第12話 神子
オレは状況を変えようと頭を巡らせる。そして、撫子が次の果実をオレの口に近づける前に
「なぁ、撫子。さっきの話なんだが、魔法は、イメージができれば、どんな魔法もできるのか?」
と聞いた。撫子は、オレの口に果実を入れると
「永遠様は、何故その様な事をお聞きになるのですか?」
と逆に聞いてきた。撫子の顔は不思議そうにオレを見ている。オレは口の中の果実を飲み込むと
「正直に言うと魔法についての知識が殆ど無いんだ。魔法だけでなくて、この世界の事も。」
と正直に答えた。桜はキョトンとした顔で
「永遠ちゃ…永遠様は記憶喪失なの?でも、魔法使ってたよね。」
と聞いてきた。オレは、大まかではあったが、これまでの事を語った。
「上手くは説明できないんだが、オレは少し前まで、此処とは別の世界にいたんだ。だけど、色々あって、気づいたらあそこの洞窟の中で倒れていた。そこで、急に光るスライムが現れて、それを食べたら魔法が使える様になったんだ。その時、スライムの記憶が…。」
「ちょっ…ちょっと待って下さい、永遠様。今、光るスライムを食べたと仰いましたか?」
撫子が珍しく動揺しながら聞いてきた。
「えっ。あ、うん。まぁ、食べたというよりは、あっちから口に入ってきたんだけど。」
オレがそう答えると、桜も動揺しながら
「たぶん、そのスライムは、あの洞窟の守護者で、この地の精霊様だよ。」
と言った。オレが理解できず、呆然としていると撫子が捕捉して話した。
「永遠様。この世界には、自然神リリアナ様の加護を受けた精霊様が各地の守護者として配置されているのです。精霊様の姿や属性は、その地によって様々ですが、スライムは、水の精霊様と言われています。その中でもあの洞窟のスライムは、この地だけでなく、竜の巫女様から力を与えられて、その宝を守護する事を任された最強のスライムと言われていたのです。史実では、その宝を狙った王国の軍隊でさえ、そのスライムに滅ぼされたと云う程なんですよ。その後も名だたる冒険者や英雄と呼ばれる者達がそのスライムに挑みましたが、生きて帰ってきた者は聞いた事がありません。その伝説のスライムを永遠様は食べたんですか?」
正直、事の重大さにピンとこなかった。むしろ、撫子の話に洞窟内の白髪の遺体は、宝を狙った何者かで、竜の巫女でなかった事に安堵するくらいだった。だが、撫子と桜の動揺に
「それってかなりヤバいことなのか?まさか、この地が無くなったりとか?」
と確認した。撫子は、少し落ち着きを取り戻し
「正直、精霊様を食べたなんて話は初めて聞きましたので…ですが、噂で精霊様を倒したという話を聞いた事はあります。その時は、程なくして新しい精霊様が生まれ、その地が無くなったりはしなかったようです。」
と答えた。そして
「でも、永遠様があのスライムを取り込んだのでしたら色々と納得がいきますわ。」
と加えた。オレが
「どういう事だ?」
と聞くと、撫子はオレの知りたかった事を色々と教えてくれた。
「永遠様は、まず間違いなく竜の巫女様と縁があると思われます。そもそも力の継承というのは、その力の適性がないと受け継がれません。もし、適性がないと肉体や精神の崩壊を起こして魔物化する事さえあります。たとえ適性があったとしても適合率が低ければ、その力を使えない事もあります。なので力の継承は、一般的に血縁者や同族の者に受け継がれる事が多いのです。力の継承方法には、幾つかありますが、大抵は継承者に血肉を与える事が多いです。今回は非常に稀なケースですが、神体を有する精霊様だった為、肉体や精神の崩壊がなく、竜の巫女様の力が、そのまま永遠様に継承されたのだと思います。」
撫子の話の合間を見て、桜がオレの口に果実を入れる。
「あの竜を倒した魔法は、永遠様が放った魔法ですよね。」
撫子の問いにオレは頷いて返した。その返答を見て、桜は
「えっ。あの魔法、永遠ちゃんが使ったの。」
とトロンとしていた目を見開いて驚いた。撫子は、
