第23話 たどりつく


 セラが言う洞窟はお堂の外、さらに森の奥に歩いたところにあった。小高い岩山の間に地震か何かで崩れてできたような大きな穴が空いていた。

 穴の前にはささやかな通行禁止の札つきの金属の看板があり、風が吹くと金属板がキキッと錆びた音を奏でている。


 この洞窟の奥には何かがある……奥から吹いてくる冷風が背筋をゾクッと震わせた。


「オレが先に行こう。ミューはオレの後ろを歩きな、行くぞ」


 ベリーが先陣を切り、ミューの後ろにはセラが「ゆっくり進みなさい」と言って背後を守ってくれる。前後の頼りになるパートナーに心の落ち着きをもらい、ゆっくりと足を進め、水気を帯びた土を踏みしめる。


 中に入ると洞窟内は湿った土の匂いとひんやりした空気が漂っていた。まだ大して奥まで進んでないのに、空気の冷たさが尋常ではない。奥まで行ったら身体が凍るのではという肌寒さに腕をさすりながら歩く。

 足元に転がる石に注意し、たまに低くなった天井をかがんで避け、コウモリだと思われるキィという鳴き声にビクつき、ゆっくりと奥へ奥へ進んでいく。


 しかし寒さの他に、もう一つ問題が浮上した。入り口から差していた光が徐々に遠退き、暗さで内部の様子がわからなくなってきた。

 どうしようと、キョロキョロすると前を行くベリーが足を止めて振り返った。


「どうしたよ?」


「く、暗くって見えないんだ。二人は大丈夫なの?」


「あ、そうか。悪い悪い。人間は暗いと見えないんだったな」


 魔物は特別な視力でも持つのか、ベリーとセラは光がなくても問題ないようだ。こういう時、人間の不便さを感じる。


「便利でいいなぁ」


「ははは、初めて言われたかもな」


「僕もそうなりたいよ……ん、いたっ」


 そんなことを口走った時、また額がズキッと痛んだ。


(なんなんだこの痛みは。いつもの頭痛とは何かが違う……頭の奥が熱くなるような)


 目を閉じて数秒待ってみたが再び痛みはこなかった。ミューはゆっくり目を開く、すると――。


「えっ、あ、あれ」


 驚く事態が起きた。たった今まで暗くて何も見えなくなりかけていた世界が、しっかり明かりが灯ったように見えるようになっていた。足元の岩も、ゴツゴツした天井も、見たくないけど天井の隙間に隠れている気持ち悪い黒い虫も、目の前で自分を見るベリーの赤い瞳も。


 後ろを振り返ると。セラの怪訝そうな表情や白いスーツもはっきり見える。翼も淡く光っている。セラの翼って暗闇だとホタルみたいできれいだな、なんて事態にのんきに感動してしまった。


「大丈夫か? なんかあったのか?」


 ベリーの問いに、ミューは暗闇が見えるようになったことを説明した。

 するとベリーの赤い瞳が丸くなり「マジかよ」と驚いていた。


「マジ、みたいですね……これはまた」


 後ろでセラも驚いている。


「え、なんで? なんでそんなにびっくりしてるの。二人がなんかしたんじゃないの?」


 二人が魔法でもかけてくれたのではないか。そう思っていたが違うのか。

 ベリーは瞬きした後「まぁ、そういうことにしておこうか」と言って、また前を向いて歩き出してしまった。気のせいか、ニヤけていたような気がする。


(え、ベリー……なんか隠してる……?)


 深くはないが、ちょこっとした疑心を抱いてしまう。ウソはつかないで、とさっき言ったばかりなのに。


(……まぁ、後でちゃんと聞いてみよう)


 ミューははっきりと見える筋肉質の背中を追いかけた。


 黙々と進んで行き、もうかなり深いのだろうか、入り口の明かりは完全に見えなくなっていた。

 だが奥はまだ続いているようだ。いつの間にか寒さも感じなくなったのは歩いて身体が温まったおかげだろうか。なんだかわからない、自分が、なんか変だ。


 洞窟はどこまで続くのかわからないが、今のところ一本道で迷わず進むことができている。怖いものも出ないし、強い二人もいるし。ちょっと探検気分だ。


「っていうかさぁ。セラ、翼が光るんだからよ、お前が前歩いたらいいんじゃねーの。いくらオレが暗闇で見えるって言っても見えづらいもんは見えづらいんだよ」


 突然、前を歩くベリーが愚痴をこぼした。


「人の翼を明かり代わりにしないでください。それにあなたが言い出したんです、あなたが責任を持って先頭を行ってください」


「ちっ、ケチな天魔」


「うるさいです、おバカ」


 そんな言い合いに苦笑いしつつ、 奥へと進む。たまに二人がしゃべらずに無言になると。このまま歩いていたら、どっか別の世界に行ってしまうのではないか、いつもの日常には戻れないのではないかという不安な気持ちが芽生えてくる。


 だって数日前までは何も起きない世界だった。退屈で平凡な毎日で、なんの取り柄もない自分が嫌で高校に入ったら自分を変えてやるんだ、なんて思っていた。

 それなのに今はすっかり変わったものだ、この二人が現れてから。新鮮な体験だけど不安もある、この先が大丈夫かなという。


「この奥に力を感じます。あと何か嫌な気配も……これは天魔の気配と人間の気配ですかね。そして大きな、正体不明の力の気配も」


 その言葉にミューは息を飲む。ベリーよりもさらに前方に目を向けてみれば、岩の奥からもれる光が岩壁に反射して、周囲をかすかに映し出していた。


 もうすぐそこだ。何かがあるのは間違いない。気合いを入れて、油断をしないで、二人がいれば大丈夫と信じて。

 三人でそこへと向かい、光の原因となるものをついに見つけた。


 目の前の光景に唖然とした。今まで通ってきた暗い通路とは違い、そこは体育館ぐらいの高さと広さを誇る空洞になっていた。暗いせいもあって全てが見渡せるわけではないが声を発すると遠くへと飛び、壁にぶつかって反響している。


 そして石の床の中央に広がるのは、ぼんやりと光る金色の円陣、中心に読めない文字が無数に刻まれ、低い唸り声のようなウゥンという音が鳴っている。


「なに、この、大きな魔法陣……まさか、これが?」


 あの青年が言った大魔法陣。間違いなく、その見解は当たっている。

 だが大魔法陣に見とれていた時、背後からセラの小さく苦しげな悲鳴が聞こえた。


「う、ぐ……!」


「セラっ⁉」


 セラが左の脇腹を手で押さえ、膝を折って崩れ落ちた。慌てて近づくと脇腹を押さえるセラの指の隙間から血があふれ出しているのを見て言葉が出なくなった。

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