第4話 神の金鉾(グングニル)

洞窟内部。

どれだけ歩いただろうか?徐々に叫び声と風が強くなってきているのが分かる。

『出口は、近いはずだ。だが、気になるのは、風に焦げた匂いが混ざっている事、それに出口に近づくにつれて地響きが大きくなっている事だ。まさか、出た途端に戦争に巻き込まれるとか…』

一抹の不安がよぎり、自然と剣に手がかかる。その時、前方に光が見えた。

『出口だ。』

そう思った途端に一抹の不安は消え、小刻みに揺れる足場を走り抜けた。

『ようやく外に出られる。』

洞窟を出た瞬間、久しぶりの光に目が眩む。ようやく目が慣れてきて、周りを見渡すと、そこはやはり戦場だった。ただ、予想外だったのは、それが竜同士の戦場だった事だ。見た事もない光景にオレは呆然と立ち尽くした。

『スライムにドラゴン…完全にファンタジーの世界だ。』

考えなかった訳ではないが、実際に目にすると対処ができない。一度、洞窟に戻り、気持ちの整理をしようとした時、頭上から大きな岩が降って来た。オレは咄嗟に剣を振り上げる。

(スパッ)

降って来た岩は真っ二つに割れ、オレを避けて落下した。

『助かった、いや、助かっていない。』

その衝撃のせいで、洞窟の入り口が塞がってしまった。更に悪い事にその衝撃に1匹の竜が反応した。茶色い大きな目が、こちらを凝視する。

『ヤバイ。』

頭の中に戦うという選択肢は無かった。ただ、逃げる事を考え、身を隠す所を探した。辺りを見渡す限り、逃げ場はない。躊躇している間に竜の手が襲いかかっていた。

『逃げられない』

そう思った瞬間、頭に言葉が思い浮かぶ。

"グングニル"

『何なんだ、こんな時に。』

目を閉じ、死を覚悟したその時、蒼色の竜が茶色の竜を吹き飛ばした。

(早くこの場から立ち去りなさい、人の子よ。)

『蒼色の竜の声?いや、頭の中に直接聴こえてきた。テレパシーみたいなものか?』

そう思いつつ、オレは茶色の竜が吹き飛ばされ方向とは、逆方向に走り出した。走り出して分かったが、以前より速く走れている。とはいえ、人間レベルの域だが…。ようやく、大きな岩の影に隠れ、戦場を確認する。そこには、蒼色の竜と茶色の竜が、紅色の竜と翠色の竜が、そして純白の竜と漆黒の竜が世界を滅ぼすかの様に戦いを繰り広げていた。

『人間のオレがどうにかできるレベルじゃない。』

岩陰で息を整えつつ、腰を落とす。

"グングニル"

また頭の中に文字が思い浮かぶ。

『さっきから何なんだ。』

オレは、どうしようも無い状況に頭がおかしくなったんだと思った。

(ドカン)

急に頭上の岩が壊れた。それと同時に純白の竜の首が現れた。光を放つかの様な白い鱗が、鮮血と土埃に塗れている。だが、その美しい鱗にオレは、魅入られてしまった。そっと鱗に触れる。鱗なのにシルクの様な肌ざわりだった。いつの間にか、オレの恐怖心は消えていた。オレの事に気づいたのか、純白の竜の首がこちらを向く。純白の竜は、オレを確認すると目を細めた。そして、オレの剣に気づくと

(我らが竜の巫女様…)

そう頭に伝えてきた。

(竜の巫女?オレのことを言っているのか?)

そう思うと

(そう、貴方様です。)

と返してきた。どうやら考えるだけで、会話ができるようだ。

(男のオレが巫女?勘違いしてるんじゃないか。オレはただの人間だ。竜の巫女とかじゃない。)

オレの否定に

(いいえ、その剣が巫女様の証です。)

と返してきた。どうやら巫女は総称で性別は関係ないらしい。オレが剣について伝えようとすると、漆黒の竜がこちらに飛んできた。純白の竜は、体勢を整えると漆黒の竜と組み合った。純白の竜の声が聞こえてくる。

(時間がありません、巫女様。私たちをお救い下さい。)

(だから、オレは竜の巫女じゃないって。この剣は、洞窟で手に入れたんだ。)

(そうでしたか。でも、貴方様は、巫女様です。私に触れた瞬間、感じたのです。貴方様が我らの巫女様だと。)

(…………。)

あそこまで言い切られて、オレは、何も言えなくなった。純白の竜は再び語りかけてくる。

(今一度お願い致します。私たちをお救い下さい。もう時間がないのです。私の足元を見て下さい。)

