第4話 誤解

 思っているだけでは伝わらない。言葉が足りないのは危険だ。


 浜辺で焚き火。頬にくっきりと赤く手型模様の付いた桃太郎は、魚汁に味噌を加え仕上げていた。その横には桃太郎の羽織を着た不満そうな女が座る。


 「着物を乾かす為だと、肝心な事は先に言ってほしい……」

 「誠に申し訳ない……」


 同じような会話が三度続いた時、見かねた雉ノ助が「桃太郎は不器用なんだキジよ」と言ってきた。顔を赤くする桃太郎をよそに、雉ノ助は女に皆の紹介をする。まだ機嫌が良くないのか女は黙って話を聞いていた。


 すると、犬吉と猿右衛門が料理のやり方で喧嘩をし始めている。犬猿の仲という言葉があるが、雉ノ助が言うには干支の順番で間にとりが位置する。なので「私の出番キジよ」と仲裁に入った。

 その三匹のやり取りを見ていた女は、面白くなってきたのか少し表情が緩んでいた。


 「騒がしいが、愉快な奴らなんだ」と桃太郎。

 「……私の名は、おりん」俯き小さな声で言った。

 「おりんさんか、似合っていますね」

 「お前達と居ると……生きていて良かったと思えてくる……」


 おりんの泣きそうな横顔を見た桃太郎は、どんな生き方をしてきたのだろうと、思いを馳せることしか出来なかった。







 次の日の朝――。


 おりんが目を覚ますと桃太郎の腕の中にいた。思考が追いつかない。


 それもそのはず、昨夜論争を重ねた末、おりんと桃太郎の間に大きくモフモフな姿に変化した犬吉を。おりんの側に雉ノ助。桃太郎側に猿右衛門。そのようにして雑魚寝したはず。何故なにゆえ、おりんは桃太郎の腕の中で寝ていたのか。


 叫び声と小屋が激しく揺れた。そして、怒ったおりんが出てくると、その後を桃太郎が弁解して後を追っている。


 「まるで夫婦喧嘩キジね」

 「仲良しイヌ!」

 「旦那、おりんさんには弱いのだサル」


 朝飯の準備していた三匹衆は、離れている所から見守っていた。


 おりんに謝っている桃太郎は、辺りの空気が一変したのに気付いて足を止めた。――忍か? 姿は見えないが他にも居る――


 忽然と現れた黒装束。間髪入れず、おりんに問う。


 「朝になっても戻らないと思ったら、こんな所で油を売っていたのか?」


 おりんは硬直している。


 「その男はなんだ?」


 冷え切った若い男の声。


 「……命の恩人だ」

 「だからその男とっていうのか?」


 おりんは左右小刻みにかぶりを振って否定する。


 だが、その男は誰かに向けて「連れていけ」と命令した。

 刹那、飛んできた網に桃太郎は動きを封じられる。般若の面を付けた五人の黒装束が姿を現し、更に桃太郎を縛りつけようとする。

 「何をする⁉」おりんが声を張り上げるとその五人を押しのけ、桃太郎に駆け寄り「すまない……」と小さく声を絞った。桃太郎も囁き声で「あの男を恐れているのか?」と問い返す。


 言葉に詰まり、涙を浮かべ唇を噛むおりん。

 引き離される瞬間、その口を動かす。

 桃太郎はただ、強く頷いた。

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