第10話 水晶の髑髏

まだ撫子達が戻って来るまで、時間があるだろう。オレは、魔法に対する確証を得るために一つ試してみる事にした。

『野営のための家』

そう考えると頭に言葉が思い浮かぶ。

"ソルア"

オレは、手を大地について

【大地祠(ソルア)】

と唱える。すると大地が盛り上がり、ドーム状の建造物ができる。近づいて建造物の中を確認すると、イメージの問題なのか、力の問題なのか、少し小さめな感じがした。だが、野営には十分な物だった。オレは、その場に座り込むと魔法について整理した。

『グングニルを使った時は、どんな魔法か分からない以上、無闇に使えないと思ったが、それは間違いだった。どれが何の魔法かオレは知っていた。あのスライムを食べた時に全て…。人は、学習した事が当たり前の事になるとその過程を省く。例えば、1+1=2。誰もが直ぐに答えが出るだろう。だが、足し算を覚えたばかりの時は、リンゴ等を連想し、1つにもう1つ加えた時に幾つになるかを考え、2つになると答えを導き出していたはずだ。だが、足し算が知識や経験で当たり前の事になると過程を省いて答えを出すようになる。今のオレにとって魔法は当たり前の事になっていたようだ。竜達の時は、土竜から自分の身を守るには(=)、人であるオレが竜達の戦いを生き抜くには(=)、竜達を殺すには(=)、"グングニル"。不知火の時は、不知火の消滅を防ぐには(=)、"バラフコフィン"。野営をする為の家は(=)、"ソルア"。オレは、問題の答えを直ぐに魔法という形で導き出していたのだ。』

スライムの…いや、竜の巫女の知識、経験がオレの体に受け継がれている。まだ、竜の巫女が未来と確定した訳ではないが、魔法という形で未来と繋がっている気がして、胸の中が熱くなった。

『だが、魔法の威力や大きさの法則性は、まだ分からない。イメージなのか、ゲームとかでいう魔力量なのか、他の何かなのか…。これは、自身の経験で補っていくしかないのかもしれない。』

魔法に対する考えがまとまった所で撫子達が帰ってきた。撫子と桜は、腕にいっぱいの果物を抱えていた。

「ご主人様、果物を見つけてまいりましたわ。」

撫子は、そう言いながら駆け足でこちらに向かってくる。果物と一緒に揺れる胸にドキッとして反射的に目を逸らしてしまう。その時、沈み始めた太陽の光に反射して光る物を見つけた。オレは、ハッとして立ち上がる。急に立ち上がったオレを見て、桜は

「ご主人様ったら、ホントにお腹が空いてたんだね。さぁ、食べて。」

と言って、オレの前に立つと胸と一緒に果物を差し出す。オレは、胸と上目遣いをする桜の顔にドキドキするも、忘れていた使命を思い出して

「折角、取ってきたくれたのにごめん。悪いけど、2人は、ここで待っててくれ。」

と言って、竜達の亡骸に向かって走り出した。その姿を見て撫子も腕に抱えた果物を置くと走り出した。

「待って下さい、ご主人様。私もお供致します。」

撫子の行動に桜もついて行こうとするが、

「桜は、待ってて。私たちが帰るまで、お母様の側に居てあげて。」

と桜を制する。撫子は、桜が母親を気にしていた事を気づいていたらしい。桜は、不知火の柩をチラリと見るとその場に立ち止まり、

「なぁちゃんのバカ…。こんな時ばっかりお姉ちゃんぶるんだから。」

と呟き、オレと撫子を見送った。

オレは、純白の竜の亡骸に着くと角輪を手に取った。黒マントの男の時は、手を弾かれていたが、オレが手にした時は、逆に手に吸い付く様だった。まるで主人を待っていたかの様に。オレは白い宝玉の付いたその角輪を見つめ、竜達の事を思い出す。

『不知火親娘の件で忘れていたが、竜達の遺品を集めなければ…』

その思いから竜達の言っていた光る石を探して周囲を見渡す。すると後から追ってきた撫子が声をかけてきた。

「ご主人様、それは何ですの?」

「撫子…。」

オレは一言言って沈黙する。隠す必要のない話だが、上手く説明できない。この世界では、普通かもしれないが、現実離れした話をどう言ったらいいか分からなかった。

「これは、竜達の遺品だ。その…託された。竜達の後継者に渡すように…。」

上手く言葉が出ない。

「他にも光る石があるようなんだが…。」

日が傾き始めた。オレの片言の説明に撫子は頷くと

「光る石…?。其れを探せば宜しいんですね。分かりましたわ。」

と言い、辺りを探し始めた。撫子の気遣いに感謝し、オレも探し始める。

『でも、光る石ってどんなのだ?光る以外の特徴が分からない。』

オレが頭部を探し終わり、首の辺りを探そうとすると腹部の辺りで、撫子が両手で何かを持ちながら

「ありましたわ、ご主人様。」

とオレを呼んだ。撫子の側に行くと、その手にはオレでも分かる宝石があった。ダイヤだ。撫子の手の中でダイヤが夕日の光を吸収してキラキラと輝いている。撫子がダイヤをオレに手渡す。