純白の竜の足元には、光の円陣ができかけていた。

(この円陣が完成したら、私は、この黒竜に殺されるでしょう。死の運命は受け入れます。ですが、私はこの黒竜に殺されたくないのです。そして、私もこの黒竜を殺したくないのです。他の竜達も同じ思いのはずです。だから………私たちを殺して下さい、巫女様の手で。どうか…どうか、私たちを同胞殺しの呪縛から解き放ってください。)

純白の竜の切なる願いに応えてあげたいが、オレにはなす術がない。

"グングニル"

またあの言葉が頭に浮かぶ。もう賭けるしかない。オレは、純白の竜に背を向け、距離をとる。

(わかった。……正直、どんな結果になるか分からない。何も起こらないかもしれない。だけど、やってみるから。)

純白の竜は、一度目をつむると

(巫女様ならできると信じております。)

と囁いた。

オレは目を閉じ、一つ深呼吸をする。周りの音が消えていく。体が無意識に動く。オレは、体を竜達の戦場に向けると右手を高く上げた。右手が空に引っ張られる感じがする。オレは、目を開くと高く上げた右手を振り下ろし、叫ぶ。

【神の金鉾(グングニル) ︎】

世界が一瞬止まった。

『……何も起こらない。失敗したのか?』

体から力が抜けて崩れ落ちる。その時だった、空に無数の光の槍が現れ、地上に降り注いだ。竜達の戦場が光に包まれる。一瞬の出来事だった。それでも竜達を滅ぼすには十分な威力だった。


戦場から離れた場所でその光景を見ていた黒マントの男や九尾の母娘は、その衝撃波によって吹き飛ばされた。黒マントの男は、体勢を整えると戦場を確認し、驚きを隠しきれないでいた。戦場は、6体の竜の亡骸以外に何も残っていなかった。黒マントの男は

「そんな…まさか…」

と言うと戦場に向かって走り出した。一方、九尾の女性は、円陣の外で倒れていた。九尾の女性は、立ち上がる事もできない程、疲弊していた。その姿を見て、撫子と桜が急いで駆け寄る。うつ伏せになっている母親を桜は抱き上げ、

「かぁ様!かぁ様、しっかりして、死なないで」

と叫ぶ。我慢をしていた分、涙が止めどなく流れていく。撫子もぐったりしている母親の姿を見て、呆然と立ち尽くし、涙を流した。娘達の涙に九尾の女性は目を覚まし、力の入らない手で桜の頬を触ると

「……もう泣がなくていいのよ。戦いは、終わったの。」

と弱々しく言った。九尾の女性の首元にあった紋様が消えていく。

「……私たちは、あの男に勝ったのよ。もうあの男は、あなた達に手を出せないわ。」

「分かったよ…分かったから、もう喋らないで…」

そういうと桜は母親を強く抱きしめた。九尾の女性は、撫子を傍に呼ぶと優しく抱き寄せた。母親の温もりに撫子と桜からまた涙が流れ出す。九尾の女性は、娘の涙が止まるまで、抱きしめ続けた。……一時が経ち、撫子と桜の涙は止まった。目の腫れた娘達の顔を見て、九尾の女性は、軽く微笑む。娘達が無事に返ってきた事への安堵、だが一方で不安がよぎる。

『円陣が完成はしなかったとはいえ、私の命は、それ程長くはないはず。娘達の事を思えば、一刻も早く、この場から離れた方がいいけれど…でも、万が一、あの男に何かあれば…』

そして、娘達の頭を再び抱えると

「撫子、桜。母の最後の願いを聞いてちょうだい。……私をあの男のところに連れて行って欲しいの。あなた達にはまた怖い思いをさせてしまうけど、心配はないわ。契約はもう成立している。あの男は、あなた達には手を出せないわ。…だから、お願い、撫子、桜。」

と頼んだ。撫子は、母親の手を優しくどけると

「分かりましたわ、お母様。でも、最後だなんて言わないで下さい。私たちは、3人で里にかえるのでしょ。」

と言い、桜も

「そうだよ。一緒に帰ろう、かぁ様。」

と母親に抱きついた。九尾の女性は、撫子と桜の頭を優しく撫でると立ち上がって、竜の亡骸しか無くなった戦地へと向かおうとした。足に力が入らず、ヨロける母親を咄嗟に撫子と桜が支える。

「お母様、あの男の所に向かうのは、もう少し休んでからの方が…」

そう言って撫子が母親を気遣う。桜も心配そうな顔で母親を見つめる。九尾の女性は目を瞑り、力を振り絞ると

「私は大丈夫よ…いきましょう、撫子、桜。」

と先を急いだ。

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