第3話 契約
その頃、洞窟の外では竜同士の戦いが始まっていた。黒竜、白竜、火竜、水竜、地竜、風竜。竜族の長達の戦いは、世界を揺らがす程の熾烈(しれつ)なものだった。
その戦地から少し離れた場所で、黒マントに身を隠した男が、不敵な笑みを浮かべている。その近くには、首輪を着けられた狐耳の少女2人、今にも泣き出しそうな表情を懸命に我慢しながら立ち尽くしていた。何かの気配に気づいたのか、黒マントの男が急に少女達に繋がっている鎖を引き寄せた。その勢いで少女達は蹌踉(よろ)めき、黒マントの男の傍に引き寄せられる。それと同時に森の中から1人の女性が現れた。その姿は、神聖。大きな狐耳に、九つに分かれた尻尾。大きな胸を巫女服に収め、凛としたその姿が、神聖さを際立たせている。少女達は、その姿を見るなり、我慢していた涙を零れ落とした。九尾の女性は、その少女達を見つめると、一度目を閉じ、そして徐々に黒マントの男に近づいて行く。一歩ずつ聞こえる下駄の音が、殺気に満ちている事が分かる。
「そこで止まってもらおう、九尾の長よ」
黒マントの男が再び、少女達の鎖を引き、言葉を放つ。下駄の音が止まる。
「約束通り1人で来たわ。娘達を返しなさい。」
強めの口調が殺気がかっている。黒マントの男はフッと笑い、
「返してやるさ、あと一仕事してもらったらな。」
と少女達の鎖を九尾の女性に見せつける。九尾の女性の尻尾が逆立つ。
「どうやら、死にたいらしいわね。」
そう言うと同時に、九尾の女性は、右手を黒マントの男に向け弾く。
(ビュンッ)
一瞬だった。風の音ともに黒マントの男の頬を切り裂く。
「此処からでも、攻撃する事くらいできるのよ。次は、あなたの体を真っ二つにするわ。娘達を盾にする前にね。分かったら、大人しく娘達をこちらに渡しなさい。」
九尾の女性の語気が更に強くなる。同時に右手に力が集まっていく。
「殺す気満々だな。だが、これを見ても殺す事ができるかな。」
そう言うと、黒マントの男は、少女達に指示し、着ていた巫女服を脱がさせた。少女達の裸は、母親と遜色がない程、大人びたものだった。少女達は、顔を下にむける。それは、裸にされたからではなかった。少女達の腹部には、青白い色の紋様が刻まれていた。九尾の女性は、一度声を失った。
「それは、まさか。」
九尾の女性が振り絞った言葉に、黒マントの男は、不敵に笑う。
「あぁ、そうだ、隷紋だ。今やこいつらは、俺の隷属だ。俺が一言、自害しろって言えば、こいつらは死ぬ。いくらお前の攻撃が速かろうが、こいつらの命を俺が握っている以上、お前は俺の言う事を聞くしかないんだよ。」
と言い放った。九尾の女性は、ゆっくりと黒マントの男に向けていた右手を下げる。
「それで、いいんだよ。また、余計な真似をすれば、遠慮なく、こいつらを殺すからな。」
「…分かったわ。それで何をすればいいの?」
何もできない腹立たしさに、九尾の女性の握った手から血が滴る。黒マントの男は、激化している竜族の戦いに指をさす。
「九尾の秘術の中に竜族の力を抑えるものがあるはずだ。それをあの白い竜にかけろ。」
九尾の女性は、竜族の戦いに目を向け、一度頷くと決心したかように
「分かったわ。それで娘達は返してくれるのね。」
と言った。黒マントの男は、また不敵に笑うと
「あぁ、約束しよう。あの戦いが終わったら、こいつらは、返してやるよ。知っているとは思うが、俺が自然死するまでは隷紋は消えない。だが、安心しろ。手を出さない事も保証してやる。まぁ、俺が殺された時は、運が無かったと思ってくれ。」
と言い放った。九尾の女性は、手の平を黒マントの男に差し出す。
「従属契約よ。隷属契約ができるなら、従属契約の書くらい持っているでしょ。今の約束を書き入れなさい。それが条件よ。」
