第3話 秘密

 巨大な魚の影より大きな影、今度こそひとたまりもない。


 桃太郎は咄嗟に女に覆い被さる。見た目よりも細い体は腕の中にしっくり納まり、程々の力で抱き締めた。——たとえ己が魚に嚙み千切られても、この女にはそのような死に方をさせたくない。


 「雉ノ助! 助かったイヌ!」


 祈る様に目を瞑っていた桃太郎は、その言葉で空を見上げた。すると、先程の巨大な魚を鷲掴みにして大きな鳥が空を旋回しているではないか。


 「今夜の飯は魚だキジよ!」


 空から血の雨を降らしながら聞こえてくる声の主は雉ノ助だった。小さな雉が大きな鳥へと変身している。それはまさに妖物ばけもの


 そう、雉はつま幼い雛こどもたちを人間に食用にころされ、敵討ちするや己も無残な結果に終わった。

 かつて京の都では、鬼門に相対する猿は『鬼に勝るまサル』と魔除けとして大事にされていたが、ある日、人間の道楽で殺されてしまった。

 犬はもっと酷かった。優しいおじいさんに可愛がられていたが、意地の悪いじじいの妬みから訳も分からず生き埋めにされた。


 各々が無念を残し、成仏できずにいた所、桃太郎と出会った。桃太郎は持っていたきび団子を供え、心から供養の言葉をかけていた――。


 『人間ひとの勝手、心から謝る。どうか、憎しみに囚われず、痛みを握りしめないでくれ。忘れろとは言わないが、これ以上自らを苦しめないでほしい』と――。


 この桃太郎の気持ちが響いた。それに「人間おに退治に行く」というではないか。ならば、この男に付いていきたい。きび団子も貰った。食い物の恩は大事である。そんな強い想いから各々の魂は、妖物ばけものとして姿を成していった。


 普段は生前の姿、いざという時にこそ本領発揮である。


 「雉ノ助! 助かった!」桃太郎は片手を高く上げた。

 「あっちに砂浜があるので、先に行ってるキジよ!」

 

 小舟が砂浜に着いた頃には、陽が傾いていた。犬吉が近くに使われていない小屋を見つけてくれたので、そこで夜を明かすことにする。


 自力で歩けない女を小屋へ運ぶ為、抱え上げている桃太郎はその女に「触るな!」と何度も殴られていた。その無様な様子を見ていた猿右衛門と雉ノ助は笑いが止まらない。犬吉は「仲良しイヌ!」と弾むように飛び跳ねている。


 小屋へ到着して女を丁寧に降ろすと、髪が乱れた褌一丁の桃太郎が深いため息をつき、こう言った。


 「さぁ、着物を脱げ」


 女は目玉が飛び出すくらい目を丸くする。


 




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