第8話 隷属
「それでは、永遠様のお言葉に甘えさせていただきます。まずは、今の娘達の状態ですが、永遠様の隷属となっています。言わば、強制奴隷の状態です。命令すれば、何だってします。」
オレは、焦って言葉を止めた。
「ちょっ…ちょっと待ってくれ。奴隷?何だってする?そんな事を会ったばかりのオレに言っていいのか?」
オレの焦りに不知火は優しい眼差しを向ける。
「えぇ。構いません。永遠様は、命を軽んじるたり、弄んだりしません。それに娘達を任せろと言って下さったじゃないですか。」
不知火の眼差しと柔らかな声がオレを見透かしたように突き刺さる。
「でも、何でオレの隷属に?」
オレが聞くと不知火は娘達の腹部を指さした。
「娘達の腹部にあるのは、隷紋と言われる紋様です。黒マントの男につけられました。隷紋は、呪具と呪術による強制契約で体に刻まれます。娘達がつけている首輪が呪具です。取り外しは、主人となった者にしか外せませんが、外しても一度宿した隷紋は消えません。隷紋を消す方法は、主人が自然死するか、自ら死ぬかです。もし、主人が誰かに殺された場合は、一時の後、隷属者も死にます。ただ、その一時の内に主人を殺した者が、隷紋に自らの血を与えた時は隷属が更新され、隷属者は死なずにすみます。あの時の娘達は、隷紋が赤く光ってましたので、一刻を争う状態でした。」
「じゃあ、オレがさっき血を垂らした事でオレの隷属に?」
不知火は頷いた。
「正直、賭けでした。永遠様の話では、黒マントの男は、自らの魔法で死んだと言っていましたので。今は、娘達が生きている事にホッとしています。」
不知火の笑顔とは裏腹に呼吸が弱くなっている。
「…かぁさま。」
小さな声が聞こえる。どうやら撫子と桜の目が覚めたようだ。体を起こした2人は、辺りを見渡してオレと不知火を見つけると、
「お母様に近づくな!」
とすぐさま、オレの前に立ちはだかった。どうやらオレを黒マントの男の仲間と思っているらしく、2人とも威嚇して、一つの大きな尻尾を逆立てている。その姿を見て、後ろから不知火が声をかける。
「撫子、桜。大丈夫よ。その方は私達の敵ではないわ。」
不知火の声に2人の尻尾が小さくなっていく。撫子と桜は、不知火の方を振り向くと更に弱々しくなった不知火の姿に悲しみの表情を見せた。桜が先に動き出す。それに続くように撫子も不知火に向かって駆け出した。もう一刻以上経っている。不知火に残された時間は僅かだろう。撫子と桜は、不知火に強く抱きつく。それを不知火が優しく包み込む。不知火は一度オレを見ると、撫子と桜の頭を撫でながら優しく語り出した。
「撫子、桜…。私は、もうすぐ大地に還ります。その前に母の言葉を聞いてちょうだい。」
その言葉に桜は泣きじゃくり
「いやよ。行かないで、かぁ様。」
と言い、不知火を更に強く抱きしめる。撫子も
「そうよ…。3人で里に帰るって…約束したじゃない。」
と声にならないような声で語りかける。不知火は、力の入らない腕で、それでも力強く2人を抱きしめる。
「ごめんね、撫子…桜…。不甲斐ない母を許してちょうだい。」
不知火の目からも涙が溢れる。娘達の前で気丈に振る舞っていたが、今の姿が本心だったのだろう。撫子も桜も不知火の姿に涙は止まらなかったが、覚悟を決めたようだった。撫子は、止まらない涙を拭いながら
「分かりましたわ、お母様…。私と桜は、お母様をここで看取ります。何でもおっしゃって下さい。」
と言った。拭っても流れ続ける涙がまだ母親の死を受け入れられていない事が分かる。それは不知火にも伝わり
「…ありがとう。」
と言うと、今度は2人を優しく抱きしめる。不知火の声は、次第に小さくなっていく。不知火は最後の力を振り絞って2人の娘に語りかける。
「撫子、桜。あの方は、貴方達の新しい主人よ。でも、心配しないで。あの方は、竜の巫女様の縁の方。貴方達を大切にしてくれるわ…。ですよね、永遠様。」
オレは、頷くと
「あぁ、約束するよ。」
と答えた。不知火は、オレの答えに笑みで返すと撫子と桜の頭を撫でた。
「これからは、あの方に従いなさい。…それから、貴方達は、九尾の…私の最愛の娘達です…常に誇り高く生きなさぃ…。愛してるわ…ぃつまでも……」
不知火の腕が、撫子と桜の頭から滑り落ちる。その場の時が一瞬止まる。誰もが言葉を失った。
「ぉっ…お…」
時が動き始める。
「お母様ぁぁぁ。」
2人の叫び声が周囲に響き渡る。その中で不知火は、優しい笑みを残したまま、静かに命の灯を消した。
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