第6話 黒の野望
一時が経ち、ようやく上体が起こせるようになった。だが、まだ力は入らない。体を動かすには、時間がかかりそうだ。辺りを見渡して、改めて実感する。目の前には、骨だけになった竜の亡骸と何も無くなった大地が広がったていた。その光景が魔法の威力を物語ってる。オレは、一度目を瞑り、竜達の冥福を祈った。そして、再び目を開けると純白の竜の亡骸の前に息を切らした黒マントの男が呆然と立っていた。
『黒マントの男…生き残りか。』
オレは苛立ちを感じつつも黒マントの男の動向を見る事しかできなかった。黒マントの男は、純白の竜の亡骸を確認し、慌てて何かを探していた。そして、角輪を見つけると安心したかの様に手に取ろうとした。だが、角輪に触れた瞬間、何かの力に弾かれ手を離した。黒マントの男は、弾かれた手を見て、ブツブツ何かを言っていた。その行動を見ていたオレの視線に気づいたのか、黒マントの男がオレを睨みつける。そして、こちらに近づいてくると
「これはお前がやったのか?答えろ!」
と聞いてきた。その言葉から怒りが溢れているのが分かる。オレは
「そうだ。」
と答え、黒マントの男を睨み返す。動けない状態でできる、せめてもの抵抗だった。黒マントの男は、俺のそんな姿を見て不敵に笑った。
「そうか。竜どもを一蹴するような奴がいるかもしれないと思ったが、貴様がそうか。」
黒マントの男の声が喜びとともに大きくなる。
「って事は、今、あの角輪の所有者は貴様だな。……フッフッ、フハハハハッッ。やっと、やっと俺達の念願が叶う。」
黒マントの男は、狂った様に笑い、睨むしかできないオレに
「体が動かないってのは辛いよな。今すぐ俺が楽にしてやるよ。」
と言い放った。黒マントの男は、歓喜と悪意の満ちた表情を見せると何か呟いて右手を掲げた。魔法…。黒マントの男の掲げた手に炎が集まっていく。周囲が熱気で包まれる。
「俺達の計画とは違ったが、目的は達成できた。貴様のお陰だ。せめてもの礼に俺の最大魔法で殺してやろう。」
【地獄の業火(ヘル・フレア)】
そう言うと黒マントの男は、掲げた手を振り下ろした。オレは向かってくる炎の大球から逃れようと腕に、足に、力を入れるが、上手く動かない。一縷の望みである魔法も頭の中に思い浮かばない。炎の大球は、もう目の前に迫っている。オレは、目を閉じ、死を覚悟した。そして、竜達の死に際の頼みも叶えてやれない事に憤りを感じた。
(ボフッッ!!)
魔法が当たる音がした。だが、苦痛どころか熱さも感じない。オレは恐る恐る目を開けた。そこには黒マントの男が自身の放った炎に包まれ、悶えている姿があった。
『跳ね返したのか?どうやって?』
その時、オレの傍にあった剣の鞘が光っているのが見えた。理屈は分からないが、剣の鞘が魔法を跳ね返したらしい。オレは、またあの白髪の女性に救われたようだ。黒マントの男を包む炎は、益々勢いを増している。薄ら見える男の姿が徐々に崩れていくのが分かる。炎の中からは男の悲痛な声が聞こえる。
「俺達の…俺達の計画が…悲願が…こんな奴に…許さん…許さんぞ……うあぁぁぁ!!」
黒マントの男の叫びと共に、炎が天高く舞い上がる。その光景は言葉通り"地獄の業火"のようだった。炎は、黒マントの男を焼き尽くすと静かに消えた。
暫くして、オレは、ようやく立ち上がる事ができるようになった。だが、まだ足がフラついて上手く歩けない。オレは、杖代わりに剣を取ろうとして異変に気づいた。剣から反射して写る自分の姿は、右肩から下腹部にかけての衣服がなかった。
『これは…。』
その時思い浮かんだのは、洞窟での左足の事だった。
『オレは、自分の魔法で、頭部と左腕以外を失ったのか?という事は、心臓も…。人は、心停止しても3~5分位は生きているというが、もうそんなレベルじゃない。失った手足だけじゃなく、心臓や他の臓器まで修復できるなんて…。』
オレは、自分の体が自分の体でなくなった様で、また喪失感に苛まれた。荒くなった呼吸を落ち着けようと目を閉じる。
『そういえば、足が切れた時、暫く足の感覚が無かった。もしかして、今、体が動かないのは、魔法の反動ではなく、失った体が再生した事でまだ感覚が追いついていないのか。そう考えると左腕は、他と比べれて、力が入る。右利きのオレからしたら変な感覚だ。』
オレは、呼吸を整えると竜の亡骸へと向かった。竜の亡骸は、一部の装飾品を残して骨だけになっていた。あの魔法で原形がある装飾品は、余程の物かもしれない。オレは、1番近くにあった黒竜の亡骸に着くと、頭部の骨にそっと触れた。
『力を持つものは消えてなくなる…確か竜達がそう言っていた。それは、骨だけになるという事だったのか。それにしてもあの短期間で骨だけになるなんて…まるで、あの時のオレの足の様だ。いや、あの時は骨すら残らなかった。やはり、この世界には、人智を超えた何かが作用している。』
理解し難い状況に頭が痛くなる。
『…やめよう、今は頭を空想で満たす余裕がない。』
オレは、まず黒竜の角に巻きついていた漆黒の布を剥ぎ取って、体に巻きつけた。ほとんど裸の状態から比べれば良くはなったが、黒マントの男みたいで少し抵抗があった。次に純白の竜の亡骸に向かう。時間が経つにつれて足に力が入る様になり、純白の竜の亡骸に向かう頃には歩けるようになっていた。オレは、純白の竜の亡骸に着くと、目を瞑り、改めて冥福を祈った。純白の竜は、オレに救われたと言っていたが、オレもこの竜に救われたのだ。もう話す事はできないが、せめて最後の願いは叶えなければならない。オレが角輪を手に取ろうとすると、遠くから女性の声が聞こえてきた。
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