第17話 かわいい
色々なことが起きたせいか今日は疲れてしまった。結局、日中に会った黒い衣服の青年に再び会うこともなく。同級生に聞いても「そんな人は見ていない」と言われ、行方や素性については謎のままだ。
とりあえず今日良かったのは管理人さんのおかげで部屋の引っ越しができたことだ。生徒三人が相部屋で使う部屋は、もちろんベッドが三つあり、三人が余裕で室内を行き来できるよう幅も広く作られている。
部屋を見た途端、ベリーは喜んでいた。
「いやー、なんだかんだ大丈夫とかっこいいこと言ってもさ。床に座って寝ると腰が痛くなってくるし、やっぱきついよな。あ、昨日使ってた部屋、実はオレ、角をぶつけてちょっとだけ壁に穴開けちまったんだけど、大丈夫だったかなぁ?」
「あはは……どうだろうね」
心の中で(管理人さんごめんなさい)とつぶやき、のびのびと寝れる部屋に安堵した。それでも入浴と食事は大浴場と食堂に行かなければならない。
先に両方を済ませ、あらためて部屋に戻ってくると、いたのはベリーだけだった。
「おかえり〜。セラならどっかに行っちまったぞ」
部屋の中でベリーはスクワットや筋トレをして過ごしていたようだ。筋肉質の褐色の肌にはうっすらと汗が浮いている。
「そっか、また調べ物かな」
ふぅと息をつき、新しい部屋のベッドに横たわると、気持ちがふわんとした。昨日とは違う天井が視界に入るが寝心地は変わらない、今日もよく眠れそうだ。
「あぁ、寝る前に今日は宿題があるんだった。やらないとトト先生に怒られちゃう」
「人間って大変だなぁ。そういう頭使うこともやんなきゃいけねぇしな」
「ベリーってテストとかやったことある?」
「んなもん、ないに決まってるだろ。あ、昔ちょっとだけ漢字って言うの? 教えてもらったことがあるけど、“一”っていう漢字だけは書けるぞ! 棒を書くだけだからな!」
「なにそれ〜」
おかしくて笑ってしまった。そういえば昨日、セラは自分の物理学の本とか色々読んでいたが、ベリーは手を出してさえいない。きっとセラは博識だから人間の言葉を読み書きできるのだろう。一方、ベリーは漢字の一しか書けないようだ。
そこがセラがベリーのことをおバカだという点かもしれない。でもお互いのことを正直に言い合えるのは、見ているとほほえましいものだ。
「あー! ミューもオレのこと、今バカにしたろ? 別に魔物が字の読み書きできなくても何も困ることなんかねぇの。大事なのは腕っぷしだ、お前を守る力! そう思わねぇ?」
「そうかな、もしかしたらこれからは使うかもしれないよ。魔物の見方だってだんだん変わってきてると思うし、もしかしたら魔物だって色々な仕事したり、政治に関わることだって出てくるかもしれないよ」
ふーん、と興味なさそうに、ベリーはスクワットを再開した。
「セイジってなんだよ、食い物じゃねぇな。オレ、人間の食べ物は昔食べたハンバーガーってヤツがうまくて気に入ったんだよな。ミュー、今度買ってきてくれねぇ?」
いきなりハンバーガーの話題になってしまった。そんなベリーの底抜けな明るさは疲れを癒してくれる。
「ベリーってホントに明るくていい人……じゃないか、いい魔物だよね。話しているとこっちが元気もらえるよ」
「へへ、何言ってんだか」
ベリーは照れくさそうに笑うとスクワットの動きを止め、ふぅ、と息を吐いた。
「……オレの昔のパートナーもそんなこと言ってたなぁ。そいつもお前みたいにちょっと抜けてるとこが面白くて、かわいくてさ」
「か、かわいい?」
その言葉には息を飲んだ。心臓がドキッとはずむ。寝転がったまま、頭の向きを変えてベリーに視線を向けると、こっちを見て笑っていた。それがとても優しげな表情で、次第に頬が熱くなってくる。
「か、かわいいって……魔物にそういう考えって、ないんじゃなかったっけ。人間を見た目で判断するっていうことは」
「何言ってんだよ。魔物だって見た目で判断するぞ。かわいいもんはかわいい、変なもんは変だ」
「だってセラはそういうのわからないって言ってたよ」
「あぁ? あいつは目が腐ってんじゃねーの。お前ら人間だってオレらを見て、かっこいいとか言ってくれるのと同じで、オレらだってそういうの、わかるぞ。見た目でかわいいなって思ったら守ってやりたいなってなるだろ? だから見た目はちょっと違っても考えてることなんて人間も魔物も同じなんだよ」
では自分はセラにだまされたということか。それともベリーが言うようにセラが本当にちょっと変わりもので、人間の区別がないだけか。
でも人間にだって「最近のアイドルの違いがわからない」とか「同じ顔に見える」なんて人もいるものだ。考え方や見方の違いはあれど、ベリーの言うように人間も魔物も考えることは一緒なのかもしれない。
「オレのパートナーだった人間もさ、お前みたいにすげーいいヤツだった。そして優しかった。だから俺もそういう優しさを持った人間は好きだぞ」
「す――えっ?」
その言葉を反復しようとしたが。唐突で驚きすぎて反復はできなかった。言葉は己の口の中にとどまり、ゆっくり頭の中に溶け込んでいき、ジワジワと全身の血流をたぎらせていく。
(す、好きって言った……)
いやベリーは話の流れで言っただけ。深い意味なんてないだろう。
なのになんで自分は動揺して心臓が速く動き出してしまうのだろう。
好きって言われたから……?
違う違う、ベリーはそういう人間が好きという意味で言ったんだ、そうだ、それだけだ。
危うく変な方向で考えてしまいそうになり、目を閉じて頭を冷静にしようとした。こういうのを勘違いって言うんだ、気をつけなければ。
でもパートナーにそう思われるのは嫌なことじゃない、むしろ嬉しい。光栄なぐらいだ。好意は人間でも魔物でもいいものだと思う。好きなものは好きなんだ。愛を貫くような深い関係になることはできないけど、それでも大事な存在ということには変わりない。
(嬉しいから、明日ハンバーガーでも買ってきてあげようかな)
そんなことを考えていた時だ。すぐ近くで 「ミュー」と名前を呼ばれたような気がした。
「……ん?」
反応すると、すぐ目の前には――本当に相手の目が数センチの先に、という距離には。
赤い瞳が自分を見下ろしていた。
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