第21話 悪者はどちらか

 神社へは走って十分ほどで移動することができた。

 その間、ベリーと会話はせず、自分はセラとリムのことを考えていた。


(セラ、どうか無事でいて……セラは同族をさらって喰ったりなんかしてないよね。今回の天魔がいなくなっていることは関係ないよね……そうだよね?)


 神社は小高い丘の上に作られていて百段ほどの長い階段の先にある。人気は少なくても、きちんと神主が常駐していて境内はいつも綺麗にされている。


 お堂は神社を囲む森の中にポツンとある。昔は何かしらの集まりで使っていたらしいが今は古びて使われておらず、たまに子供達がイタズラに中を覗こうとして、あまりの不気味さに怖くなって引き返すのだとか。


 鳥居をくぐり、境内を抜け、神社の奥へと歩き、森の中へ。それほど深い森ではないから少し歩けばお堂はあった


(セラは、どこ? リムは……?)


 足を進めるがリムの言葉がずっと気になっていた。


「ベリー、さっきリムが言っていたよね、スピカに対して『お前が上級天魔だったら素材に使えたのに』って…… その素材って何? 今回、上級天魔がいなくなったことと関係があるのかな」


 不吉なものしか感じない、その言葉。

『オレにはわかんねぇな~』とベリーが言ってくれることを期待していた、が。


「素材か……」


 明らかな知っている素振りに、唇を噛み締めた。言いづらそうに隣を歩くベリーは深く息を吐く。

 その次の言葉が怖い、怖いが、聞かなければ。


「一つ思い当たることがある……すげーイヤなことなんだけど……聞くか?」


 森の中のせいか空気が冷たい。それがベリーの言葉で、より冷えた気がする、肌がピリつく。怖いけれど聞かなくては全ては先に進めない。

 いいよ、と。ミューは意を決した。


「さっき、あの黒い、なよっちい野郎が言ってただろ。強力な召喚ができる大魔法陣。それを使うには条件がある。その条件が素材――生贄みたいなのが必要なんだと思う」


 ズンとくる重たい答え。予想はしていた。生贄に消えた天魔。つながる答えは一つだけ。

 息が詰まる中、ベリーが続ける。


「タナトスは上級よりも上級な天魔だ。あいつをもし召喚するとなれば、 そんじょそこらの人間じゃ召喚はできねぇ、やろうとすれば身体が耐えきれずに吹っ飛ぶだろうな。しかし大魔法陣を使えば召喚ができるかもしれねぇ。大魔法陣自体が力を秘めてるからな」


 復活してはいけないものの復活が、現実味を帯びてきている。また人が大勢、犠牲になるのか。


「けどな……そんなこと普通の人間じゃわかんねー知識のはずだ……リムが勉強して学んだわけはねぇ。誰かに教えてもらわない限りは」


 誰か、とは。もちろんあの青年しかいない。

 ではあの青年はタナトスの復活を目論んでいるということになる。大魔法陣を知っていて素材となる天魔を集めている。

 でもあの青年は力が封じられているから何もできないと言っていた、天魔をさらうなんて、できるのかな。


「あ……」


 頭にある人物が浮かんだ。方法はわからないが、この世にいる彼なら。さらうのは可能であるはずだ。

 ……幼なじみである彼ならば。


 今のところ予想はこうだ。

 あの青年は大魔法陣のことを力を望むリムに話した、あの夜のことだ。

 力が欲しいリムはタナトスの召喚ができれば自分のパートナーにできると思って、そのために上級天魔をさらって、タナトスの素材として準備しているのではないか。


(僕の、セラも? 上級だから素材として? ……嘘だよね、そんなの……)


 暗い考えを振り払おうと首を横に振った。


「そんなこと、絶対にダメだよ。タナトスを召喚したら大変なことになるっ。またたくさん人間が喰われる。リム、昔襲ってきたのがタナトスだって知らないから……」


 教えなきゃ、止めなきゃ。自分の話を察してくれたベリーは「そうだな……でもな」と言葉を濁した。


「お前の考えも一理あると思う。だがオレにはもう一つ考えがある。お前には悪いんだけど、オレはあいつが言っていたこともハズレてはいないかもと思っている」


「言っていたことって?」


「天魔が同族を喰うことだ」


 ミューは思わず足を止めた。信じ難いことを言ったベリーを疑心を持って見上げてしまった。


「な、なんでそんなこと思うの……!」


 そんな視線に動じず、ベリーは赤い瞳を伏し目がちに言葉を続ける。


「お前もわかっているだろ。あいつは人間を憎んでる部分があることは。もしかしたら人間を滅ぼしたいと思っているかもしれない。それで力を望んでるかもしれない、天魔は狡猾だからな。それでもお前はあいつを信じるのか」


「そんなことないよ! セラは確かに人間は嫌いだって言ってたけど優しい部分もある。誰かを犠牲にするなんて――」


「それはお前が見てないだけだ。あいつは昔、同族喰いを実際にしてきた。それはごまかせない事実なんだよ。特に強力なヤツを、あいつは好む。力が増すからな。タナトスなんて運良く喰えたら、まさしく最強ってやつだ」


 ミューは首を大きく横に振った。


「やめてやめて! ベリーはなんでセラを悪く言うの! ずっと一緒にいたんでしょ! 友達みたいなもんでしょ」


 ベリーの目つきが憎々しげに細められる。


「悪いがあいつのことを友達だと思ったことは一度もねぇ。お前という目的があるからオレとあいつは一緒にいるんだ。でなければ一緒になんかいねぇよ」


 威圧感のあるベリーを見て怯んでしまった。怖いと感じた。

 しかし、ミューは一瞬だけ口をつぐんだ後、目的を聞くなら今しかないと気持ちを奮い立たせた。


「目的って何、僕を喰うこと? 僕なんか喰って力が増すの?」


「違うっ」


 ベリーは首を振り、短い黒髪を横に揺らした。


「お前を守ることだ! だってお前にはオレとセラの――」


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