた。
『永遠…ちゃん。いやいや、この歳になってちゃん付けはマズイだろう。」
オレは、それは、と断ろうとしたが、桜の円な瞳がそれを拒んだ。あの瞳には、勝てない。オレは諦めて
「…いいよ。永遠ちゃんで」
と答えた。桜は満面の笑みを見せると尻尾を大きく振りながら、オレにまた抱きついてきた。その様子を見て撫子は、小刀を腰に戻すと切り終わった果実をオレの前に持ってきて
「ダメですわ、ご主人様。成り行きは如何あれ、主従関係が成立している以上、その関係を有耶無耶にしては、いけませんわ。永遠ちゃんだなんて…ご主人様がダメなら、せめて永遠様と呼ばせて下さいませ。桜もいいわね。」
と言って、一口台に切った果実をオレの口に押し当てた。そして、オレの口に果実を入れると耳元に顔を近づけて
「それと…私が勝手に永遠様に尽くすのは宜しいですよね。」
と囁いた。口の中の果実が喉を通らない。撫子は、そのままオレの腕に胸を押し当てて、次の果実を手に取る。どうやら撫子の何かのスイッチを押してしまったらしい。
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