「条件を出せる立場ではないはずだが、まぁいいだろう。俺はこの計画さえ、成功してくれればいい。こいつらの事が気になって失敗でもされたら困るからな。」
黒マントの男は、そう言うと懐から紙切れを2枚取り出し、頬から出ている血を紙に塗りつけた。その直後、紙に文字が浮き出てくる。黒マントの男は、その紙をロングヘアーの少女に渡すと、九尾の女性の元に持って行かせた。少女は、ゆっくりと九尾の女性に近づいて行く。近づくにつれて、その歩み小走りになり、その顔は涙でクシャクシャになっていった。少女は、九尾の女性の前に着くとそのクシャクシャになった顔を胸に埋め、
「ごめんなさい、お母様。私たち…私たちのせいで…」
と泣き崩れた。九尾の女性は、優しく抱きしめると
「大丈夫よ、撫子。桜と2人でよく頑張ったわね。あと少しの辛抱よ。これが終わったら3人で里に帰りましょ。」
と言って、撫子の頭をなでた。母親の言葉に桜も涙がこぼる。
「おい、早く契約の書に血をつけろ。こっちは契約がなくてもいいんだぞ。」
黒マントの男が痺れを切らし、声をだす。
「分かっているわ」
九尾の女性は、手から滴る血を契約の書に垂らした。再び文字が浮かび上がる。
「よし、そいつに1枚を渡し、こっちに持って来させろ。」
黒マントの男が命令する。九尾の女性は、撫子の涙を拭ってやると、もう一度抱きしめて、
「桜は、寂しがり屋だから、これからもずっと側に居てあげてね。」
と声をかけ、契約の書の1枚を手渡した。撫子は、母親の言葉に不思議な感情を抱いたが、契約の書を持って、黒マントの男の元へ戻った。黒マントの男は、契約の書の内容を確認すると、
「九尾の長よ、この契約の内容に相違はないな。」
「ええ、問題ないわ。」
「では、契約成立だ。その契約の書を額に当てろ。」
そう言うと、2人は契約の書を額に当てた。すると、黒マントの男には右腕に、九尾の女性には首元に黒い紋様が浮かび上がってきた。
「その紋様が契約の証だ。契約が満たされれば、その紋様が消える。だが、契約を反故にすれば、色が変わり、相手の隷属になる。あとは、契約が満たされる前にどちらかが、死んだ場合は、契約は破棄される。……まぁ、死なないように頑張ってくれ。」
そう言って、黒マントの男は、そこに腰を下ろした。もう、高みの見物を決め込んだのだろう。九尾の女性は、術の為に地面に円陣を描き入れていく。描き終わると黒マントの男を一度見て
「最後に一つ聞きたいわ。何故、九尾でもない、あなたが我らの秘術の事をしているの?」
と聞いた。黒マントの男は、少し間を置いて
「…いいだろう。教えてやるよ。どうせ最後の頼みだ。見た事があるのさ、この目でな。初代の黒竜、竜神の力を九尾の女が抑えているところをな。…まぁ、その後の顛末もな。」
と答え、早く術を発動させるように促した。
『見たことがある??1000年以上前の事を。でもコイツは、術のリスクを知っている。いずれ私が死ぬ事を…だから、この戦いが終わったらって言ったんだわ。これは賭けね。術が発動するまでに30分、発動後は、どれだけ生きていられるか分からない。それまでに戦いが終われば…』
円陣の中央に九尾の女性が立つ。不安そうに撫子と桜が見つめる。そんな娘達の姿見て、九尾の女性はニコリと微笑んだ。九尾の女性は、一呼吸を入れると地面に手をついた。その瞬間、円陣が光だし、同時に白竜の足元に円陣が形成されていく。九尾の女性は、目を瞑り、集中している。
『力が吸われていくのが分かる。これを30分。…ダメだ、術が発動したら、それ程生きられない。誰でもいい。早くこの戦いを終わらせて…』
九尾の女性は、神に縋(すが)る思いを秘めつつ術を完成させていった。
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