第22話 ウソ

 ベリーが何かを言おうとした時だった。

 辺りの木々や葉を振動させる、身を引きちぎられたみたいな悲鳴……それが森の奥、今向かっている方向から聞こえた。


「今のっ!」


「行くぞ、ミュー」


 ベリーと共に足早にそちらへ向かうと。ひっそりと現れた森の中に佇むお堂。瓦屋根は剥がれ、ところどころ木造の壁も腐ってささくれだっている様子は長らく使われていないことがわかる。


(ここだっ)


 閉じられた両開きの扉を勢いよく開く。

 すると、かぎ慣れないきつい臭いを感じ、思わず手で鼻を覆った。それは生き物が身体から流す液体の臭いだと、すぐにわかった。

 だって目の前には、それを意味する光景が広がっていたから。


(ウソ……)


 そんな光景を前に、扉を開いた自分達に背を向けているのは――しばらくぶりに見る、水色の淡く光る翼を持った人物。


「セ、セラ……」


 ミューは震える声でその名を呼んだ。

 セラはゆっくりと振り向き、眉間にシワを寄せた苦しげな表情をしていた。


「セラ、何、してるの……その、君の足元で血を流している天魔は……な、なんでっ?」


 何を言いたいのか自分でもわからない。ただ彼の足元にいる天魔が息をしていないことはわかる。薄暗いからよく見えないが床に広がった力のない翼や抜けた羽根を見ていると気が遠くなりそうだ。


 けれど苦しげなセラを見て、わかった。

 その途端、胸が安堵で苦しくなった。


「……セラ、君もさらわれた天魔の行方を追っていたんだね……そうだよね」


 セラは不審なものを見るように眉をピクリとさせる。


「なぜそう思うのです」


 セラは警戒しているようだ。

 そんなセラを安心させたくて、意識して笑みを浮かべた。


「だってセラの口には血がついてないもの。それに、その白いスーツも汚れてない。いくらセラでも天魔を喰ったら口とか手も汚れるでしょ」


 セラは驚いた様子で己の口を触った。初めて見る、彼の驚いた表情だ。それは見ている方もちょっとだけ驚いてしまう。

 それなのに、セラは口から手を外すと、さらに微笑を浮かべた。彼の驚いた表情と笑み――どちらにも息を飲んでしまう。


「……君は疑うことを知らないのですね。この状況を見たら私を疑うのが普通でしょうに。そこのおバカなんて最初っから今起きている一連の犯人は私だって疑っていたのではないですか」


 ミューが後ろを振り返ると。

 ベリーはさっきまでの暗い言葉が嘘のようにヘラヘラと笑っていた。


「なーんだ、お前じゃねぇのか。お前のことだから、そろそろなんか事件を起こすかと思ったのにな〜」


「失礼ですね、それは昔のことです。今は真面目にやってます」


「そうかぁ? やってることは相変わらず変わってることばっかだと思うけど。だから変態ってオレは呼んでんだ」


「あなたは昔から言うことなすことが、バカなことばかりなんです。そしてたまに平気でウソをつく。だから私はあなたをおバカと呼んでいます」


 セラの言葉で知った真実。

 ミューはベリーの方を振り返った。


「ベリー、ウソだったの⁉ さっきの言葉、全部ウソだったの⁉」


「あ? あー……ウソとも言えるけど、あながちウソでもねぇんだぞ。だってそいつが同族を喰ってたのは本当だしな。確かに最近は真面目にお前に尽くそうとしてるから、特に問題ねぇかなと思ってるんだけど。オレから見れば、いつも上辺だけで何考えるかわからねぇ、そいつの態度が気に食わねぇんだよ。あ、どうなんだ、セラさんよ?」


 ベリーの言い返しを聞き、今度はセラを見る。セラは相手にするのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに肩をすくめていた。


「ミューに変なことを吹き込まないでください。第一、ミューを混乱させているのはあなたにも責任があるでしょう」


 もう一度、ミューはベリーの方を向く。なんだか仲が良いのか悪いのかわからない二人だ。

 けれどお互いにそう言い合っているのは本音でぶつかりあえる仲だから……なのかもしれない。

 ならば自分も本音で二人に向き合いたい。もう隠し事もウソも嫌だ。疑うのも。

 だから今の気持ちは伝えておかなければ。


「……ベリー、ウソついたりするのは、もうしないで。ウソつかれると何を信じていいのかわからなくなる。ベリーのこともセラのことも、僕は何を言われても二人のすることは悪いことじゃないって信じたいんだ」


 そう訴えるとベリーはいつもの陽気な表情を沈ませ、しゅんとした様子を見せた。


「悪い、お前を傷つけるつもりはなかったんだ。ただお前がセラのことばっかり気にするから、ちょっとイジワルしてみたくなっただけ……あいつのことは、まぁ別に好きでもねぇし、心底嫌ってもいねぇよ。けどお前のことはオレは大事だ、もう傷つけたくなんかない、絶対な」


 ベリーの大きな手がポンッと頭の上に置かれた。途端、傷ついた心が治ったような気がした。現金な自分だ。


「けどよ、そこの天魔さんもさぁ、そろそろミューに自分のこと話しといたら? 大事なパートナーに、今度こそ本当に疑われたくないだろう」


 ベリーの促しに、セラは素直にうなずく。


「そうですね。そのことについては、この事態が終わったらにしましょう。今はこの天魔の命を奪った存在と、この建物の奥にある不気味な洞窟の謎を解くことにしましょう」


 セラの話ではこの建物外、森のさらに奥に謎の洞窟があるのだという。その洞窟に何かの気配を感じるとか。

 ここまで来たら行かない理由はない。今はセラとベリーがいる。何も心配はない……そう思った矢先のことだ。


「――痛っ」


 突然、頭の中にピリッとした痛みが走り、ミューは額を押さえた。驚いたベリーとセラが「どうした」と声をかけてくる。


「あ、うん、大丈夫……なんでもないよ」


 色々気を張っていたせいか。なんだかわからないが大したことはないだろう。今はとにかく進まなくては。


「行こう、ベリー、セラ」


 頭の違和感は我慢し、先を急いだ。

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