「ありがとう、撫子。きっとこれだよ。日も暮れてきたから、急いで他の竜達のも探そう。」

オレがそう言うと撫子は嬉しそうに頷いた。そして、他の竜達のダイヤを探しに行った。

『光る石がダイヤ…そしてコレが竜達の力を引き継ぐ…』

背中がぞわぞわする。もしかして、このダイヤは、竜達の分解された炭素でできているのかもしれない。美しく輝くダイヤが、その見た目とは裏腹に禍々しいオーラを宿しているように思えた。オレは、手に角輪とダイヤを抱え、黒竜の亡骸に向かう。確か、撫子がダイヤを見つけたのは、腹部の辺りだったはず。オレは、腹部の辺りを重点に探す。沈みかけた日の光が2つの反射物をオレに教える。

『2つ?』

近づくとそこには、黒いダイヤと一緒に水晶でできた髑髏、そして、その髑髏を守る様にバラバラになった人骨があった。水晶の髑髏は、ダイヤとは違い、明らかに凶々しいオーラを放っていた。そのオーラが竜達を操っていた呪具である事を物語ってる。竜達は、グングニルが呪具も操っていた奴も一掃したと言っていたが、呪具は破壊しきれなかったらしい。

『黒マントの奴らは、竜達にこんな髑髏を入れて操っていたのか。それに人骨…。もしかして呪具と一緒に人を食わせたのか?もしそうなら、酷すぎる。そこまでして何を成したかったんだ。鍵を握るのは、この角輪か。…それにしても隷属契約…呪具と呪術が使えれば、竜でさえ操れるのか。どれだけ強制力があるんだ。』

竜達の悲劇が思い出される。

『もう竜達の様な悲劇を繰り返させてはいけない。』

その思いが、オレに剣を高く掲げさせる。そして、右手に力を込めると髑髏に向けて振り下ろした。

(パリーン)

ガラスが割れる様な音と共に水晶の髑髏は粉々に砕け散った。

『これで竜達も少しは浮かばれるだろう。』

オレは巻きつけていた黒布を千切ると、手にしたダイヤと角輪を包んで撫子の元に向かった。

「きゃあぁっ」

撫子の叫び声が聞こえる。オレが急いで向かうと撫子が何かに怯えて立ち尽くしていた。撫子は、オレに気づくと

「ご主人様…。」

と言い、目を閉じ、無言で指を指した。その指差す方向には、黒竜の腹部にあった物と同じ水晶の髑髏があった。どうやら竜達を操っていた呪具は、この髑髏で間違い無いらしい。オレは、黒竜の時と同じく髑髏を砕き割った。そして、まだ怯えている撫子の肩に手を添え

「大丈夫。もう壊したから。怯えなくていいよ。」

と声をかけた。オレの手を撫子がギュッと握る。撫子は、髑髏の凶々しいオーラを敏感に察知したのかもしれない。だが、それ以前に女の子を1人で竜達の亡骸に向かわせたオレの落ち度だ。

「怖い思いをさせて、ごめん。」

オレは、そっと撫子を抱きしめる。撫子は、顔をオレの胸にくっつける。初めて女性を抱きしめた。頭が真っ白になり、この後どうしたらいいか分からない。ただ、まだ振るえている撫子を突き放す事はできない。オレは、心臓が出そうな気持ちを抑えながら、撫子を抱きしめ続けた。…少しして落ち着いたのか、撫子が下からオレを覗き込む。

「すみません、ご主人様。もう大丈夫ですわ。」

撫子が少し顔を赤らめて話しかけてきた。オレは、

「ホントにごめん。急いでいたとはいえ、撫子を1人でこんな所に来させて…許してほしい。」

と撫子に謝った。撫子は、首を振ると

「大丈夫ですわ。気になさらないで下さい。ただ、驚いただけで…あの髑髏から、何かこう凶々しいものを感じてしまって…」

と返してきた。本当は怖かっただろう。それでもオレに気を使う撫子に妹の姿が重なって見える。オレは、そんな撫子を愛おしく思い、無意識に頭を撫でていた。

「ありがとう、撫子。」

オレがそう言うと、撫子の顔が真っ赤になった。撫子は何故かモジモジすると、

「ご主人様…。その…。私、まだ…恥ずかしいです。」

と呟いた。

『んっ?そういえば、桜と一緒に頭を撫でた時も顔を赤らめていた様な…もしかしてオレに頭を撫でられるのが、嫌だったのか?』

オレは、直ぐに撫子の頭を撫でるのをやめた。

「ごめん…。嫌だったか?」

そう聞くオレに対して、撫子は先程より強く首を振り

「そんな事はないです。ご主人様が望むなら私は…。」

と答えた。撫子の顔は赤いままだった。最後の言葉がうまく聞き取れなかったが、嫌なわけではなさそうだ。オレと撫子の影が後ろに伸びていく。撫子が赤くなった顔を隠す様に後ろに振り向くと

「ご主人様、もう日が暮れますわ。急いで、他の石も回収しましょう。」

と言って、黄色いダイヤを取りに行った。オレと撫子は、一緒に他の竜のダイヤと幾つかの遺品を回収して桜の待つ野営場所へと戻った。

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