「桜。永遠ちゃんではなく、永遠様でしょ。」
と注意すると先程の話を続けた。
「あのレベルの魔法を使える者は極僅かです。ましてや複数の属性の魔法を使えるのは、創世神様方か、魔法神様の血族、あとは竜の巫女様くらいです。それを永遠様が行使できた事を考えると、永遠様は竜の巫女様に縁がある可能性が極めて高いと思います。」
『やっぱり竜の巫女は、未来の可能性が高いという事か』
オレは、そう思いながら魔法について確認を続けた。
「という事は、基本使える魔法は単属性という事か?」
オレの問いに撫子が答える。
「えぇ、そうです。基本は、1種類の属性しか使えません。イメージができても、適正属性以外は使う事はできません。魔法だけでなく、特殊な力を持つ者は、必ず神の遺伝子である神子を体に宿しています。その神子によって魔法の属性や魔力等が決まるのです。その為、力の継承には、適正や適合率が存在するのです。ただ、先天的に力の継承が成された場合は、配偶者の遺伝が影響して、魔法の属性等が変わることもあります。」
撫子の話が子守唄になったのか、桜はウトウトしながらオレにもたれかかっている。撫子は、桜を横にすると、小さくなってきた焚き火に木を追加した。オレは確認を兼ねて撫子に聞いた。
「という事は、オレは竜の巫女と何らかの関係があって、竜の巫女の力を持つスライムを食べた事で、その力を使うことができるようになった…って事でいいのかな?」
撫子は軽く頷くと
「えぇ、その通りです。まぁ確証はありませんが…」
と言って、寝ている桜の頭を撫でる。
「先程、永遠様が魔法に詠唱が必要かと仰った件は、巫女様の力を受け継いだとすれば、両方が考えられます。あれだけ強力な魔法は、イメージするのが難しいですし、巫女様は数多の魔法を使ったと伝承がありますので、それを使い分けるには詠唱が必要だったのだと思います。」
流石に撫子の瞳も眠そうになってきた。オレは
「ありがとう、撫子。撫子のおかげでこの世界の事を少し理解できたよ。また色々教えてくれ。」
と言って、撫子の頭を撫でた。撫子は顔を赤らめると
「永遠様のお役に立てたなら嬉しいですわ。私に分かる事でしたら何でも聞いて下さい。永遠様のためなら、わたくしは……。」
と言ってオレに寄りかかった。オレは、身体を預けてくる撫子を軽く抱きしめる。撫子は瞳を閉じると吐息と共に眠りについた。相当疲れていたのだろう、でもその寝顔は安らかだった。オレはドーム状の建物に竜の遺品で回収した毛皮を敷くと2人を連れていった。2人ともぐっすりと寝ている。オレは焚き火の近くに戻り、残っていた果実を自分の着ている布で拭くと皮ごと齧り付いた。甘酸っぱい味が何だか懐かしくホッとする。オレは仰向けになり、夜空を眺める。少し欠けた月と小さな星々が輝いる。その光景は、前の世界と変わらなかった。オレはゆっくりと目を閉じる。
『色々な事があった。剣と魔法、スライムと竜、そして獣人。ゲームでしか聞かないフレーズが現実に存在する世界。正直、まだ理解はできていないけど、受け入れるしかない事実だ。…あの時、オレの頭に語りかけてきた神を称する男。あの男の言葉が事実なら、オレ以外に6人に神の力が与えられ、創った世界なのだろう。じゃあ、ここは地球???』
現実離れした疑問に頭が痛くなる。
『オレ自身が現実離れしている。可能性はあるにしろ、今は考えない事に…いや、その可能性があるから未来はこの世界にいるんじゃないのか。』
その答えに目が覚める。そして、氷の棺を見て不知火の言葉を思い出す。
『竜の巫女の名は、タノガミ ミク。地球がどうなって、この世界に変わったのかは分からない。だけど、未来はこの世界を生き抜き、今も何処かで生きている。その可能性がある。たとえ姿が変わっていたとしても』
その希望がオレに安らぎを与えてくれる。オレは再び目を閉じ、深い眠りについた。
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